第67話、プレイステーション2が発売され海外版DVDが見られて騒がれ三浦しをんのデビュー作のゲラに感嘆しアニメスタイル創刊号を読む

【平成12年(2000年)3月の巻】


 ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)で「プレイステーション」を作った久夛良木健社長を、あの「週刊少年マガジン」が巻頭伝記漫画として取りあげ「プレイステーション2を作った男」として掲載したそうです。本人を知る目には柔和に見えましたが、決して美形ではなかったところにマンガ家の良心を見た? 気がしました。


 任天堂と次世代ゲーム機について話し合っていたの経緯を端折って、「プレイステーション」がいきなりCD-ROMを使うゲームになっていた辺りを含め、基本的に久夛良木社長とデザイナーの人の話に集約されていて、ソフト面で頑張った丸山茂雄やソニー・ミュージックエンタテインメントの面々、立ち上げ時をマネジメントの部分で支えた徳中暉久、宣伝を仕切ってポップなイメージを作った佐伯雅司といった人たちには、微塵も触れられていませんでした。


 推進力の中心は久夛良木社長でしたが、ひとりだけ祭り上げられることで向かう風当たりを想像して、その後の活躍に支障が出るのではといった予想もしていました。後、「プレイステーション2」に時代が移って大成功して人身位を極めたものの、「プレイステーション3」が任天堂の「Wii」旋風に押されたこともあって現場を退きます。仕方が無いこととはいえ、今のゲーム業界で「少年マガジン」がマンガにしそうな人はいるのかと考えると、日本がおかれた状況の楽観のできなさも見えてきます。


 どうして「少年マガジン」がこの時期に久夛良木社長を取りあげたかというと、平成12年(2000年)3月4日、1234と数字がならんだ日にプレイステーション2が発売されたからです。朝の5時に起きて赴いた秋葉原では、どこの店にも数百人規模の行列ができて、その長さは前年11月の「ドリームキャスト」の比ではありませんでした。


 日本人ではない外国の人、決して今のような中国からの人ではなく、西洋からの人が結構な人数、混じっていたこともプレイステーション2への期待の高さを伺わせました。そこに通りがかったのがプレイステーションの生みの親の1人でもあるソニー・ミュージックエンタテインメントの丸山茂雄社長。凄いですねえと呼びかけると、「おお」と返事をしてくれました。ただの相づちだったかもしれませんが。


 前の晩に遅くまで飲んでいたそうですが、やはり気になったのでしょう、しっかり秋葉原に現れました。やがて「ラオックス」がオープンして「ソフマップ」も開いて、いずれも激しい売れ行きを見せる様に、ナムコの役員も交えた業界関係者も満足そうでした。そうした中に、久夛良木健社長もPSのロゴ入りジャンパーで現れ、CNNのインタビューに「サプライズ」といった言葉を交えて驚きを現していました。


 合間に電気オタクなのか回路マニアなのか、通りにあるパーツ屋に入っていろいろと物色を始めたところがエンジニア。そんな久夛良木社長を外で待っていた丸山茂雄にサインを求める人も出たりとお祭り騒ぎが続きます。ネットでの予約や販売が中心になってしまったこともあり、後にも先にも、ここまで店頭が盛り上がった新型ゲーム機のローンチは見たことがありません。歴史的光景でした。


 「ドリームキャスト」は発売初日にまだ買えましたが、プレイステーション2は流石に売り切れが続出で、自分で買うのは諦めました。それが翌日、買えてしまったのは意外でした。だてに100万台は出荷していなかったようです。そんなプレイステーション2に早速起こったのが、海外で発売されているDVDが見られてしまうといった“不具合”。DVDは地域ごとにリージョンコードが入れられていて、海外版を日本で再生できないようになっていますが、プレイステーション2は操作によってなぜか再生できてしまいました。


 早速、秋葉原で海外版のDVDを買って実験したら本当に観られて驚きました。安価な海外版DVDを利用できるのですから消費者的には嬉しい話ですが、パッケージメーカーにとっては大変な話。ユーティリティディスクを取り替えファームアップという形で対策はとられたようで、この時にプレイステーションが後からソフトを書き換え、機能を改善していくパソコン的なガジェットであることを改めて感じさせられました。


 そんなソニーに対抗するべく、マイクロソフトが家庭用ゲーム機に参入するために開発した「X-BOX」の紹介もあったようです。決して「X(エックス)」の形はしておらず、箱にバッテンが描かれているようなデザインでした。3億ポリゴンといったアピールがあって、プレステーション2の7500万ポリゴン向けでも大変なゲーム会社が対応できるのか、といった心配をウエブ日記でしています。


 8GBのハードディスクが搭載されてて100Mbpsのイーサネット接続が可能で、DVDビデオも見られますといった辺りはスペック的には魅力がありましたが、やはりゲーム機はゲームソフトがあってのもの。そこをかいくぐる大変さをマイクロソフトはこの後、味わうことになり、栄耀栄華を極めるソニー陣営への圧力になって欲しいという希望もかないませんでした。


 ソニーの「AIBO」がヒットしセガトイズの「プーチ」も人気のロボット業界に向け、バンダイが「BN-1」というネコ型のロボットを発表しました。5万円以下という値段はAIBOよりは安いですが、玩具としてはちょっと高額。間をとったとも、中途半端とも見える値段に相応しい機能があったかどうかは、あまり覚えていません。本当に発売されてどれだけ売れたかも。ただ、こうした取り組みが脈々と受け継がれて、今のコンシェルジェロボット「ハロ」に繋がっていると思うと、20年の研鑽もムダではなかったと言えそうです。


 早川書房を退社して作家エージェントのボイルド・エッグズを立ち上げた村上達朗代表から、三浦しをんという新人による『格闘する者に〇』という小説のゲラを頂き、読んでいたようです。


 「冒頭のいきなりな象を連れた男を選ぶお姫さまのエピソードにいったいどこが『就職小説』なんだと頭をひねったけれど、なるほどそういう意味だったのかとゲラ後半にて納得、加えてお姫さまのエピソードから読みとれる豪奢で優雅、でもどこか孤独な存在というニュアンスが、就職戦線にひょうひょうと挑む実は結構良いところのお嬢様だった主人公の、けれども決して明るく楽しいことばかりじゃない様と重なって、人間にとって幸福っていったい何だろーとかってなことを考える」。そんな所感を抱きました。


 「古本屋で安く売られていた『キン肉マン』に吃驚する場面に『アルペンローゼ』の場面やキャラを思い出す場面に『集A社』って出版社を受験して1番好きな漫画雑誌として地味であんまり売れてないけど文学的な漫画が載ってる『花束』(わははは、分かるね皆さん)ってのを挙げたりしている辺りに、著者で聞くところによれば笑顔の壇ふみさんに似ている、らしい三浦しをんさんの漫画の趣味とか造詣度が伺える」。伺えるどころか心底からのマンガ好きで、やおい好きでBLファンだと後に分かります。


 「上っついた野郎をマンホールの中に蹴り落としてフタをしちゃいたいと考える描写なんかに笑いながらも、別れの場面なんかでは『寂しさ』の情感がじんわりと浮かんで来る。前向きバリバリだった『就職戦線異状なし』の元気さからほぼ10年を経て、まったりと時代を生きている今の世代の気分が感じられる小説かも。4月上旬には草思社から刊行の予定、芥川賞とかとらないかなー」。芥川賞ではありませんが直木賞をとる作家になりました。そんな作家を発掘してのけた村上達朗の凄さを感じつつ、それほどの作家をデビュー時から捉えて報じるようとも、無用の先見と見られ続けた20年だったなあと自分のことを振り返って歯がみしています。


 「アニメスタイル」という雑誌が美術出版社から創刊されました。「徹底的にアニメを一切お茶らけず揶揄もせず批判もしないのは何だかちょっとって気もするけれどヒネらず真正面から取りあげてくれいて読んでいて気持にすーっと入る」と、他のアニメ誌とは違った空気を最初から感じていたようです。


 「『ブギー』も『リヴァイアス』も『ターンエー』も入らず、それなのにしっかりと『でじこ』が入っている訳がちょっぴり知りたいけれど、『でじこ』が入っている事に異論など全くなくってむしろ当然だと思ったりする」のはわたしが『デ・ジ・キャラット』のファンだったからでしょう。雑誌的には桜井弘明監督の作品だったからでしょうか。


 調べると創刊号では、スーパーアニメーターの井上俊之による作画考、『きみと、波にのれたら』の公開も近い湯浅政明の最新作紹介、そして庵野秀明ロングインタビューなどが掲載された、相当に攻めた内容だったようです。もちろん買ったのですが、今どこに埋もれているのか。この頃から幾度かの休刊を経つつも復刊をしつつ続いている「アニメスタイル」が、今後も続いていくれることを願ってやみません。


平成12年(2000年)3月のダイジェストでした。

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