第68話、山尾悠子が大阪に現れデビューしたての三浦しをんのサインをもらい『ガンドレス』完全版を見て谷田部勝義監督の舞台挨拶を聞く

【平成12年(2000年)4月の巻】


 第39回日本SF大賞を『歪み真珠』で受賞した山尾悠子が、平成31年(2019年)4月19日に開かれた贈賞式で過去、作風への編集者の反応から「2度とSFなんか書くものかと東京の空に誓いました」と話しつつ、「ただ疎遠というのは皆さんとお目にかかってないというのとは違います。2000年に瞬間的にSFとは交流がありました」と振り返ったことは最近のウエブ日記に書きました。


 この交流は、ひとつは国書刊行会から出た『山尾悠子作品集成』のことでしょうが、もうひとつあるとしたら、平成12年(2000年)4月1日から2日にかけて大阪で催されたSF好きの交流会「DASACON3」に脚を運んだことも含まれているかもしれません。長く幻の作家とささやかれていた山尾悠子が降臨するとあって、普段は東京での開催だったイベントが大阪に移ったにも関わらず、大勢が来阪しました。


 その時の印象なり、言葉なりはウエブ日記には記録がありませんが、東京から持ちこんだ本にサインをもらった人が大勢いたようでした。滅多にない機会ですからそれも当然でしょうか。DASACON3には『オルガニスト』の山之口洋や『BH85』の森青花といった、日本ファンタジーノベル大賞出身の作家もいて賑やかでした。SFセミナーでも京都SFフェスティバルでもない、第三勢力だったDASACONもずっと開かれていません。いつかまた復活する時があれば良いのですが。


 未だ見ぬ新人だった三浦しをんが、エージェントの村上達朗代表とともにデビュー作の『格闘する者に○』を持って訪ねてきてくれました。村上代表が壇ふみと言ったのもよく分かる雰囲気と佇まい。デビューしたきっかけを尋ねると、村上代表がいた出版社を受験した際に書いた作文があまりに良い出来で、残念にも不合格となって他も全部不合格になっていた三浦しをんにエージェント業務に乗り出した村上代表が声をかけ、いろいろと書かせたことが始まりだったそうです。


 マンガについては、作中に登場するように「花束」ならぬ「ぶーけ」の系統が好きということでしたが、小説では誰がと聞いたら「中井英夫」と渋いところを言われて驚きました。早川書房を受験したのも皆川博子の『死の泉』が好きだったから。幻想小説系を深く読みつつマンガも読んでBLに耽溺するその幅広さが、デビュー後にさまざまな分野にまたがる小説を書き、エッセイを書いてファンを掴んでいった背景にありそうです。


 デビュー作となる『格闘するものに〇』にはサインを頂いたのですが、もしかしたらこれが最初期のサインだったのでしょうか。とはいえ、不思議な味わいなニョロ文字は最近になっても変わっていません。初心貫徹というか売れっ子になっても直木賞と受賞しても変わらないところが、長く支持され続ける魅力になっているのでしょう。最初期のサインがされた『格闘するものに〇』にはいったいどれだけの値段がつくのかな。ついても売りませんが。


 「読めば泣く」と、ある本について書いてありました。秋山瑞人の『猫の地球儀 焔の章』に続く後編『猫の地球儀 幽の章』です。地球儀こと地球へと旅立つ決心を固めた幽が、行きがけの駄賃ではなく他人様の人生を邪魔したせめてもの償いとばかりに、戦闘のチャンピオン、焔を相手にスパイラルダイブを挑戦するというクライマックスに泣きました。


 その涙は何とも切なく重苦しく、自分の幸福を貫き通す過程で生まれる他人との軋轢や他人の不幸に直面し、けれども進まなくてはならない理不尽さへの憤りも含めて感情の高ぶりを呼んで心をズシリと突き刺すものでした。「これが『アルジャーノンに花束を』くらい売れなきゃ日本のSF界から『心』は失われたと言ったら言い過ぎ? んなことないって思う人が日本のSFを支えてくれると信じよう、星雲賞は決定だぁ」。受賞はしませんでしたがライトノベルでありながら最終候補にはなりました。これだけの傑作を秋山瑞人にはまた、書いて欲しいのですが。


 この頃、所属していた産業専門紙で選択と集中のし過ぎからガタつきがあって、将来への不安が増していました。今はその親会社で同じ様な問題が数十倍の規模で起こっていたりするのですが、それはさておき、新聞というメディアへの将来について、ネット企業のエキサイトの中期経営計画発表会見を見た上でいろいろと考えを巡らせています。


 「今はまだ8億円のエキサイトが2003年に目指している売上高は80億円でそのころの社員数は210人、これって実は今のウチの会社とほとんど同じ規模なんだよね。でもって向こうは20億円もの宣伝費をかけてますますアクセス数を増やして、1日に1500万ページビューだなんて数だけて言えば世界最高を誇る新聞を超える人間から見られるようになる」。ネット企業の勃興に対してそんな予測を立てていました。


 これは大当たり以上の展開で、当時いろいろと勃興したネットメディアが今は報道の一翼を確実に担っています。新聞も上位や専門性の高いところ、そして地方に根付いたところはしっかりしているのですが、それらに準じる全国紙は撤退戦を強いられる中で選択を集中を進めすぎ、さらに濃縮が進んでしまいました。その結果として何が起こったかはそのまま我が身に起こったことなのですが、そうなる将来を見越していながら、ネットの可能性にかけようとしなかった我が身をここは恥じるべきなのでしょう。


 電通報という電通の社内紙に横田順彌が登場していたそうです。「地球が存在するかぎりSFは消滅することはない」という至言が放たれていて、「いまは下火だ。しかし、まもなく回復するだろう」という言葉に励まされました。「とかくSF嫌いの人は、SFを科学を知らないとついていけない、特殊な小説のように思っているようだが、そんなことはない。科学を知らなくても、楽しく読めるSFは山のようにある」。


 挙げられていたのはブラッドベリにフィニィで、いますぐ読める傑作SFとしては『アルジャーノンに花束を』。そんな言葉を聞いてか聞かずか、冬の時代は終わりを告げて伊藤計劃が現れ新人が続々と登場する夏がまもなく訪れます。その様を見て横田順彌は満足だったでしょうか。古典SF研究や明治小説特集の仕事ではなく、創作者として小説を書いて対抗したかったのでしょうか。亡くなられても数カ月が経ちましたが、やはり改めてSF作家・横田順彌の業績を振り返るべきだと思います。


 あの『ガンドレス』がようやく完成し、完全版として公開されたのを見に行きました。谷田部勝義監督と川上とも子の挨拶があり、セル画がもらえるとあってこれは行かない訳にはいきませんでした。未完成だった上映版とは当然違って、もんじゃはヘラで掬うとちゃんと減り、ラーメンの無限ナルトは消えて口も顔からズレて行きません。上映版ではドルビーのマークを土壇場で削ったそうですが、完全版はドルビーサラウンド化されていてい心配ありませんでした。


 さてトークショー。登場した谷田部監督は、1年前の初公開時に予定されていた舞台挨拶がなくなってしまった事態に触れて、「社会面に載っちゃいましたからねえ」と軽くジャブを放ち、「前の時は初日に見にいったんですけど、さすがにこっそり見てたら、次の女の子2人のお巡りさんの映画の連中が劇場に来ていて『やなやつだー』と思って、こっそり帰りました(笑)」と苦労話を訥々と語ってくれました。


 「3年くらい前にあるプロデューサーの人から『やらないか』と言われて、士郎正宗さんとつながりのある人から話を聞いて面白そうだと思った」と、関わるようになったきっかけを披露した後で、「これが間違いの元でした」と付け足すあたりにも修羅場のくぐり抜けた人ならではの達観が見えました。川上とも子は、「スケジュールに『ガンドレス』の舞台挨拶ってあって1年時間が間違ってるのかと思いました」とか、「自分だけだったらどうしようと思ったけど監督と2人と聞いて安心しました」と強烈なストレート。横で聞いていて谷田部監督もタジタジだったのではないでしょうか。


 前回、「完成してないんでまさかそのままやらないだろうと思っていたらやってしまって、どうしようと思ったら仕事なくなりました」とオチまで自演。「お金を出せば出来ると思った人たちがいたんですけど、キャパが無いのに本数だけがボロボロ出てしまって」と語ったアニメの状況は、今もあまり変わっていないだけに、いつまた「ガンドレス事件」が起こるのか、興味を誘われます。そうなる以前にテレビシリーズの延期とかが発表されていますが。20年経っても大変な業界だということですね。


 鳥肌実の時局演説会を日本青年館で見ました。この頃はまだ、右翼的な演説が一種のギャグとして成立するくらいの余裕がありましたが、今は本気まじりの扇動ととられかねない空気があったりして、ちょっと寂しく思います。コナミがタカラの増資を引き受け筆頭株主になりました。グループとしてシナジーが発揮されるかと思いましたが、コナミはトイ事業から下がってタカラはトミーと合併する道を選びます。いろいろと風向きが変わる時期でした。


平成12年(2000年)4月のダイジェストでした。

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