第29話 ゾンビものの犬はだいたい死ぬ。とは限らない。

「な……っ!?」


 秋月ちゃんも口から血を流していて、殴られたのだろう顔が腫れている。


「秋月ちゃん! チョコ太郎っ!」


 俺はすぐさま二人に駆け寄り、そこでようやくその近くに西園寺が立っていることにも気づいた。

 その手には拳銃が握られていて。

 回転式リボルバー。それは日本の警察官がよく装備しているものだった。



 ――そうか。

 食品売場で見かけた警官のゾンビに感じた違和感はこれだったんだ。あの警官はホルスターを装着していた。でも肝心の拳銃が入っていなかったんだ。

 まさかすでに西園寺が奪っていたのか……!


「西園寺……!」


 しかし西園寺は俺に見向きもせず大学生たちの待つ車に向かいそれに乗り込むと、車はそのまま俺の入ってきた場所から出て行った。

 ……くそ!

 言いたいことは山ほどある。いっそぶっ飛ばしてやりたかったが今は秋月ちゃん達が優先だ。



「秋月ちゃん大丈夫か!?」


 隣まできて声をかけると、ようやく秋月ちゃんが顔を上げ「紘太さん……」と弱々しく名前を呼ぶ。今俺に気づいたのか。


「チョコ太郎が……チョコ太郎があ……」

「ああ、わかってる」


 見るとチョコ太郎は地面に横たわり、その腹部からは絶え間なく血が流れ出ていた。

「チョコ太郎おねがい、お願いだから、死なないで……っ」

 それでも秋月ちゃんは傷口を両手で抑え必死に出血を止めようとしていて。しかしチョコ太郎は虚ろな目で、もう呼吸すらしていない。


「チョコ太郎、大丈夫だ」


 俺はチョコ太郎の腹部に手を翳す。

 修復魔法ができるなら、きっとできるはずだ。


 治れ……傷よ……塞がれ!



【修復魔法が進化しました】



 先生の声がする。

 え、進化? 待て。魔法って進化するのか!?



【回復魔法を獲得しました】



 翳していた手から発動された回復魔法、温かな光がチョコ太郎に降り注ぐ。そして腹部の傷がみるみると塞がっていった。広がっていた血溜まりも、まるで逆再生するようにチョコ太郎の体内へと戻っていく。


「よし、いいぞ!」


 こうしてチョコ太郎の身体中にあったすべての傷は回復した。


「チョコ太郎っ!」


 秋月ちゃんがチョコ太郎に抱きつく。

 しかし


「……チョコ太郎……?」



 チョコ太郎は目を覚まさなかった。



「チョコ太郎っ! 起きて、起きてよチョコ太郎っ!」


 秋月ちゃんがチョコ太郎の身体を揺すりながら叫ぶ。だがチョコ太郎はピクリとも動かず、応えない。


「紘太さん……っ」

「……そんな」

 傷は完全に治療したはずだ。

 俺はチョコ太郎にもう一度手を翳し、回復魔法を発動させる。だがチョコ太郎は目を覚まさない。


「なんで、なんでだ……!?」


 もう一度、さらにもう一度回復魔法を発動させる。

 だがチョコ太郎は目を覚まさない。

 もう一度、もう一度、もう一度。

 チョコ太郎の身体が冷たくなっていく。

 もう一度、もう一度、もう一度だ!

 そしてその代わりに、身体中に浮き出た太い血管が脈打ち始めたのだ。チョコ太郎の虚ろに開かれたままの目が、赤黒く変色していく。



「おい……やめてくれよ……」


 まさか。いや、間違いない。


 ゾンビ化だ。


 感染していたのか……ここまでくる間に、すでにもう。

 それでもチョコ太郎は秋月ちゃんを助けるために……。


 隣では秋月ちゃんが泣きながらチョコ太郎を抱きしめ名前を呼んでいる。だがチョコ太郎のゾンビ化は止まらない。

 このままだと、秋月ちゃんが危ない……だけど、俺は泣いている秋月ちゃんをチョコ太郎から離すことができなかった。


 だめだ。逝っちゃだめだチョコ太郎……お前、秋月ちゃんをひとりにして逝っちゃだめだ!


「だめだチョコ太郎っ!」


 修復魔法を発動させる。回復魔法ではだめだ。ゾンビ化を抑えなければ、止めなければ、戻すんだ。元に戻れ! 戻れ! 頼むから戻ってくれ!!


 それでもゾンビ化は進行していく。

 修復魔法も回復魔法同様に重ねて発動させるが効いていないようで。

 太く不気味なその血管は、まるで別の生き物が皮膚の中を蠢いているかのようにビクンビクンと脈打ち全身に広がっていく。


「チョコ太郎っいやだ、やだあ! チョコ太郎っ!」


 秋月ちゃんが泣き叫ぶ。

 おいチョコ太郎、お前これでいいのかよ!?

 このままでいいのかよこの馬鹿犬!!

 お前は秋月ちゃんのそばにいなきゃだめだろ!?

 これからもずっとそばに、俺はお前も秋月ちゃんと一緒にここから脱出させたいんだよ! くそっ! くそお!!


 なんのための異能力チートだ! なんのための!


 やがてチョコ太郎の身体がびくんと大きく跳ね、その赤黒となった目が開かれた。


 ちくしょおっ!!



「お前も一緒にくるんだよチョコ太郎っ!」



 俺はチョコ太郎に手を翳した体制のまま叫んだ。



 その時だった。

 チョコ太郎の身体が眩い光に包まれ、無数の光の束が天に向かって伸びていく。


 そして俺の中でいつも通り先生が、初めていつもとは違うように言葉を発した。





【超限定条件が達成されました】





 ……え?

 今、なんて……



【特殊スキルが解放されます】


【従属魔法を獲得しました】


【従属魔法を発動しますか?】



 先生が次々に言葉を続ける。というか俺に聞いてくるなんて初めてのことだ。

 限定? 特殊? 従属?

 どうなってるのかわからないが、今獲得したってことはそれがチョコ太郎を助ける魔法の可能性が高い。俺は脳内で先生にYESと答える。


 すると足元、横たわるチョコ太郎を中心にして魔法陣が出現した。



「なああっ!?」

「えっ? えっ!? 何これ、紘太さん!?」


 どうやら秋月ちゃんにも見えているようで、魔法陣に描かれた紋様がくるくると回転を始める。



【従属魔法により屍犬アンデッドドック従属テイムに成功しました】




 …………え?



【条件『魔力の分与』達成により屍犬アンデッドドックの転化及び進化が可能です】



 え!? ええ!?



【転化及び進化させますか?】



 えええ!? えっ、え…………あ、はい。YES……


 あ、まずい。

 ついOKしてしまったけどこれってどうなって……


 すると回転していた魔法陣さらに輝き、カッと光が放出される。


「あ、秋月ちゃん!」


 おもわず俺は秋月ちゃんだけを連れて後ずさり、魔法陣の外へ出る。

 魔法陣の光はそのままチョコ太郎を覆うように小さくなっていき……爆発した。光の粒子が煙と共に捲き上がる。


 ま、眩しい。前が見えない。


 やがて光は消え、俺と秋月ちゃんがゆっくりと目を開ける。

 そこには



「え……え?」

「うそ……」


 大型犬どころか大型肉食獣サイズとなったチョコ太郎が立っていた。



「チョ……チョコ太郎……?」


 秋月ちゃんが狼狽えつつも確認するように名前を呼ぶ。

 するとチョコ太郎はブフォーと煙のような白い息を吐き出すと、秋月ちゃんを見つめ



「申し訳ございません秋月殿! このチョコ太郎、あのような輩に不覚を取ってしまいました! でござる!」


 その大きな口をばくんばくんと動かし、言ってきた。


 俺と秋月ちゃんは一瞬フリーズし、目をぱちくりさせ




「「しゃべったああああああ!!!!」」





屍犬アンデッドドックから黒妖犬ヘルハウンドへの転化及び進化に成功しました】



 脳内で先生の声がした。

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