第2話 ゾンビの蔓延る世界になったけど異能力チートに覚醒した。

 30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい。


 こんなふざけたネタが流行っていたのはいつだったか。当時ピチピチに若かった俺は「マジかよwww でも30歳で童貞とかwwww さすがにいねえだろwwww」なんて笑ってたっけ。



「おいあの頃の俺……俺は今日めでたく童貞のまま30歳になったぞ」

 はは、と乾いた笑いを浮かべながら俺は目の前に置かれたチョコバーを見つめる。 これでも誕生日ケーキの代わりだ。

 本来なら今後のことも考えて備蓄すべきだが、もしかすると人生最後の誕生日になるかもしれないんだからこれくらい許されるはずさ。うん。

 それにしても誕生日か。最後に誰かにお祝いされたのはいつだったっけ。

 就職して社畜になってからは誕生日なんて関係なく、自分でも忘れていることもあったくらいだ。

 かといって学生時代も根暗なぼっちだった俺に「誕生日おめでとう!」なんて言ってくれる友人もいなかったな。

 さらに子供時代だって両親は共働きで、誕生日もひとりでレンチンしたご飯食べてたっけ……

 そう考えるとなんだか無性に悲しくなってきた。なんでこんなタイミングで思い出してしまったんだろう……。いや別にさ、誰かに祝ってもらいたいわけじゃないし? 別に寂しくなんてないし?


 嘘ですごめんなさいめちゃくちゃ寂しいですゥゥ!!!


 人間は数日間孤独になるだけで発狂する生き物である。どこかの学者だかがそんな事を言っていた。そんなの引きこもりのぼっちはどうなるんだよと言い返されるだろうが、この孤独とは自分以外の人間が出す生活音や、周りの音すべてを遮断した上での真の孤独だ。

 自分以外に生きている人間がおらず、わずかな音すらもゾンビに気づかれるのを避ける為につねに気を張り、いつ死ぬかわからない恐怖。

 そうだ。

 平気なわけがない。

 必死に気づかないフリをしていただけなんだ。


 俺は寂しくてたまらなかった。



「…………」

 ふと、俺はパソコンに手を伸ばしスレを開く。

 スレはさっき見たところからほとんど変わっていなかった。毎日見ているこのスレも、SNSも、書き込む人が日に日に減っていっている事にも俺は気付いている。

 今まで俺は見る専用だったのだが……



「俺、今日誕生日なんだ」



 そう書き込んだ。

 少し待ったが、コメントはつかなかった。


「何やってんだよ俺」

 両手をうんと上に伸ばしながら仰向けに寝転がる。少なくとも生存者は俺だけじゃないし、必死なのはみんな同じだろうに。

 今後どうするかはチョコバー食べてから考えよう……そう思い視線を上げ



 目が合った。



 カーテンの隙間から、真っ赤な目が、張り付くようにしてこちらを凝視していた。



「は」


 全身に悪寒が走り俺が飛び起きると同時にバンッ! という窓を叩く音が響く。

見覚えのあるゾンビがそこにいた。昨日家の前を歩いていた隣の家の、渡辺? いや田辺? どっちでもいい! とにかくあのゾンビだった。

 もしかして昨日俺が覗いていたことに気づいていたのか!?


 しまった……!


 俺は馬鹿だ。きっと心のどこかで油断していたんだ。

 窓の外の渡辺(仮)ゾンビは、ぐちゃぐちゃに折れてあらぬ方向へひん曲がっている腕ごと窓を叩いている。


 バンッ! バンッ! バンッ!


 何度も、何度も。中にいる俺を真っ直ぐに見つめながら。

「やばいやばいやばいやばいやばい」

 こんな音なんか出されたら他のゾンビも集まってくる!


 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!!!


 渡辺(仮)ゾンビの手は止まらない。

 その時ピシリ、と窓が軋む音がした。

「………あああ」

 おいよせよ。冗談だろ? なあ

 窓にひびが入ったのだ。


 まずいまずいまずいまずいまずい!


 このままだと窓が割れて、ゾンビが入ってくる。

 だったらその前に……始末するしかない!

 俺は台所の包丁を取り、構えた。持つ手がカタカタと震える。

 こちらから窓を開け、一気に頭にぶっさせばいい。それだけでいいはずだ。


「大丈夫、やれる、やれる、やれる、やれる……」

 震えを抑えるようにそう自分に言い聞かせる。

 相手は中年の女ゾンビひとりじゃないか。大丈夫。大丈夫だ。

 俺は深く深呼吸をし

「…………よし!」

 今にも割れそうな窓へと手を伸ばし


 バリンッ!!


 だが遅かった。先に窓が割れ、叩いていた勢いのままに渡辺(仮)ゾンビが部屋の中へ飛び込んできた。

「うわっああ――っあああああああ!!!」

 おもわず俺は叫び声をあげ、包丁を必死に振り回す。だがそんな攻撃が運良くゾンビの頭に刺さるわけもない。ゾンビはガチガチと歯を鳴らし、赤黒に染まった眼球がぎょろりと俺を捉えると、そのまま飛びつくように俺に向かって突進してきた。肩を掴まれる。

「あ、ああ……あ」

 その瞬間俺の身体中の血は凍り、時間は止まったかのようにゆっくりと流れる。


 死は目の前にあった。


 あ、終わった。俺は自らの死を確信した。


 そしてなぜだかわからないが脳裏を俺の思い出たちが過ぎっていく。あーそうか、これが走馬灯ってやつか。

 思い出せば子供の頃からとくに楽しい事も、何か人に褒められるような事もまったくなかったな……あらためて自分の人生の薄さに気づいたよ……。あとネットの奴ら、みんな生き残ってほしいな……俺の分までさ……俺はもう逝きます。

 まあすぐにゾンビとして復活するんだろうけど。


 それと……ああ、そうだ。どうせ死ぬならこのまま最近流行りの異世界転生がしたいのでどうぞよろしくお願いします神様。もちろんチートハーレムの方向で……おね、が……



 ドンッ!!!!!!



「アッツゥ!!?」

 突然右手から熱気の塊が飛び出したような感覚に、俺は別の意味で悲鳴をあげる。


【火属性を獲得しました】


「ファッ!?」

 しかもなんか聞こえた。

 そして見た。

 俺に掴みかかっていた渡辺(仮)ゾンビが、上半身ごと消し飛んでいるのを。

「…………エッ」


 なんで? 何があったの?


 おもわず目を瞑って走馬灯を見ていた一瞬の間に、何かとんでもない事が起こったようで。というか。

 俺はまだ湯気のようなものが上がっている右掌を見る。

「…………もしかして今なんか、出た?」

 いや。いやいやいやいやいや。

 そんなわけな

「あああああっ!」

 窓の外から他のゾンビが飛び込んできた。

「うわあああ!?」


 ドドンッ!!!!


 おもわずあげた右掌から再び熱気の塊が飛び出し、目の前のゾンビがジュッという音と共に霧散する。

「エッ」

 いや出たな今。間違いなく何かここから飛び出たよな今。今度は見逃さなかったぞ!?


 たしかに今この、掌のこのあたりから

「あああああア――ッ!」

「うおお!?」


 ドドドンッ!!!

 ジュッ


 また中に入ってこようとしたゾンビが霧散した。


「…………」

 俺はおそるおそる自分の手を見つめる。

 もはや疑いようもなかった。


 どうやら俺の右掌からは、火炎球ファイアーボール が出るらしい。



 そのあとは音を聞きつけやってきたゾンビの群れを片っ端から火炎球ファイアーボール で片付ける作業となった。

 いやいや。何こんな急展開すんなり受け入れてんだよお前と思うかもしれないが聞いてほしい。

 俺だってまだ受け入れてないしそもそも内心大パニック中だ。だがゾンビたちは待ってくれないのである。

「ぎゃがガあああっ」

「そおいっ!」

「ぎゃ」 ジュッ

 しかしだ。向かってくるゾンビにひたすら火炎球ファイアーボール を撃つのはいいが、これにはある難点があった。

 出す時手がめちゃくちゃ熱いのだ。

「はあ、はあ、くそ……」

 そりゃそうだ。手から火の玉を出してるんだからな。しかしなんとかならないのかな……他の技とか……いやいや。さすがにそれはない


 ボンッ!!!


 掌から水が出た。


「出んのかよ!!?」

 おもわず某ツッコミ芸人ばりのリアクションをとってしまった。


【水属性を獲得しました】


 しかもまたなんか聞こえた!

 飛び出た水はまるで放水砲のようにゾンビたちを吹き飛ばす。

 火炎球ファイアーボール ほどの威力ではないが、奴らの腐った肉体くらいなら簡単にバラバラにする事ができた。

 しかも今回は掌はノーダメだ! やったぜ! いやびっちゃびちゃだけど!

 しかし火と水の魔法が使えるようになるとは、もしかするとゾンビパニックが発生した以上の驚きなんじゃ……

「もしかして」

 今度は意識して魔法を出すようにしてみる。

 イメージ……そう、イメージだ!

 腕を大きく振り


 風が出た。


 風は刃となりゾンビたちを切り刻む。


【風属性を獲得しました】


「っしゃ――――!!!!」


 俺は勢いよくガッツポーズを掲げた。



★★★



 いつのまにか、一帯のゾンビたちはいなくなっていた。全員片付けたのかは見回ってみないとわからないが、とりあえず今は危険はないはずだ。たぶん。

「はあ、はあ、はあ……」

 無我夢中で魔法を撃ちまくったせいか、体が重い。あ、もしかしてこれってMP? MP消費ってやつか?

 俺は割れたままの窓から家の中に戻ると

「よい、しょ…」

 最後に部屋の中に落ちたままだった渡辺(仮)ゾンビの下半身を外へ放り出した。

「あとは……この窓だな」

 割れた窓を塞いでおかないと。

 カーテンだけではさすがに、いくら異能力に覚醒したからといって無防備すぎる。しかも今はMPを消費したせいでさっきのようには戦えないだろう。

「なんとか、しないと……」

 足腰がふらふらする。

 ちょん、と。指が割れた窓枠に触れた。

 すると割れた部分から再生するようにガラスが生え、窓は一瞬で元どおりになった。


【修復魔法を獲得しました】


「ええぇぇ……」

 そんなのまでできんの?

 もはやアホなの?

 俺はあらためて自らの掌を見つめ、意識は闇に沈んでいった。



 どれくらい時間が経ったのか。

 俺はゆっくりと目を開く。どうやら眠っていたらしい。日はすでに落ち、時計を見ればあれから数時間はたっていた。すでに日付けも変わっている。

 ……ああ、そうか。

「夢、だったのか……?」

 はは、と乾いた笑いが出る。そりゃそうだ。

 ある日突然異能力チートに覚醒なんて中学生の妄想じゃあるまいし。

 ゾンビにいつ食われるかわからない恐怖から生み出した俺の、ただの妄想だ。

 なんて、馬鹿馬鹿しい……。

「ううっ」

 なぜだか涙がこみ上げてきた。

 俺は目を拭いながらパソコンをつけ、掲示板を開く。

 そういや誕生日だって馬鹿みたいな書き込みしちゃったんだっけ……誰も興味ないってのに。

「……え」

 しかし、スレを開いた俺の目に映ったのは



『俺、今日誕生日なんだ』


『おめでとう』


『お、人生最後の誕生日だな』


『↑マジでそうだからやめろwwww』


『おめでとう。お互い生き残ろうぜ』


『おめでと』


 いつのまにか、俺の書き込みに返事がきていた。そのコメントたちに、また涙が溢れそうになる。

 俺はすぐにキーボードを叩く。


「誕生日だった者だけど、みんなありがとう」


『なんだよ生きてたのかよ』


『フラグたてて死んだと思ってたわ』


『お前まだいたのかよおめでとう』


「ははは」

 どこの誰かもわからない他の生存者たちが身近に感じて、どこか温かい気持ちになった。

「さてと」

 俺は気を引き締めるためにパンと両頬を叩く。

 今日もゾンビたちから身を隠し、なんとしても生き残るんだ!

 まずはいつもどおりに、慎重にカーテンの隙間から窓を覗き家の前を確認して……


 そこには渡辺(仮)ゾンビの下半身が落ちていた。


「…………」


 あれ?


「………………」

 俺は無言で人差し指の先端から火を出してみる。出る。消す。出る。消す。

 今度は水。風。出す。消す。出す。消す。


「……………」



「夢じゃなかったわ!!!!」



 俺は身を翻しながらキーボードに飛びつくと



「ゾンビの蔓延る世界で異能力チートに覚醒した」



 揚々とそう書き込んだ。



『は?』


『くそつまらん死ね』


『ちょっと優しくされたくらいで何調子こいてんの?』


『童貞の妄想なら他でやれやクソニート』


『ゾンビに頭だけ食われてこい』


『消えろ』



 俺はまた泣いた。

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