第15話 食料調達とは本来命がけである。

「まずは防火シャッター横に設置された防火扉を手動で開け、それを使い一階フロアへ出ます。そこからまずは食品売場へ向かい、その後裏へまわって地下駐車場の先にある倉庫へと向かいます」


 西園寺さんが淡々と作戦の説明をする。

 それを黙って聞きながらも、全員の顔には激しい動揺と恐怖が張り付いていた。


「……以上です。ここまでで何か質問は?」


 西園寺さんが話し終えると

「ふ、ふざけるな!」

 大学生グループの一人が叫んだ。この二週間私は他の生存者とほとんど話をしてこなかったが、声で誰が叫んだのかわかった。グループの中一際目立っていた金髪の男だろう。こんなこと言いたくないが、頭の悪そうな男という印象だった。

 金髪は西園寺さんに掴みかかる。

「あんな化け物どもの中に行けるわけねえだろーが! 死にに行くようなもんじゃねえか! 」

「そうしなければここで全員餓死するしかありません」

 西園寺さんがきっぱりと言い切る。

「残りの食料はどれだけ切り詰めてもあと二日分、先日から何度も言ってますがもうここで何もせず待っているだけじゃだめなんですよ」

 全員黙り込み、顔を伏せた。

 誰も言い返さないのは西園寺さんの言うことが……きっと正しいからだ。

 私はドッグフード(これもあとわずかしかない)をチョコ太郎に与えながら、おそらくもうここにはいられなくなる。そんな予感を感じていた。





 その夜、全員の中から六人が食料庫へ行くことになった。

 話し合った結果メンバーはこのショッピングモールの二階フロア責任者の男と店員が二人、警備員二人に、それと西園寺さんだった。


「店内に詳しい方は必要ですし、言い出したのは僕ですからね」


 二階にあるものから武器になりそうな道具をかき集め、それぞれがバットやスコップを持っている。そして二階に残る私たちにも役割があった。


 西園寺さんの話した作戦はこうだ。

 まず二階吹き抜け部分から残った人達が音を出し一階にいるあいつらの注意を引く。

 そのすきに食料庫へ行くメンバーは食品売場に一番近い階段から降り、防火シャッター横の扉から一階フロアへ入る。

 彼らが食料を手に入れて戻ってくるまで、私たちは音を出し続けていればいい。それだけだ。


「……ほんとにうまくいくのかな……」

 私は音を出すために手渡されたおもちゃの太鼓を見る。その不安を察知したのか、チョコ太郎は私の手を舐め鼻を鳴らした。




「それじゃあみなさん、お願いします!」



 西園寺さんたちが出発すると同時に、私たちは吹き抜けから一階にいるあいつらを音で誘き寄せる。声をあげたり、楽器を叩いたり、電気のついていない一階ではあいつらは音を頼りにするしかない。すぐにあいつらは大勢吹き抜けの真下へと寄ってきて、こちらに向けて両手をあげ呻きだした。


「ひっ」


 それを見たカップルの女性が後ずさり、吐き気を催したのだろう床にうずくまる。当たり前だ。真下にいるあいつらの顔は二週間という時間が経過したせいでますますおぞましく、肉は腐り虫まで沸いていて、見るのも耐えられないほどになっていたのだから。

 それでも私たちは食料調達へ向かったメンバーの為に音を出し続けた。



★★★



「どうやらうまくいってるみたいですね……」

 西園寺は一階の防火扉からゆっくりと顔を覗かせた。場所もちょうど食品売場のすぐ前で

「今のうちに行きましょう。お願いしますよ」

 そう言って共にきたメンバー、フロア責任者、店員、警備員と順に見る。

「わ、わかりました……」

 彼らはここの従業員であるにもかかわらず所詮は自分の力では何もできない人間だったようで、リーダーシップのとれる西園寺に従うだけとなったいた。


 「急ぎますよ! とにかく足を止めずに食料を回収してください!」

 西園寺の指示で全員が飛び出す。

 まずは食品売場からだ。吹き抜けに大勢引き寄せているとはいえ全員ではない。何人かは売場の通路をうろついていて

「前から一体きます!」

「は、はいっ!」

 持ってきた武器を構え、全員で対処する。おもいっきり殴りつければ殺すことはできなくともひるませることはできた。そのすきに陳列棚にあるまだ食べられそうな食料を回収していく。

「やっぱりほとんど駄目になってますね」

「ええ」

 売場にあった生ものや弁当は当たり前だがすべてが腐り異臭を放っていた。食品類も同じく、多くの腐った死体や虫の湧くような環境にあったのが原因だろうか。無事なのは缶詰やきっちりと包装されていた商品のみのようだ。

「倉庫に行けばもっと備蓄品があるはずです!」

 店員の男が言う。

 六人は食品売場を通過し、裏へと回った。

 静かに、しかし足早に進む。



 そして駐車場に出たところで、西園寺の足が止まった。

「すみません、この扉はなんですか?」

「ああそこは警備室ですよ。モール中の設備や監視カメラの管理もここでやってたのですが……あ、もしかすると誰かが!」

 騒ぎになった初日にモール中の防火シャッターを下ろした人が残っているかもしれないと店員が扉を開けた。


「マサさん!」

 その中では本当に人が倒れていた。メンバーの警備員二人が駆け寄る。

 そこには同じ警備員の老人が座り込むようにして死んでいた。

 やつらに殺されたのか?

 いや、もしそうならこの人も化け物になるはず……


「おそらく防火シャッターを閉めたあと逃げられなくなり……そのまま餓死されたようですね」


 西園寺は老人の死体を見て言う。


「マサさん……ちくしょうなんで」

「くそ……くそお……」

 老人の死体を囲む警備員らを一瞥し、それよりも西園寺はある箇所に目が止まった。

「……その方はそのままにして今は先を急ぎましょう」

「……はい……」

 ひとまず全員で警備室から出る。


「みなさん、もしもに備えて僕はこのあたりで待機しています。何か異常があればすぐ呼びますよ」

「えっ、しかし」

「ここからはモールの内部に詳しいみなさんの方が手早く作業を済ませられるはずですから。それに見張りも必要でしょう? お願いします」

「わ、わかりました」

 駐車場の先にある倉庫へ向かった五人の後ろ姿を見送りながら、西園寺はそっと警備室に戻った。

 そして監視モニターを見る。どこのカメラも壊れていないようで、モール内のさまざまな場所が映し出されていた。他の五人は老人の死体に気を取られてモニターの映像をよく見ていなかったらしいが、西園寺は違った。

 先程食品売場を通った際にとっておいたクッキータイプの栄養補助食品をポケットから取り出し、それにかぶりつく。



「…………さてどうなるかな」



 もう一口かぶりつき


「あ」


 そこには食料庫に辿り着いた五人が映っていた。しかし彼らはまだ気づいていなかった。

 倉庫の奥にゾンビたちがいることに。

 西園寺は最初この警備室に入りモニターを見た時点で、すでにそれに気づいていた。だからこそリスクを回避したのだ。

 しかしまあ、彼らが気づかれず調達できれば上出来。気づかれてもうまく逃げきればいいのだろうが


「やっぱりな……」


 五人がやつらに襲われる。いや、すでにもう三人だ。それでも残った彼らは必死に食料を持って逃げようとしていて。なかなか責任感があるじゃないかと西園寺は感心する。


「でも悪いけど連れてこないでくれよ」


 西園寺はやれやれとため息を漏らし、目の前にあるパネルボタンを操作した。

 駐車場と食料庫を繋ぐ通路のグリルシャッターが閉まっていく。

 間に合わない。シャッターを必死に叩きながら三人が何か叫んでいる。

 ここからだと声までは聞こえないな。


「うーん、ここまでの通路はわかったし一度出直して新しい作戦をたてるとするか……」


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