第71話、北村龍平が『VERSUS』を世に問いBK1が立ち上がり鳥肌実が日比谷野音で演説しスーパーダッシュ文庫が創刊される

【平成12年(2000年)7月の巻】


 北村龍平が『VERSUS』を引っさげ日本の映画界に現れました。原宿で開かれたインディーズ・ムービー・フェスティバル・サミット2000で、『ダウン・トゥ・ヘル』の受賞記念として作った長編映画です。自主制作っぽいノリで、アクションも他愛ないんだろうとなめてかかった気持ちは、冒頭の10分で粉々にされました。


 「まずはいきなりの侍アクションで、胴体がタテにヨコにと真っ二つになる殺陣が繰り広げられ、続いて現代へと転じてどこからか逃げ出してきた囚人らしい2人のうちの1人が、もう1人を迎えに来たらしい車から降り立った5人の男を相手にして、車から出てきた女を何故か助けようとして銃を撃つ場面から始まって、エンディングまでをほとんどノンストップのガンアクションに殺陣に肉弾戦の大バトルは、そのすべてがスピード感に満ち迫力に溢れ様式美に優れた極めつけのものばかり」。激賞です。


 「CGなんかで嘘くさいリアルさを見せるなんてことはせず、血糊にしても抜き手の通った胴体にしても体と体がぶつかり合うバトルにしても、すべてが生身の肉体を駆使しての作業で、人間やる気に作業と技術が追いつけば、どんな映像だってデジタルエフェクトなんて使わずに撮れてしまうんだってことを見せてくれる。ぐるぐると回り込むカメラワークにどの場面を見てもすべがピタリ決まっているレイアウト、見ている人の気持ちを読みとっているかのように盛り上げ溜めて落とすタイミングは、まるで秒間24コマのレベルまで人間の思考を入れて練り上げ作り上げるアニメーションの様」。目を釘付けにされました。


 「原宿新宿池袋の夜を闊歩していそうなほどに若く、強そうな顔立ち肉体を持った役者たちを集めたキャスティングも最高、今は誰1人として名のある人はいないけれど、遠からず日本の映画を背負って立つ人になるだろう」。なった人もいました。「そしてあの人のことだから最初は2丁拳銃を振り回すか刀で斬りまくる役でもやってんのかと思いきや、意外にも何かあると気絶する(させられる?)という“正統的”ヒロインを演じた三坂知絵子さんにも拍手喝采を」。そのセリフ回しの巧さに感嘆したようです。


 ここから始まった北村龍平伝説は、メジャーでもマイナーでも構わず撮り続けてはしっかりとファンを掴んで今に続いています。とは言え、やはり知る人ぞ知るといった範疇に止まっている感じなのは残念。可能ならば本当に世界が驚くアクション映画を作って、世界を相手に勝負して欲しいところです。


 キネマ旬報社より出た、現在は明治大学大学院特任教授の氷川竜介による『世紀末アニメ熱論』という本に、現代も通じるさまざまな言葉が綴られていたことを思い出しました。帯に赤く「熱い!」という文字が抜かれた本はアニメに対する熱くて強い思いに溢れ、言葉に満ちていたようです。


 「設定や年表にこだわるファンには、ぜひもっと大きな視点を持ってこういうことにも思いをはせて欲しい。きっと人間は、大きな時間の流れのようなものを認識できて、そこにこめられた人の意思のつながりのようなものがわかって、自分自身の暮らしや精神の安定に役立てることの可能な、比類なき能力を持った生物なのだから」。


 アニメ作品の細部に目が向かう傾向は、ネットによる情報の共有が進んだ今、深まりこそすれ衰えてはいません。そうした探索によって見失われる大きなテーマなり思いなりがあるなら、やはり勿体ないことでしょう。今に通じる言葉です。


 「オタクは自己卑下が激しく露悪的な傾向があります。私自身がそうです。でも受けた感銘が『本気のものづくり』からのものであれば、ちょっと気持ちを切り換えて前向きにまた自分の『ものづくり』として本気で世の中に打ち返せば良い。あるときからそう思うようになりました」。作品として世に問われたものに込められた本気を受け止めつつ、自分の本気を返していくことで違いに育っていくならこれほど嬉しいことはありません。


 「月刊アニメージュ」2000年2月号所収の「90年代的アニメファン気質」の結語では、「否定文で構成された言葉は、人や作品を傷つけるダークサイドのものだ。その魔力にとらわれず、肯定文でアニメを語っていこう。その先にある輝かしいものを前向きにみつめていきたい」と綴っていました。この当時以上にネットが簡単にクリエイターと消費者を結ぶ現在、紡ぐ言葉に込める「想い」はより重要になって来ました。


 「次の10年を楽しく生き抜くため」に、共に高めていこうとした態度は今、より強く求められている気がします。観たいものが観られなかった時代を生きた人たちならではの、観たいものが観られるような世界へと向かわせる言葉の大切さへの認識を、受け継ぐ時が来ています。


 勝ち残ったのはアマゾンですが、20年ほど前はまだ、いろいろなネット書店が勃興してはどこが日本で残るかといったレースが成立していました。そんな候補に並んだひとつがBK1(ビーケーワン)。日本経済新聞と日経BPが母体となったネット書店でTRC図書館流通センターも絡んでいたのでしょうか。編集長が知人だったこともあって発表会をのぞいて、そのスタートアップを祝いました。


 向こう3カ月については代引きの手数料130円と7000円未満の購入にかかる250円の配送料を無料にする、といったサービスを打ち出していて、それが安いのか高いのか迷いますが書いてあるということは画期的だったのでしょう。あと、「ブックナビゲーター」と呼ばれる人たちが本をリコメンドしていたのも特徴。井家上隆行池上冬樹石堂藍石堂淑郎池内紀稲葉真由美上野昴志大森望……とア行だけ見ても凄い名前が並んでました。


 斎藤環田口ランディ成毛真氷川竜介等々と、総勢209人のリストはそれだけで1つの文化人地図になっていました。SF関係では風野春樹海法紀光サイトウマサトク塩澤快浩冬樹蛉巽孝之といった当り。私もライトノベルを中心に紹介していたのですが、そうやって原稿料を払って記事コンテンツを充実させても、やっぱり本屋は本屋、商品が豊富で配達が早くて決済が便利な方へと流れていったようです。


 今、BK1は陰も形もありません。そしてアマゾンがあって、電子書籍もKindleが突っ走る状況。必然だったのでしょうか、それとも。ソニーが音楽配信で天下を取れなかった例とともに、検証が必要かもしれません。


 今はダッシュエックス文庫となった集英社スーパーダッシュ文庫がこの頃、創刊されました。ということは来年で20周年ですか。続いたものです。創刊ラインアップにあったのは、あの倉田英之による『R.O.D』。神保町に構えたオフィスの中に本をぎっしりと詰め込んで暮らす読子・リードマンの活躍を描いたシリーズで、巻を重ねOVAやテレビシリーズにもなって大人気のシリーズとなりましたが、さて完結したかというと……。そこはやはり20周年に期待です。


 あの「まんだらけ」が東証マザーズに株式を上場したけど売り浴びせられて初値がつかず、てんてこまいだったようです。テレビでもお馴染みの古川益蔵社長は「ベンチャー企業を育てなくっちゃいけないのに、その役割りを担っているベンチャーキャピタルが売りまくっているのは解せない」と、上場後の会見で喋っていましたが、ここで売らないと利益がさらに下がるという判断もまた投資ですから仕方がなかったのかもしれません。


 会見で古川社長に、同じ古本屋ということで新古書市場、いわゆる「ブックオフ」の問題について聞いたところ、「新刊のマンガ本が店頭に出されもされずに返本されて許されるような新刊制度の弊害を省みずに、郊外型古書店が悪いというのは間違っている」と前置きした上で、だからといって「ブックオフ」のような定価に連動して自動的に売値が決まるところは、「再版制度が撤廃された時点で便りとなる価格という軸がなくなるから大変」と指摘しました。


 「その点まんだらけは120万冊ものデータベースを用意して、的確な仕入れと値付けができるんだ、大事なのは本の価値であって、それが分かるのはうちだけなんだ」と自慢していたあたりに、マンガを価値づけて取引するノウハウが出来ていることの強みを感じました。そこから20余年経ってもまんだらけはしっかりと手堅く商売を続けていますから。「新刊本が売れてはじめて中古も売れる」という自覚を当時から忘れず、「マンガ魂」を揺さぶってくれたまんだらけ。会見でぶち上げていた“オタクの殿堂”は結局建ったのかな。


 ここがピークだったのでしょうか、それとも東京ベイNKホールが最高潮? 軍人の姿でライティな言葉を放つ芸人・鳥肌実が何と日比谷の野外音楽堂で演説会を開きました。「人間爆弾」と題されたライブには1時間前から来場者が並ぶ熱狂ぶり。「皇国の興廃この一戦」とか「世界の日の本統一」とかったいった垂れ幕が下がり、当時はまだ右っぽい色が薄かった空気を刺激していました。


 演説芸の方はなかなかな高密度で、どう猛っぽいドーベルマンが2頭入れられた檻の上に立って背広姿で始めた演説は、立て板に水とばかりに右翼ネタ反共反公明ネタを繰り広げて観客をシンとさせました。その後、全身に竹ヤリをつけた格好で再登場して、ナンセンスひとこと集を繰り広げたものの、どこか盛り下がった中でアンコールに登場して、「あんたたちにバカにされたくない」と言ってそれっきり。「果たして伝説的芸人の誕生の1場面なのか、それとも1芸人凋落伝説の始まりなのか」とウエブ日記には書きましたが、その後も芸人としての活動は続いています。まさしく時代が生き延びさせたと言えるかもしれません。


 沖浦啓之監督の『人狼 JIN-ROH』を劇場で見ました。封切りから1カ月以上経っていましたが、土曜日の初回から場内は7分8分の入りになっていて、結構な人気だったようです。政府に反対する人たちがいて、それを鎮圧する部隊が出来て、中に先鋭化する部隊があって、けれども次第に経済が発展するにつれて左翼活動が下火になって、強力なパワーをもった部隊の必要性が云々され始めている、といった背景の上で繰り広げられる、悲恋というか厳しい男女の関係が眼に残りました。


平成12年(2000年)7月のダイジェストでした。

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