平成の4分の3をカバーするウェブ日記『日刊リウイチ』から平成を振り返る
第73話、富野監督のアニメ『果てしなき流れの果てに』構想が明かされ小川一水が活躍し始め平井和正が窮状を訴え康芳夫が現れ『鉄甲機ミカヅキ』が上映される
第73話、富野監督のアニメ『果てしなき流れの果てに』構想が明かされ小川一水が活躍し始め平井和正が窮状を訴え康芳夫が現れ『鉄甲機ミカヅキ』が上映される
【平成12年(2000年)9月の巻】
小松左京賞を創設した角川春樹事務所が、SF系の作家を集めていろいろと出し始めたようです。そんな1冊となった小川一水の書き下ろし小説『回転翼の天使 jewel box nabigator』を凄く面白い、ほんとビックリと激賞しています。
スチュワーデス予備校に通っていた伊吹が、オンボロのヘリコプターを1機だけ所有して広告から農薬散布から勝手な人命救助まで何でもござれの零細ヘリ会社に就職。そこから伊吹の奮闘のドラマが始まります。
それまでの小川一水は、『イカロスの誕生日』の敵方のちょっぴり戯画化され過ぎた部分への疑問とか、『こちら郵政省特配課』の現実が舞台でありながらぶっ飛び過ぎている設定が気になっていましたが、『回転翼の天使』では社会的なシステムの部分が持ち前の取材力、描写力でカッチリと描かれている上に、人間ドラマの部分も「正義」「悪」の決して割り切れない部分を取り込みつつ、「だからといって曖昧なままでいいはずがない」という信念を貫き通していました。
ここから1本、筋が通った感じで以後、社会的にも科学的にも人間的にも奥行きを持って厚みもある物語を小川一水は紡ぐようになって、現在に至るといった印象があります。SFかというと少し足りない『回転翼の天使』でしたが、SF作家・小川一水を改めて世に送り出した作品として、記憶されて良いと思います。
そんな角川春樹事務所で、4周年と小松左京賞の受賞を祝うパーティーが開かれました。小松左京はもちろん山田正紀に高千穂遥に豊田有恒眉村卓堀晃朝松健井上雅彦といった面々が揃って、前年までの文壇っぽさが少し薄れていまた。贈賞式では、挨拶に立った小松左京が、「横溝正史さんだって賞をつくってから8年は生きていたから自分も8年は生きるだろう」「誰も応募がなかったら自分で応募して自分で審査して落とす」と、前年と同じことを話していましたが、初めて聞いた人には大受けだったようです。
角川春樹事務所とメディアファクトリーが小松左京作品のアニメ化を検討中といった話も飛び出しました。監督は富野由悠紀で、タイトルは何と『果てしなき流れの果てに』ということですから、集まっていたSF関係者も騒然でした。「言葉によって綴られた壮大な宇宙のイメージをどうやって『セリフ』と『絵』で見せるのか。時間なんかが入り組んだ話ってよほどうまくシナリオを作らないと見ている人が混乱してしまう可能性が高く、思弁的な内容もなかなか映像には乗りにくい」とウエブ日記に感想を書いています。
富野監督が手がける以上は、それなりにしっかりとした哲学を通しつつ、エンターテインメントとしてまとめて来てくれると期待していましたが、「話半分で消えてしまうアニメ化話が多い中で、ここは最後までちゃんと完成させて、21世紀の映画ファンSFファン小松ファンに『小松作品映画に傑作なし』なんてことを言われないよう頑張って下さい」と締めた言葉に反して、やっぱりポシャってしまいました。どんな映画になったのか。今も気になります。
平井和正が窮地という話が流れてきて、何かと思ったら平井作品をネットでデータ販売している「e文庫」が金銭的、人員的にヤバいということを本人が切々と訴えていたようです。
今ほど電子書籍が普及していなかった時代、『ボヘミアン・ガラス・ストーリー』をデータ販売して、日本の商業的な電子本販売を始めたとも言える平井和正。今だったらあらゆる電子出版のプラットフォームを利用して、ファンに届けることもできたのでしょうが、当時は物理的な本のオンライン書店がようやく始まったばかりでした。届かなくても仕方ありません。
富士オンラインシステムによる「電子書店パピレス」も始まってはいましたが、「e文庫」も含めてマイナーだった電子出版に、どうして平井和正が熱意を見せたのか、本人が亡くなられた今、聞きようがありません。ただ、「ネットの普及がマイナーな作家、カルトな作家にとって福音をもたらすなんて幻想で、結局は声が大きく情報を伝えやすい大手メディアと有名作家にしか利用できないってことなのか」といった疑問は、今では解消されました。
小説投稿サイトであり、アマゾンのキンドルセルフパブリッシングでありといったプラットフォームから、見知らぬ作家が生まれてヒット作を飛ばしています。そんな時代に平井和正が存命だったら、そして完全だったらどれだけの作品を生み出して、出版社を介さずにファンを虜にしたでしょうか。作家と作品と読者の関係を少し考えてみたくなりました。
沼正三の『家畜人ヤプー』を仕掛けたり、あのモハメド・アリとアントニオ猪木の試合をプロモートしたりと世間を騒がせたプロデューサー、康芳夫がロフトプラスワンに登場するというので見に行きました。北村龍平監督の『VERSUS』お披露目の場などで見かけてはいたのですが、本人を大フィーチャーしてのトークを見たのは初めてでした。
希代のプロデューサーですから、さぞや賑わっていたと思ったらそうでもなかったのは、時代が違っていたからでしょうか。それともプロデューサーは陰の仕掛け人であって、仕掛けたものこそが全てであって、プロデューサー本人が全面に出て、自分の仕掛けだからと喧伝するようなことを行っては来なかったからでしょうか。秋元康がプロデュースしたという、それが真っ先に書かれる時代に、陰の仕掛け人は存在できないのかもしれません。
イベントには、当時はまだ“ミニスカ右翼”だった雨宮処凛が登場し、『新しい神様』の土屋豊監督や、ドキュメンタリー『A』の森達也らと康芳夫について語ったようです。他にもゲストが入れ替わり立ち替わって登壇したイベントでは、アリの話アミンの話ネッシーの話オリバーの話とあれやこれや語られました。
文壇絡みだと三島由紀夫との交流、大江健三郎への敵愾心が語られたようです。全体に慌ただしくて語られじまいのところもあって、再度の機会があることを願っていましたが、果たしてあったのでしょうか。壇上では「月蝕歌劇団」の高取英や出演者の三坂知絵子、当時はまだ新右翼だった鈴木邦男も交えたトークが続いたようでしたが、途中で退席。こういうアングラ的に濃いイベントを積極的に覗いていた時代だったのだなと、今にして思います。
雨宮慶太監督がテレビで展開した特撮ドラマ『鉄甲機ミカヅキ』の発表会をのぞきました。「凄かった。何が凄いってまず特撮が凄い。『テレビでガメラやっちゃって』とカヤマさんが始まる前に言ってたように、念入りに作られた街並みを巨大なロボットがベリベリと踏み潰していく場面の容赦なさといい、合成されたCG部分のセットとのマッチングの良さといい、ほとんど映画と言っても良いほど高い品質迫力の画面を見せてくれる」。激賞です。ちなみにカヤマさんとは後にセガにも関わる香山哲さんのことですね。
「ロボット好きにはロボットバトル、哲学好きには人間存在の意味なんかを教えてくれる、懐の深い作品に仕上がっている」とも。「小学生の美少女たちやあかね社長の太股もむっちりなローアングルからの奮闘姿とビューポイントも多々あって、どこから切っても楽しみ所が満載な上に、前述したいような迫力の特撮迫真のドラマが加わって」(中略)存分以上に楽しめる映像作品に仕上がっている」。
それだけの作品が今、どれだけ覚えられているかというと寂しいものがあります。アニメと違って上映イベントが開かれる機会もなさそう。岡部淳也監督の『D』も含めて、一挙見イベントとか開かれて欲しいと思います。
香山哲と同様に、今何をしているか気になるエニックス創業者の福嶋康博社長が会長に退く人事が発表されました。「あと5年以内に光ファイバーがつなごうと思えば全部の過程でつなげるような環境が確実に来るとわかって、そういう大容量超高速の通信インフラを使って展開するビジネスを考えることに専念する必要があった」と話していましたが、本音だったのか。
第5回スニーカー大賞奨励賞を受賞した白石かおるの『上を向こうよ 格闘少女スズ』に泣きました。スラム育ちで貧乏だけど格闘技に才能があって大会に出て一旗挙げたいと思っている娘がいて、そんな娘に決して裕福でない家族が「目のとびでるような」お金を作って娘に木製だけど大きな斧を武器として買ってやったものの、1回戦で後に最強と呼ばれる格闘少女と対戦してしまって斧はへしおられ、かつ出身地がスラムだからと直せば使える斧も捨てられてしまい、家に返れず涙をこらえて公園でひとりブランコをゆすっているという冒頭のシチュエーションに涙しました。
「貧乏じゃなかったけど欲しいものはあんまり買ってもらえなかった身として、実に心からジンジンと沸き立つものがあって、染み出る涙に思わず下を向いてしまう」。そう書いている今、まさに自分が職を失っているとは! 自業自得なのですが、それでも今呼んだら涙に溺れそうになりそうです。白石かおるは別に福田政雄名義で現代に織田信長がタイムスリップしてくる“転生・転移”の走りのような『殿が来る!』を出し、また『僕と「彼女」の首なし死体』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を獲得しました。今も活躍してくれていると嬉しいのですが。
平成12年(2000年)9月のダイジェストでした。
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