第7話 異能力チート、人妻と幼女に出会う。
聞き間違いじゃない。たしかに今、中から声が。
「あ、あの!」
もう一度呼びかける。
「そこにいるんですか!?」
「…………はい」
中にいる女性は声の雰囲気からして相当弱っているようだった。俺はドアノブを回し、だめだ中から施錠されてる。
「あ、あの、開けて頂いてもいいですか?」
「は、はい……今鍵を……」
ガチャリ、という音がする。
俺はゆっくりと扉を開けると、声の主である女性は壁に寄りかかるようにして目の前で座り込んでいた。
綺麗な人だ、と思った。
淑やかさと可憐さを合わせたような、言葉が古いがまさにこんな女性が撫子と呼ばれるものなのだろう。灰色のセーターにジーンズ、スニーカーという決してオシャレとは言えない地味な服装であるにも関わらず街で出会えばはっと目を引くような美人で、そんな地味なセーターの上からでもその下には豊満な胸があるのがわかる。俺は思わず喉を上下させた。
「うう……」
だが随分と顔がやつれているな。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、あの……あいつら……は?」
「ここにいたゾンビですか? そいつらならもう倒したので大丈夫ですよ」
「たお……した?」
女性が驚いた顔を向ける。
あ、もしかして疑ってるのか? そりゃけっこうな人数いたけど……まあ普通なら たったひとりで相手にするのは危険すぎるもんな。俺は異能力チートがあったからできたわけで。
「とにかく今は大丈夫ですから」
ひとまず俺は扉を閉め、部屋に入らせてもらった。
その部屋は四畳程度の小さな休憩室となっていて、中にはもう一人、隅で小さな女の子が丸くなっていた。女の子と目が合う。
「ええと」
声をかけようとしたが、パッと目を逸らされてしまった。女の子はじっとしたまま様子を伺っている。
「娘がすみません」
女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
「え、あっ」
まじか。かなり若く見えたが人妻さんだったようだ。
目が合った瞬間ちょっとときめいちゃったのに……って、今はへこんでる場合じゃないだろ俺。
「おいで、
女性が声をかけると、隅にいた少女、花奈ちゃんがとてとてと駆け寄ってきた。そして母親にしがみつく。二人とも無事のようだけど、一体どれくらいの間ここに籠城していたのだろう。かなり疲労しているのが見てわかる。
部屋の中を見渡しても食料の空箱と、空のペットボトルが数個あるだけで
「あっそうだ。とりあえずコレ良かったらどうぞ」
そう言って俺はリュックから先程手に入れたばかりの水のペットボトルと、クッキーを取り出す。
それを見て花奈ちゃんの表情があきらかに変わった。ゴクリ、と喉を鳴らしている。
「いいんですか? 」
「ええ、まだまだありますんで……えーと」
「あ、七瀬です。
「七瀬さんですね。俺は山本紘太です。食料のことなら心配しないでください」
そう言って俺はクッキーの袋を開け
「はい」
花奈ちゃんの方に差し出した。
花奈ちゃんは戸惑っていたが、七瀬さんに「頂きなさい」と言われるとおずおずと手を伸ばしそれを受け取ってくれた。
「おじさんありがとう」
クッキーを大事そうに両手で持って花奈ちゃんがお礼を言う。
よかった。最初は警戒されていたけど、初めて子供らしい笑顔を見せてくれたな。
俺は独身だしむしろ童貞だけど、可愛い幼女の笑顔は心が癒されるなあ……いや別にやましい意味なんて断じてないからな?
その後、花奈ちゃんがクッキーを食べている間に俺は七瀬さんと互いに知っている情報を交換することになった。俺の方からはネットで見た今の日本の状態を、七瀬さんからはどうしてここにいたのかの経緯も教えてもらった。
七瀬さんの旦那さんは一年前すでに亡くなっており二人家族で、ここから15分程の距離にある一軒家に住んでいるらしい。
ゾンビが発生した当初、暴徒だと放送していたテレビがようやく新型の狂犬病の可能性を報じ始めた頃だ。近所の人たちに狂犬病患者が近くで現れたらしいから地区の避難所へ行こうと誘われたのだが、その日は花奈ちゃんがたまたま風邪をひいていて断ったそうだ。
それがきっと二人にとっての分かれ道だったのかもしれない。
その後花奈ちゃんの風邪は治ったが今度は食料が少なくなり、二人は意を決して外へ出た。そしてその道中にゾンビに見つかり、七瀬さんは花奈ちゃんを抱きかかえながら必死に走り、偶然外に出ていたコンビニ店員に呼ばれるままに店内へと逃げ込んだ。
「ってことは、その時はまだ店員の人達は」
「はい」
七瀬さんが頷く。
「みなさんはまだ無事でした」
そのあと二人は休憩室に通され、店長に食料と水を分けてもらったそうだ。
部屋に置いてある空っぽの箱とペットボトルはその時の物だろう。
それがあったのは、二週間前の事らしい。
「それで、そのあとは?」
聞くと七瀬さんが首を振り
「翌朝起きると、部屋には私達だけでした……」
「ええ!?」
そのあとはこうだ。置いていかれたと思った七瀬さんは、ひとまず自分たちも休憩室から出た。だが店内の様子を見るとそこにはすでにゾンビ化した店員たちがいて、彼らに追われるように休憩室に戻ったらしい。
まさかコンビニの休憩室に七瀬さんと花奈ちゃんを置いて店員たちは逃げたのだろうか。それとも救助を呼びに行ったのか? どちらにせよその途中であっけなく全滅したというわけだ。
「最初に頂いた食料も四日前に尽きてしまって……もうだめかと思っていたんです」
七瀬さんが涙ぐみながら話す。
「ありがとうございます」
「えっいえ、いやいや俺なんてそんな」
「お母さん……私たち、助かるの?」
「ええ、このお兄さんが助けにきてくれたのよ」
目の前で母と娘がひしりと抱き合った。
おお、なんというか……
これがもしたちの悪い小説か映画なら死亡フラグにしか見えないやり取りだなあ……
なんとか生き残ってた親子がいざ助けを目の前にして脱落するやつだなあ……海外のゾンビドラマで見た気がするなあ……なんて
が! だからこその異能力チートだぞ、俺!
よし。と両頬を叩き気合いを入れる。
「あの、七瀬さん。花奈ちゃん」
やるぞ、俺! 人妻と幼女さんを助けるぞ、俺!
「俺がお守りするので、一緒にここから出ましょう!」
二人は少し戸惑った表情を見せたが、やがて決意したようにコクリと頷いた。
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