第16話 女子高生と犬、異能力チートに出会う。

 戻ってきたのは、西園寺さんだけだった。

「ふざけんな! ふざけんなよてめえ!!」

 金髪の人が怒鳴りながら西園寺さんに掴みかかる。

「おいやめろよ」

 他の大学生がそれを止めるが

「うるせえ!!」

 そのまま西園寺を殴りつけた。


「…………すまない」


 西園寺さんが床に膝をつく。


「本当にすまない……途中まではうまくいってたんだが、まさかあいつらが……倉庫内にもいたなんて……」


 僕のせいだと涙を流し謝罪している。

 何度も、何度も、床に頭をつけて。



「西園寺さんのせいじゃ、ありませんよ」

「そうですよ……」

 周りの女性たちが言う。たしかにそうだろう。

 あいつらが全員どこにいてどんな事態になるかは誰にも予想しようがないのだから。

 しかし目的だった食料が手に入らず、唯一持ってこれたのは西園寺さんが食品売場から持ってきた缶詰が数個。それでは残りの生存者分は足りない。

 五人が犠牲になったというのに、これではあまりにも……無駄死にじゃないか。

「くそっ! くそお!」

 金髪男だけが悔しさに喚いていたが、反対に他の生存者たちはしんと静まり返っていた。先のない未来。わずかな希望も見出せず、着々と近づく自分たちの終わりを悟ってしまったような顔で。明日には、きっと食料が尽きる。



 その夜二階フロアには生存者たちの嘆きやすすり泣く声がずっと響いていた。ここ最近はおさまっていたのに、仲間が減ったことで恐怖心が大きくなってぶり返したのだろう。必死に声を噛み殺してはいるようだが、それでもあちこちから聞こえてくる。

「…………」

 そんな場所にいたくなくて、私は屋上へと向かった。



「……で、どうなんだよ」

「ああ、用意できたらしいよ」

「…………?」

 なんだろう。暗闇の中で誰かが話している。

「じゃあそろそろか」

「でもさすがに心苦しいよな」

「そうかー?」

 笑い声……一体誰だろう……


「ねえ、草加さん」

 ふいに後ろから声をかけられた。

 驚いて勢いよく振り向く。

 そこには西園寺さんがいた。

 どうして彼が私に? いや、というよりも

「どうして、私の名前……」

 おもわず身構えると、西園寺さんは困ったように

「ああ、ごめんね。こんな状況だし全員のことは把握できるようにしてるんだ」

 驚かせたよね、と西園寺さんが頭を下げた。

「えっあ、いえそんな……」

 そうか。西園寺さんとは屋上での作業で軽く挨拶したくらいだったけど、きっと他の人に私の名前を聞いたのかな……。

「だからどこに行くか心配でね……」

 そう西園寺さんが続ける。

 五人が亡くなったばかりで、金髪男からは西園寺さんのせいだと罵られたばかりなのに……この人はつねにみんなのことを案じているのか。本当にしっかりした人だなあ。

「あ……えと、屋上に……」

「そうか、ならこれを持っていくといいよ」

 そう言って西園寺さんは毛布を渡してくれた。

「あ、ありがとうございます……!」

 毛布を受け取り私は頭を下げる。

「それじゃあ」

「あ、はい……」

 気をつけてね、と西園寺さんは去っていった。



 そうだ。さっき聞こえてきた声は。

 あらためて話し声のしていた方を確認したが、もうそこには誰もいなかった。

 一体何の話をしていたんだろう。用意したとか、そろそろだとか……

 嫌な予感がする。

 それでも、今の私にできることなんてなくて。

「……行こう」

 私は足早に屋上への階段を上った。





 ひさしぶりに見上げた夜空には無数のきらめく星が広がっていて、私とチョコ太郎は一緒に毛布に包まり屋上の壁にもたれて座る。

 町に明かりはない。人の気配も。

 きっともう……助けは来ない気がする。

 逃げ道も、ない。

「ごめんね、助けてあげられなくて……」

 チョコ太郎の頭を撫で、抱きしめた。

「キュウン……」

 チョコ太郎が心配そうに私の頬を舐める。

「ごめんね……」

 そのまま私は目を閉じた。





「………………」



「………………」



 なんだろ……

 遠くの方から声がする。

 ああ、もしかして私が二階にいなくて誰かが探しにきたのだろうか。


「わん! わん!」


 チョコ太郎が吠えて、私ははっと目を覚ました。

 もう朝!? しまった、ちょっと休むはずだったの……に……



「………………」



 私は目を擦り



「…………!?」



 もう一度目を擦る。



「あ、どうもごめんね。おはよう!」



「………………」



 ああ……

 とうとう私の頭はイカレてしまったらしい。



 知らないおじさんが、私の目の前でふわふわ宙に浮きながら挨拶してくるなんて。



「いやー、ごめんね。寝てたとこおこしちゃって……ええと」


 そのおじさんはフワリと屋上に降りたつと、唖然としたままの私に対して勝手にいろいろ話し始めた。

 どうやら幻ではないらしいけど、魔法がどうのとかスーパーパワーがどうのとか……なんなんだろうこのおじさん……頭おかしいのかな……。

 私の横ではチョコ太郎が牙を剥き出しにして唸ってるし、チョコ太郎ってこんな怖い顔もするんだ……初めて見たわ。

 さすがの頭おかしいおじさんもチョコ太郎の顔にビビったみたいで

「ちょ、ちょっと落ち着こうか! ねっ? ねっ!?」

 なんて言っている。

「チョコ太郎だめ」

 私は今にも飛びかかろうとしているチョコ太郎を制止して、ホッとしているおじさんに言った。

「おじさんさ、今までどこにいたの?」

「えっ?」

 この二週間、二階に籠城していたのは30人。もう25人しかいないけど。


 私は一度もこんなおじさんを見ていない。


「だから、どこにいたの? この屋上だって私しかいなかったはずなのに……」

「いやだからさっき見ただろう? 空を飛んで」

「ふざけないで!」

 たしかにさっきは空を飛んでたように見えたけど。きっと見間違えたんだ。

 人間が空を飛んでくるなんてありえない!

 こんな絶望的な世界で、こんなのほほんヘラヘラとしたアホっぽいおじさんがやってくるなんて……おふざけにも程がある! 夢だ。これはきっと夢なんだ。


 睨みつける私に、おじさんは「うーんまいったなあ」と頭をかくと


「じゃあこれで信じてくれるかな?」


 おじさんが再びふわりと宙に浮いた。


「………………」


「どうかな? こんな感じで」


「…………チョコ太郎」

 私の声でチョコ太郎が飛び、おじさんの尻にかぶりつく。


「ギャ―――――――!!!!」


 なんでだ――!? と叫び痛がっているおじさんを見て、どうやらこれは夢でもなさそうだと私は思った。

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