ゾンビの蔓延る世界で異能力チートに覚醒した。

小山ヤモリ

第一章

第1話 ゾンビの蔓延る世界になった。

 ゾンビの蔓延る世界で異能力チートに覚醒した。


 いきなりお前は何を言ってるんだと思っただろうが聞いてほしい。俺だって何がなんだかわからないんだ。


 そもそも事の発端はなんだったのか。

 覚えている限りだと、確か最初に異変に気付いたのはネット民たちだった。


 【速報】ゾンビ、ガチで出る


 たしかこんなスレタイだった。


 なんでも病死したはずの人間が搬送中に突然起き上がり、救急隊員に襲いかかったそうだ。

 テレビのニュースでは『救急車、搬送中に事故』程度でしか報道されていなかったが、どこから情報が漏れたのか目撃者がいたのかネットではゾンビなんじゃないかという話題で持ちきりだった。この俺だって最初はその話題を「あははまたこの手のスレかよw」程度に楽しませてもらっていたのだが、その後襲われた救急隊員が病院で暴れ出したという速報が入ったことで、ネタとして見ていた層も「おやおや?」と気づき始める。

 それから数時間後にはさすがのテレビもこの異常事態で持ちきりだった。どこの番組も緊急ニュースへと切り替わり、あ。ひとつだけアニメを放送してたチャンネルもあったわ。


 まあとにかく、その時点でどのテレビ局でもゾンビ一色だった。

 ちなみにこのゾンビという呼び名は見ているこちら側が勝手にそう呼んでるだけで、テレビでは暴徒だと一括していたが。

 それを見て「いやゾンビだろ!」とネット民は総ツッコミしていたものだ。実際俺もそう思った。だってどう見てもゾンビなのに、大勢の暴徒が暴れていますとわざわざ近寄って中継していた女子アナが生放送で食い殺されたんだぞ?

 放送事故なんてもんじゃないだろうに。


 やがて政府が緊急放送をした頃にはすでに感染は病院から外に、町に広がっており、すべてのチャンネルが緊急ニュースになっていた。



 そんなこんなで一ヶ月後。

 あっけなく世界は終わった。



 俺、山本紘太やまもと こうた、29歳。

 出世も彼女もできる気配なしの底辺サラリーマンだ。といっても現時点ではたしてサラリーマンを名乗ってもいいものだろうか。

 ゾンビパンデミックのおかげで日常は崩壊し、仕事や学校なんて行ってる場合ではなくなったからだ。もちろん俺だって最初は仕事に行った方がいいのかなあなんて迷っていた(哀しき社畜のサガだな)

 が、玄関を開けたら目の前にゾンビが数体。幸いバレる前にドアをそっ閉じしそのままこうして引きこもっているわけで。


 会社を無断欠勤した日から数日間は上司からのお怒りのメールや電話もきていたが、全部無視していたらある日それもぱたりと止まった。ようやく諦めたのか、それとも死んだのか。ぶっちゃけどうでもいい。

 そもそもあの上司いっつも高圧的なうえ人の仕事邪魔するし嫌いだったんだよなー。

 俺は大きく欠伸をしながら今日もネットでパンデミックの様子を確認する。

 窓のカーテンの隙間からチェックはしているが、見えるのは自宅アパート前の道だけだ。世界規模での現状を把握するにはネットは不可欠だった。

 というのも、最近の大型動画サイトにはライブカメラというものがある。都市内や観光地、田舎、様々な所に設置してあるカメラが24時間リアルタイムでその場所を映しているのだ。これで家に引きこもりつつも世界の様子を見ることができるってわけだ。


 俺はいつも通り日本中のライブカメラを切り替えながらそれぞれの様子を見る。残念ながら本日も絶賛ゾンビたちが徘徊している様が映し出されていた。

「……あ」

 どこかの観光地のカメラに、生存者らしき人が走っているのが映っていた。遠目だが女性だろう。ホテルから飛び出してきたようだが、何やら叫んでいる。

「おいおいおい」

 近くにはゾンビが大勢うろついてるってのに、そんな大騒ぎしたら

「あっ」

 そう思ったのも束の間、女性の声に気づいたゾンビたちが大勢引き寄せられてきた。女性もそれに気づいたのか、叫びながら走り出す。だが遅かった。すでにゾンビの群れに囲まれ、あっさりと捕まってしまう。

 その様子はまるで道端に落とした角砂糖に群がるアリの大群を連想させる。

「あー……」

 カメラの向こうで女性が貪られているわけだが、すでにこんな光景は何度も見ている。悪いけど俺は自分で手一杯の傍観者だ。助けられなくてごめんよなんて涙する人間ではない。


 次に俺はSNSと、ネット掲示板をつけ情報収集する。テレビはすでにどの局もやっていないし、ラジオもやっていない。まあもしやっていたとしても最後までゾンビの存在を報道しなかったテレビが何をするんだって話だが。


 掲示板では全国の生存者もとい引きこもりたちが互いの情報を共有しつつもいつも通りトークを続けていた。

 ネットの話だと、そもそも最初のゾンビとされている救急搬送された病人。こいつはなんでも世界の危険な場所を旅する動画配信者ってやつだったらしく、搬送される数日前までアフリカ大陸の紛争地に行ってテロを見てくるwwww とかやっていたらしい。正直ドン引きするくらいの大馬鹿野郎だ。その動画はもちろん炎上し帰国となったのだが、そいつはSNSに『帰る前に現地人と写真撮ろうとしたら噛まれたんだが? マジでどこの原始人だよくっそいてえw』と投稿していた。もちろんこの投稿も炎上していた。

 そして帰国した翌日、突然意識を失い緊急搬送される途中で心肺が停止。あとは先に述べた通りだ。

 嘘か本当かはわからないが、暴徒だ新種の狂犬病だよりは信憑性がある。その迷惑極まりない底辺配信者のせいで国家が潰されたのだから。うーむ世の中どうなるかわからんものだ。

 ちなみに日本以外でもゾンビが発生しているが日本ほどの被害は出ていないらしい。



『そりゃあっちは銃社会だし元からリアルにゾンビ対策とかやっちゃうタイプの奴らだろ?』


『それな。普通に人撃ってる奴らはゾンビ撃つくらい余裕だろ』


『俺も銃があればもっと生き残れたのに』


『↑おいこいつゾンビだぞ』


 武器の所有ができないあげく平和ボケした日本ではテロや無差別殺人が起きても何もすることができない。いつだったかな、無差別通り魔が人を殺しているのに銃も撃たずに見ているだけの警官が問題視されていたっけ。銃の携帯を許されている警官ですら銃を使うことができないなんておかしな話だ。

 なら今回のようなパンデミックなんてますます無理ゲーだ。起きた時点で詰みだったのだろう。

 俺は他のスレも順々に目を通していく。



『家の周りのゾンビが全然減らないんだけどなんで?』


『お前が出てくんの待ってんだよ健気じゃねえか』


『おまえらいつゾンビになるの?』


『ゾンビですら女の子と触れ合ってるというのにおまえらときたら』


『てか自衛隊と政府は何してんだ?』


『知るかよこっちが聞きたいわ』


『あーそろそろ俺だめっぽい』


『俺も。ってか家族が助け求めに行くって外出てったんだがオワタwwww』


『引きこもってた方が安全なのにな』


「はは、たしかにそうだ」

 ゾンビが溢れている外に出るなんて死にに行くようなものだ。おそらく現時点で無事なのはパンデミック初期の時点から家に籠城していた者たちくらいだろう。しかし


『でもいつまでも引きこもっていられるわけじゃないよな』


『ゾンビがドアぶち破ってくるかもってこと?』


『いや、そうじゃなくて。食料もいつか底をつくだろ? それにこのままだと電気とガスも止まるだろうし、ネットだっていつまでできるかわかんねーじゃん』



「…………」


 たしかにそうだ。

 俺はキッチンに向かい、今ある食料を確認することにした。

 元々いつ起こるかわからない自然災害用に非常食を買い込んでいたことが功をなし、この一ヶ月は食料に困ることはなかった。だがその残りも正直いってあとわずかしかない。あと何週間分か、あと数日分か。

 もしこのままゾンビが減らなければ……先にこっちの食料が尽きる。そこに待つのは飢え死にだ。

「まずいな……」


『あと何日生きられるかな?』


『このままだと餓死かーでもゾンビに食われて死ぬよりマシ』


『いや俺はゾンビになる方がいいわたくさん食べれるし』


『お前デブだろ』


『デブは死ね』


『食料調達とかできるの?』


「いや無理だろ」

 ネットの奴らの会話を横目に頭の中で食料調達をしにいった場合をシミュレーションしてみる。


 そうだな。まず家にある物の中で武器になりそうな物を選ぶ。武器なんて台所にある包丁かフライパン。あとは……

 ふと机の上に置かれた特撮ヒーローのおもちゃの銃が目にとまった。これは去年実家に帰った際に実家の押入れから発掘されたもので、子供の頃の懐かしさからついつい持って帰ってきたものだ。

 赤と黒のラインとドラゴンのマークがかっちょいい、と今でも思う。が、違う。今探しているのは使える武器だ。こんなボタンを押すと古い電子音と先端がぺかぺか光るだけのおもちゃは絶対にいらない!

 よし。とりあえず武器はフライパンにしよう。

 包丁で刺すよりも目一杯フルスイングした打撃の方が少しは効いてくれそうだし。

じゃあフライパンを手に食料調達に行くとしよう。向かうのはここからだと徒歩五分ほどの距離にあるコンビニがいいな。コンビニまでの道は玄関を出て右に道をまっすぐだ。


 イメージだ! イメージしろ!


 頭の中の俺がフライパンを持ち玄関から外へ出る。はい前の道を徘徊しているゾンビに見つかりました! フライパンで攻撃! はい効いてない! 死!! ゲームセット! おわり!


「………………」


 いやいやいや。

 俺は首を振りもう一度玄関からシミュレーションしてみる。今度はこっそりと家を出て、前の道を徘徊しているゾンビに気づかれないように右へ!

 あとはコンビニまでまっすぐ全力疾走だ!

 はい横からゾンビが飛び出してきました! あ、道沿いの家のお庭にいたのね! フライパンで攻撃! はい効いてない! 死!! ゲームセット! おわり!


「………………」


 いやいやいやいや!

 もう一度、もう一度だけシミュレーションしてみよう。


 だがそのあともいろいろなパターンを考えてみたが、どのルートでも俺は晴れて死んでしまった。めでたくゾンビの仲間入りである。そもそもゾンビの耐久度がどの程度なのかもわからないし、一対一ならまだなんとかなっても群れで来られたら完全においしくいただかれてしまうわけで。

「だめだぁぁぁ……」

 俺は頭を抱える。

 食料調達なんて無理。絶対無理だ!

 ネットの奴らも同じ結論を出していた。

 結局、今生きて引きこもっている奴らに残された道はふたつ。ゾンビに殺されるか、餓死するかだ。


『あとは自殺するかだな』


 辛辣なコメントが書き込まれる。だがそれもまた残された道のひとつだった。

 俺はスレを閉じ、もう一度カーテンの隙間から窓の外を伺う。

「……あ」

 知った顔がよたよたと手足をばたつかせながら歩いているのが見えた。よく見たら頭部がぱっくりと裂け、そこからグロいものが垂れている。

 たしか左隣の一軒家に住んでる家族の母親だな。名前はたしか渡辺? いや田辺だったか? あいにくご近所付き合いなんてしてこなかったので名字すらうろ覚えだ。

「おっと」

 俺は渡辺さん(仮)のゾンビと目が合う前に窓から身を引き、ベッドの上に仰向けに寝転がる。


「あと何日生きられるのか、か…」


 あーそういえば。

 スマホの日付を見て思い出した。

 明日は俺の誕生日だった。

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