第57話、AIBOの人気に驚き「後藤喜男」の登場にドリキャスへの期待が萎え東浩紀の記録が残るネットへの懸念に納得し村下孝蔵の急逝を嘆く

【平成11年(1999年)6月の巻】


 6月1日にあのソニーの犬型ロボット「AIBO」が発売されました。


 販売サイトにアクセスするとビジーで全然つながらず、購入する気はなかったものの繋がったら買っていたかもしれないと思いつつ、ソニーに聞くと3000体のAIBOはわずか20分ですべてが売り切れてしまったそうです。25万円の本体に5万円のソフトが必要な“玩具”がこれほどまでの人気になるとは、果たしてソニーは思っていたのでしょうか。


 後、再発売からタイプを変えてのシリーズ化を行って、ソニーのイメージをデジタルテクノロジーに聡いポップな企業というものに変えていきます。「プレイステーション」と後継機「プレイステーション2」の成功もそうした変化を加速化させます。今、半導体や電子部品、そしてテレビやAVといった分野で停滞が言われ、スマートフォンでも海外勢に勝てない状況ですが、それでもソニーが好決算を維持できているのは、20年前のこうした挑戦があって、中心となる購買層にソニーのイメージをすり込んでいたからなのかもしれません。


 同じ日、セガ・エンタープライゼスによる「ドリームキャスト」の発表会が開かれました。既に次世代プレイステーションや任天堂の次世代機「ドルフィン」(NINTENDO64)が発表されていた中、注目は続いているのか心配でしたが、一般メディアに「湯川専務」、後に常務のイメージをすり込んでいたこともあり、話題性から結構なメディアが集まったようです。


 そこに追い打ちをかけるように、ドリームキャストを6月24日から1万9900円に値下げすると発表。カプコンの『バイオハザード コード・ベロニカ』やらナムコの『ソウルキャリバー』、セガの『電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム』といったタイトルも乗り、『シェンムー』控えて熱気が戻ってきたように思いました。


 ところが、そうした高揚感が新たなプロモーション影像を見て一挙に醒めて萎えました。先に「湯川専務」を全国民が注目する人物へと仕立て上げた2番煎じを狙ったのか、今度は「後藤喜男」という人物をフィーチャーして、プロモーションの全面に押し立てたのです。そこで流されていた影像もまた不思議の一言でした。


 海外から日本へと働きに来ている外国人の工員が、「後ろの藤の喜ぶ男」と唄いながら空き缶みたいなものを潰し、パートの女性が出てきてドリームキャストを箱に詰めていく。20年後の今、日本の景気をどこか淀んだものにしている外国人労働者と非正規労働者を全面に押し出したこのプロモーション映像が、今放送されたらたちどころに炎上したことでしょう。それが当時は許されたというのも不思議ですが、足下に忍び寄っていた労働の二極化に、まだ誰も気づいていなかったのかもしれません。だから当時としては、しっかりウケは取れたCMだったようです。


 そうしたプロモーションをためらいなく繰り出せて、湯川専務で大受けしていた発売時に「あの時点で200万台あれば全部売れた」とプロモーションの力を訴える秋元康の自信と、ある意味での先見性はこの後、しばらくの間を置いてAKB48のプロモート、その人気の爆発で神話の領域にまで至ります。今、その神話に綻びが出ているのですが、頂点にまで達してしまうとなかなか崩せれないようです。そんな時こそ思い出しましょう、「湯川専務」と「後藤喜男」を。


 ゲームや玩具の発表会をのぞいているだけではなく、この頃は規制法案についても真面目に関心を持っていたようです。当時、話題になっていた「通信傍受(盗聴)法案」及び「住民基本台帳法改正案(国民総背番号制)」に対して、若手有力文化人がこぞってアピールしようという会合が衆議院議員会館で開かれました。集まったのは宮台真司、宮崎哲弥、田中康夫、藤井誠二、速水由紀子、米沢嘉博、東浩紀といったところです。


 口火を切って宮台真司が、店ざらしにされていた法案が動き出した政治的背景を語り、ロビー活動をどうすれば進められるかを解説しました。藤井誠二は無力感を表明しつつ、賛成している議員の名前を忘れないようにと呼びかけていました。宮崎哲弥は報道を除外しない法案にジャーナリストはどうして反発しないんのかと指摘していました。いずれも納得の意見ですが、ではいったい法案が通ってしまったら何が起こるのか。そこを解説したが東浩紀でした。


 「具体的に言えば今回の法案について、旧来のメディアが電話なりを外から電線を引っ張る成り無線で電波を拾うなりして盗聴する『3K』なイメージがメディアなんかで取りざたされ、まさか警察も暇じゃないから自分みたいな一般人の所にまでやって来て、冷房も効かない車の中から盗聴をするなんて手間暇はかけないだろうとの”安心感”に繋がり、『われ関せず』な無風状態を作り出しているんじゃないかと懸念する」


 「けれども例えばインターネットのプロバイダーが根こそぎデータを押収される例が頻発している現状で、ハードディスクをとりあえずガボッと押収しておき、後で個人に問題が生じた場合に検索して探し出すってな『盗聴』も可能になるという恐怖を、電子メディアを駆使する身より生じる懸念から想起して一般にアピールする」。20年前に今日を予言していたような指摘です。


 「過去のたとえば小さな掲示板でポロリと漏らした『政治家ってバカじゃん』ってな発言が、5年後10年後に引っぱり出されて『反政府活動に荷担してたんだな』と言われ迫害される材料にならないと何故言えよう」。そうウエブ日記に書きたくなるような指摘が相次ぎました。「議員の一人が言っていた、『後ろを絶えず振り返りながら生きていかなくてはならない』社会がさて、住み易いかどうだろうか」。


 そう指摘されながらも現在、盗聴される以前に誰もがネットに自由な発言を出来るようになって、過去のSNSでの発言が即座に引っ張り出され、糾弾されます。法律などなくても見張られているようなこの社会が向かう先はどこなのかを、20年後の今、改めて考えてみる必要がありそうです。


 6月24日にシンガーソングライターの村下孝蔵が急死しました。まだ高校生だった冬に、名古屋のNHKで土曜日の昼から放送されていた番組に、ゲストで登場した姿を見たのが最初で、確か「ゆうこ」をプロモーション中で何て良い声で唄う人なんだろうと思ってお顔を拝見したら、出てきたのがグッチ裕三でギャップに少し、驚きました。真面目そうな青年で、喋ると熊本の言葉が出る木訥なキャラクターに親しみを覚えました。


 その後、「はつ恋」で大ブレイクしてベスト10番組にも頻繁に登場するようになり、素晴らしい歌声と超絶のギターテクニックを見せてくれた村下孝蔵。フォークギター1本で奏でる「キャラバン」は、冒頭のドンドコドコドコと鳴る太鼓の音までしっかり再現していました。アニメ好きにも「めぞん一刻」のオープニングに使われた「陽だまり」が知られています。没して20年。トリビュートアルバムも幾つか出ましたが、改めて追悼のライブなり演奏している映像を集めた上映会なりがあれば嬉しいです。


 『マクロスΔ』を手がけるサテライトが作られるきっかけになったのが、フルデジタルのテレビアニメーション『ビット・ザ・キューピッド』です。アミューズが企画してビー・ユー・ジーの関連会社が事業部として制作。ここが今のサテライトとして独立しましたが、一方でアミューズで『ビット・ザ・キューピッド』を手がけたプロデューサは、ビー・ファクトリーという会社を立ち上げ、同じようにフルデジタルで2Dと3Dが合成されたような『MONKEY MAGIC』というアニメーションを作り、アメリカで展開していたようです。


 原作は中国の『西遊記』で、「ファミ通」の表紙で知られる松下進がキャラクターをデザインし、喜多郎が音楽を付け脚本も吉川惣司となかなかに豪華な布陣。13話ほどの1クール分を繰り返し放映して4クール目に入ったとか、全米100局もの独立局にシンジケーションから配給されているとかいった話を聞きました。


 調べると、当時の子どもたちには結構な記憶として残っているようですが、今となっては『ビット・ザ・キューピッド』ともども知る人ぞ知る作品に。ビー・ファクトリーもプロデューサーも今はどうなってしまったか。20年という時は誰にでも変化をもたらします。今はこうでもわたしの20年後は? そのためには今がやはり大事と言えそうです。


 この頃から、新聞業界にはいろいろと思うところがあったようです。吉川利明という人の『新聞記者卒業』に書かれてあった、サツ回りのムダや記者クラブの怠惰、金儲けへの情といったものに頷き、そうした状況から若い人たちがどんどんと辞めていってるにも関わらず、改善を進めない経営に不満と不安を抱いていたようでした。だからせめて新聞の題字に権威があるのなら、それを提供するようにして、これからの発展が見込める産業なり会社なりを世に出してあげたいと思い仕事をしていたようです。


 もっとも、「これとて10年後20年後にそんな産業企業が世界を席巻した時に、『オレが育ててやったようなもんだ』と威張るための種蒔きかもしれんと、奥底に宿る打算の心を探して自己嫌悪に浸ってる」と書いているあたり、新聞がただ権威しかないことに自覚的だったのでしょう。


 離れてみれば、記事にして紹介した後も苦労を重ねて成長していった企業が、権威すら後ろ盾に持たないただのモノカキをありがたがることはないとはっきりを分かります。すべてや成し遂げてきたことだけ。あるいは得たものだけ。そういう社会をこれから生きていく人たちには、先を読んで早い判断をすることをお勧めする次第です。


平成11年(1999年)6月のダイジェストでした。

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