第58話、課長王子がメディアワークスに降臨し光瀬龍が亡くなり『となりの山田くん』が公開され『G-SAVIOUR』も話題となり江藤淳が亡くなる

【平成11年(1999年)7月の巻】


 1999年7の月、アンゴルモアの大王は降臨しませんでしたが、その代わりに課長王子が当時はまだ御茶ノ水にあったメディアワークス(後のアスキー・メディアワークス)の「電撃アニメーションマガジン」編集部に降臨し、名刺を配りフライイングVをかき鳴らしてマイケル・シェンカー・グループの名曲「into the arena」を演奏しました。左手ではなく右手でしたが。


 名を田中王児(既婚、一児の父)というこの人物。宝物だった「フライングV」を奥さんに捨てられてしまったしがないサラリーマンでしたが、ある日、宇宙から謎の美女レイラ様が「フライングV」を持って現れ、「王児、弾いて、あなたの音が宇宙を救うの!」と言われてしまったことから、「課長王子」となって世界を救うべく、ギターを弾いて回っていたのでした。


 というのは設定で、つまりはWOWOWでこの頃に放送が始まったテレビアニメーション『課長王子』のプロモーションでした。いろいろなアニメ誌の編集部を訪問していたようで、「電撃アニメーションマガジン」の編集部にもやって来てくれました。他にもプロモーションでは、ホームページにあったレイラの画像の大切な場所を邪魔している名刺を剥がすため、課長の名刺をパイオニアLDCに送るということも行われていたようです。


 100枚あるレイラの名刺を剥がすために必要なリアル課長の名刺は10000枚だったようで、集まって剥がされきったかどうかは確かめていません。というか、今や『課長王子』というアニメがあったことすら忘れかけられています。「マクロス」シリーズだけではなかった音楽バトルアニメの存在を、ここで思い出してみてはいかがでしょう。


 光瀬龍が亡くなりました。享年71歳は今にして思えばまだ早いといった印象ですが、当時としては結構な高齢だと感じました。石ノ森章太郎が還暦そこそこで亡くなっていたことが記憶にひっかかっていたからかもしれません。いわゆる第1世代の先頭に立って日本SFを引っ張ってきた人たちでは、広瀬正や大伴昌司、「SFマガジン」初代編集長の福島正実をのぞけば、前年の星新一に続く訃報でした。


 作品は多々ありますが、やはり「週刊少年チャンピオン」に連載された萩尾望都のマンガによる『百億の昼と千億の夜』が強烈に突き刺さりました。少女マンガなどほとんど読まずに過ごしてきた人間を、流麗なタッチと圧巻のスケールによって引きずり込んで少女マンガの世界へと誘い、同時に光瀬龍が持つ無常の世界へと引っ張り込みました。


 「宇宙年代記」シリーズなどがあり歴史長編もありましたが、『ロン先生の虫眼鏡』のようなシートン動物記やファーブル昆虫記に並ぶ動物観察記録も出し、マンガにもなって子供たちに生物の楽しさを教えてくれました。いろいろな影響を残し没して20年。今も『百億の昼と千億の夜』はマンガとともに読まれ続け、「宇宙年代記」シリーズも壮大な宇宙史ものに引き継がれています。改めてその偉績を讃えたいと思います。


 CGと実写を合成したアメリカ製ガンダム『G-SAVIOUR』が日本航空のハワイ-日本便で上映されるという発表会が開かれたので、六本木から少し歩いた場所にあるスタジオに見に行ったようです。声を担当していた萩原聖人が、「ガンダム好きなんで出られて嬉しい」と言い、山本未來が「女の子だったのでガンダムは見てないけど」と言った反面「楽しみ」と期待される言葉を発して、会見を収めたようです。


 映像については、全編を見た訳ではなかったようですが、「ジャブロウの基地みたくCGのモビルスーツが、ハンガーにずらりと並ぶその下を人間が歩く遠近感とかはなかなか。あと、コロニー周辺でガンダムと敵モビルスーツが繰り広げるCGによる戦闘シーンも、宇宙だからなのか重量感がなくてもそれなりに格好良く、スピード感もあって見ていてアニメ好きにも違和感がなく楽しめそう」と振り返っています。20周年ということで「ターンエーガンダム」ばかりが振り返られますが、「ガンダム」シリーズの歴史、そして3DCGアニメーションの歴史の上で改めて、振り返っておくべき作品でしょう。


 いよいよ高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』が封切りされました。「内容においてはしっかりしたもので、見ていて家族の当たり前な姿から、その当たり前さえ失われつつある現代に警鐘っていうのか、『どうでっしゃろ』ってな言葉を投げかけてくれ」る作品にはなっていたようです。「大人とそれから家族と未だに一緒に暮らしている子供だったら、楽しく懐かしく嬉しくなって見ていられるんだろうと思う」とも書いています。


 そして「映像についての凝り様は、んなもん物語を見せる上での手段でしかないんで凄いなんて賞賛はしない。必要だからやりましたって意思が見えてデジタルの白粉が飛んで来そうな鬱陶しさは感じずにいられたのは、これもさすがと言うべきだろう」と捻くれたことを書いています。とても凄いことがやられているのに気付かれない。製作費も高すぎると思われる。そんな状況に置かれた作品を、実は凄いんだから見ておけというべきかどうか、今も迷います。


 『かぐや姫の物語』も凄いことがやられていましたが、お話として見て万人が面白がれるかというと難しい。そうした作品をどうやって紹介していくべきなのか。やはり迷うところです。あと、高畑勲監督は、この『ホーホケキョ となりの山田くん』を「アンチ・ファンタジー」と言っていたようです。現実を描いたということでしょう。


 ただ、家族が両親に息子に娘に婆ちゃんまでいて、ほのぼのあったかな世界こそが当たり前といった家族観は、20年前もそして今はななおのこと“ファンタジー”になっています。展開にもファンタスティックな描写があったようです。だから、完全にファンタジーを排除するのではなく、そこからも学べる現実があると言って欲しかったようです。見ている作品がSFにファンタジーだから、それらを否定されて癪に障っただけかもしれませんが。


 平成のネット事件史があれば、たぶん出てくるだろう「東芝ユーザーサポート事件」が起こったのがこの頃でした。消費者が購入したVTRについてのクレームの処理を誤って暴言などを発してしまったのを録音され、インターネットで広められて東芝が窮地に追い込まれた一件です。SNSを誰もが使っていた訳ではなく、騒動は知る人ぞ知る領域で止まっていたのですが、大手メディアも注目し始め無視も反論も難しくなりました。


 「既にネット上では平等、いやいや弱者というユーザーの立場を鑑みれば東芝側が反論をすればするほど泥沼にはまっていくのは自明で、今回の対処はちょっぴりネットの口コミ力(ちから)を見くびっているんじゃなかろうか。下手をすれば泥仕合になってユーザーも傷を負うけど、東芝側だって深い痛手を負いかねない」。そんな感想を書いています。


 ネットが発達した今を想像できたなら、やはり初手からしっかりし対応しておくべき案件でした。ただ、今はもモンスタークレーマーという言葉も流布され、過大な要求はかえって消費者の評判を落とします。すべてが可視化される世界での立ち居振る舞いを、改めて考えるべき時期なのでしょう。


 江藤淳の自死から20年経っていたことに気付きました。「最愛の奥さんの死は相当に堪えたってことなんだろう。加えて自分の体調不良が、普段からいろいろと考えることを仕事にしている人の場合、より強くかつ深く『死』ってものへの恐怖を感じさせてしまうのか」。思い悩むとフッと出る虚無への憧憬。才知は段違いですが、自分が今置かれた境遇から、なんとなく分かります。


 弟子だった福田和也が追悼文を書いていました。「福田さんの文章は、昨今の保守派が大喜びしそうな政治的状況も、決して江藤さんは喜んでなんかないと指摘する。『イカサマな手続きででっちあげられていく【国家】など、江藤氏はけして認めはしなかっただろう』」。


 20年が経った今、存命だったら江藤淳はいったい何を言ったでしょう。何を思ったでしょう。絶望するしかなかったかもしれませんが、だからといって20年前に去られたことを幸運だったとは言いません。その影響力が残っていればあるいは今は……。考えてしまいます。


 東京キャラクターショーが開かれて、角川書店の角川歴彦社長が「ソフトミックス、ネットミックスの時代に入っていく、キャラクターはその先兵」と話したそうです。それを20年やり続けて頂点に立ち続けているのだから凄いものです。挨拶をしたら「相変わらず好きだねえ」と言われるくらいに顔を覚えられていたのですが、そちらは20年経ってまったく忘れ去られてしまいました。


 「自社のブースで山積みのトレカやらをバックに周囲の売り子さんたちを集めて写真を撮らせていたんで何枚か撮影してたらどうもモンコレの偉い人っぽいおじさんの姿も見えて数枚をパチリ。角川社長から『後で送ってよ』と言われたんで適当に見繕って郵送しておく。しまった中に履歴書とか入れておくんだった」。今から送っても遅いでしょうね。残念。


平成11年(1999年)7月のダイジェストでした。

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