第28話 ゾンビものの犬はだいたい死ぬ。
「きゃあ〜〜可愛い〜〜!」
その飼い主の女性は嬉しそうに、これからよろしくねと笑う。
ふかふかのベッド。おもちゃ。ドッグフードにおやつ。
可愛い可愛いといつも頭を撫でてくれた。
「こんなに大きくなるなんて聞いてないわよ!」
飼い主の女性が電話の向こうにいる誰かに怒鳴っている。何があったんだろう。もしかして辛いことがあったのかな? 元気づけてあげたいな……
その姿をぼんやりと眺めていた。
この家に迎えられた時に与えられた子犬用ベッドはすでに身体の上半身しか入らないくらいに小さくなっていて、それでも大切に、破けないよう丁寧にその上に寝る。 フローリングの床が冷たい。
「はいこれ。床汚すんじゃないわよ」
目の前に出された餌皿。その三分の一程度しかドッグフードは入っていない。
これ以上成長されても困るからと餌を減らされた。
「ペットショップでしょう!? いいから引き取りなさいよこのクズ!」
飼い主の女性がまた電話をしながら怒鳴っている。
クッションも、おもちゃも、もう何もない。
ずっと床に置かれたままの餌皿には、もうドッグフードは入っていない。
「それじゃあね」
飼い主だった女性が去っていく。その後ろ姿を、ただじっと見つめていた。
それでも呼び止めるように、一声だけ吠える。
女性は振り返らなかった。
それは雨の日だった。
バリケードが壊され、すべての防火シャターが開き、大量のゾンビが押し寄せる。 頭が痛くなるような音楽が響く中、チョコ太郎は必至に秋月の匂いを辿り、走った。
チョコ太郎は思い出す。秋月に拾われた日を、過ごした日々を。
『チョコ太郎』
思い出の中の老夫婦はいつも優しく笑っていた。
『あの人はちょっと頑固でな、今日も秋月ちゃんがせっかくお弁当作ってきてくれたのに恥ずかしがって……仕方のない人ねえ』
おばあさんがいなくなる少し前、自分の死期を悟ったかのように、布団の中でチョコ太郎の頭を撫でながら言う。
『私にもしものことがあったら……あんたに頼もうかねえ。あの人よりずっとしっかりしてるから』
『チョコ太郎』
おじいさんが肩から血を流し、自分を真っ直ぐに見つめている。
『頼むで、ええな?』
「わんっ!」
続々とゾンビが押し寄せるショッピングモール内を、チョコ太郎は走る。
ゾンビたちはチョコ太郎に気づくと「ガアアッ」と歯を剥き出しにして飛びかかってくる。それらを避け、躱し、摺り抜け走る。
「ギエエッ」
群れの中から飛び出してきた小型犬のゾンビがチョコ太郎の後脚に噛み付いた。
チョコ太郎は一瞬蹌踉めき「グウッ」と歯を食いしばりながらその小型犬を振り払う。
だがわずかに動きが鈍ってしまったことで周りのゾンビたちも一斉にチョコ太郎の身体を掴んできた。いくつもの歯が、牙が、チョコ太郎の身体に食い込む。
「グアアアアアッ!!」
チョコ太郎は悲鳴にも似た吠声をあげ、身体を捻り無理やりに突破する。
身体中の肉が裂け、そこから血が噴き出す。それでもチョコ太郎は秋月の元へと走った。
「ガアアアアアッ!!!!」
「ぎゃああああっ!」
チョコ太郎は西園寺に飛びかかると、秋月を掴んでいた腕の肉を噛み千切る。
西園寺は悲鳴をあげながら転倒した。
右腕前腕は中の骨が見えるくらいに損傷し、暗闇の中でもその出血量が多いのがわかるくらいに、ぼたぼたと血液が地面を打つ音が聞こえる。
それと西園寺のヒッヒッという小刻みな呼吸。痛みで声も出ないようだ。
そしてチョコ太郎は秋月を庇うように立ち、西園寺を睨みつけ唸ると、追撃とばかりに再び飛びかかった。
「おい西園寺! どうした!?」
電気が消えた途端に聞こえてきた西園寺の悲鳴。
車の中にいた大学生たちも事態を察し、窓から身を出して西園寺を呼ぶ。
しかし西園寺からの返事はない。
「お、おい……どうすんだよ」
「知るかよ俺に聞くな!」
「西園寺――! 何があったんだ!? おいてくぞ――!」
外にいるゾンビたちを誘導するために流していた店内放送もすでに止まっている。 早く脱出しなければ、また外にゾンビが出てくるかもしれないのだ。
「おい西園
パ――――ン!
大学生が再度呼びかけようとした声に重なって、軽く弾けたような音がした。
そして、犬だろうか。「ギャインッ!」という鳴き声が響く。続けて女の子の悲鳴が地下駐車場に響き渡った。
★★★
「地下駐車場は……この先だな!」
屋上から飛んできた俺はショッピングモールの食品売り場側の外へ降り立つ。
目の前には大きなシャッター、搬入口ってやつか。おそらくだがこの向こうが地下駐車場と警備室だろう。
俺はシャッターに手をかけ
パ――――ン!
シャッターの向こうから聞こえた音は、普段聞いたことのない、しかしゲームや映画ではよく聞きなれた……発砲音だった。
「秋月ちゃんっ!!」
そうだ。こんな時こそ
俺は光属性の魔法を発動させてみる。
【光属性を獲得しました】
よし。成功だ。
バレーボールサイズの光の玉がふわりと浮かび、辺りを照らした。
駐車場がぱあっと明るくなる。
スロープを走って降り、地下駐車場へ出る。
そして目の前の光景に、俺は目を見開いた。
まずすぐ目の前には黒のワンボックスカーが止まっていて、中には大学生たちがあんぐりと口を開けながら入ってきた俺の方を見ている。
だが、俺にはそいつらなんてどうでもよかった。
その後方、駐車場の隅。
そこには血溜まりの中横たわるチョコ太郎と、チョコ太郎に縋り付きながら泣く秋月ちゃんがいた。
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