第8話 異能力チート、人妻と幼女を号泣させる。

 従業員専用扉から店内に戻る。

 よし、ゾンビはいないな。


「あの」

 後ろにいる七瀬さんが心配そうに様子を伺ってきた。

「あっはい、大丈夫です今はゾンビはいませんから。そうだ、ひとまず今から七瀬さんのご自宅へ向かいますので道案内を頼みます」

「は、はい」

 わかりました。と七瀬さんが花奈ちゃんを抱きかかえた。

 が、先程食料を食べたとはいえだいぶ体が弱っている。そのせいでかなりふらついていた。


 うーんまずいな……もしゾンビに襲われたら絶対に逃げられないだろうな……いやそのための俺だけどさ。しかしすでに息も絶え絶えの母娘を歩かせる。最悪走らせるのも気が引けるというか……


 ふと、店内に転がっている大型の台車が目に留まった。

 運搬でよく使われているカゴ付きのやつだ。


「これだ!!」

「え?」

 俺は転がっている台車を起こし

「すみません七瀬さん! 花奈ちゃんとここに入ってくれます!?」

「えええ!?」

 二人をカゴ付き台車へと詰め込んだ。

 いやほんと申し訳ないです。でもこのまま出発させてもらいます!

「一気に家まで向かいますね!」

「えっえっ、ええええ!?」

 俺は台車の横側に回ると、それを引きながらコンビニの外へと走り出た。



「あ゛あ゛あ゛……」

 道にいたゾンビたちがこちらに気づく。

「そおいっ!」

 だが向かってくる前に風刃エアスラッシュで吹き飛ばし、進む。

「えっ今何を!?」

「あとで説明しますので! ご自宅はどっちですか!?」

「は、はい……この先を右に曲がってください」

「わかりました!」



 ガラガラガラガラガラガラガラガラ!



 勢いよく台車は進む。


「あ゛あ゛あ゛」

「せえいっ!」

「あ゛」

「そそおいっ!」

 道行くゾンビたちを片っ端から吹き飛ばす。


「すごおい……!」

 いつのまにかカゴの中の花奈ちゃんが目を輝かせていて、俺と目が合う。

「おじさんすごい……がんばって……!」

 花奈ちゃんが興奮ぎみに俺に言ってきた。良かった、表情もかなり明るさを取り戻したようだ。

 へへへ、どうだすごいだろ花奈ちゃん。俺の異能力チートは!


「よいしょおおおおっ!」

 俺は台車のバランスをとりながら道を曲がり、さらに走る。走る! ゾンビは気づかれる前に倒す! 倒す! かなりいい調子だった。


 が


「七瀬さん次は?」

「あ、この坂を」

「えっ坂?」

 聞き返したのとほぼ同時に、ふわりと体が宙に浮いた。



「えっ」

「あっ」


「「「あ」」」



 目の前にあったはずの道が、消えていた。

 スローモーションのような感覚。視線を下ろせば、そこには長い下り坂が広がっていて


「あ……」


 そうだった……。

 こっちは普段通らない道だから忘れていた。

 ここってそーいや、高台だったわ。

「ああああああ~~~~っ!!??」

「きゃああああああっ」

「わああああんっ」

 そのまま台車は勢いよく空中に放り出され、その側面に張り付いた俺も母娘と同じく悲鳴をあげる。


 やばいやばいやばいやばい!!

 このまま地面に落ちれば俺はともかく二人があああ!


「バランスゥゥゥ――――ッ!」


 俺は全体重をかけ台車を引っ張り、幸運にも車輪から着地する。二度ほど台車はバウンドしたが地面への激突は回避できた。

 だが問題はそこからだった。三人分の体重が乗っている台車はもはや止まるはずなく、ぐんぐんとスピードをあげ急な下り坂を滑走していく。そのスピードたるやもはや絶叫マシンの域だった。しかも坂の途中では


「あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 ゾンビの大群が道いっぱいに広がり待ち構えていたのである。


「いいいいいい!?」

 そんなゾンビの大群に向かって突っ込んでいく台車&俺。カゴの中では七瀬さんと花奈ちゃんが絶叫している。

「くっ」

 俺は正面に向けて手を翳し


 いやまてよ? ここで魔法を使って道いっぱいに広がったゾンビを一掃したら、周りの家や最悪カゴの中の二人にも危害が及ぶんじゃ……。それだけはだめだ!


 俺は翳していた手を引いてカゴにしがみつく。

 ならば……!


 全身に力を集中させた。

 この台車ごと、避けるしか……ない!

 しかし避ける空間なんて


「あ、が、れえええええええ……!」


 俺は気合いで台車を持ち上げ



 ドンッ!!



 ロケットが噴射されたような音が、空気を割った。



 俺たちの目の前には、青い空が広がっていた。

 偶然そこにいた鳥と目が合う。なぜだか鳥はギョッとしたようなリアクションをして逃げていった。



 そう。俺は台車ごと空を飛んだ。



【飛行魔法を獲得しました】



 先生の声がする。勢いで試してみたが無事に成功したようだ。


「っしゃ――――!」


 勝利の雄叫びをあげる。

 見たかゾンビども!

 俺は真下で蠢くゾンビの大群を見下ろす。必死に俺たちを捕まえようと両手を挙げもがいているようだが、すでに上空数十メートルは距離がありその手が俺たちに届くことはない。



「「ぎゃあああああああああっ!!!!」」


 カゴの中の二人はまだ叫んでいた。しかも必死にバーの部分にしがみついて震えている。

 大丈夫ですよーもうゾンビたちは避けましたからねー。


 こうして俺はゾンビの大群の上をなんなく通り越すと、坂の下へと着地した。上の方にいるゾンビたちは未だ空を見上げながらわらわらと蠢いているだけで、どうやらすでに俺たちが坂を降りたことに気づいていないようで。



「さ、もう大丈夫ですよ! ご自宅はもうすぐです!」


 カゴの中の二人を安心させるために俺は優しく微笑んだ。が



「ヒッヒィ、ひいいい……」

「おがあ゛じゃ……おがあ゛さあ゛ん」



「あ、あれ……?」



 母と娘は台車の上にへたり込み、嗚咽混じりに大号泣していた。


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