第55話、東浩紀を村上隆とのトークイベントで初めて見て『天なる』のOPを激賞しているのを聞き前田真宏と森本晃司のトークも聞く

【平成11年(1999年)5月の巻・上】


 東浩紀、という名前をいつ、どこで知ったかをはっきりと覚えている訳ではありませんが、何かの文芸誌だったか批評誌に、『新世紀エヴァンゲリオン』の評を書いていた人、ということで、もしかしたら認識したかもしれません。


 平成11年(1999年)にはもう、『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(新潮社)が出て、気鋭の哲学者なり批評家として評判になっていましたが、サントリー学芸賞も取るその著作から漂う、カタくてムズかしいイメージとは裏腹に、積極的にポップカルチャーについて語ってオタクな層から目を向けられる存在になりつつあったようでした。


 4月から始まっていた『村上隆展 DOB in the Strange Forest ふしぎの森のDOB君』という展覧会の中で、「村上隆×椹木野衣×東浩紀」というメンバーによるトークイベントが開かれたので、東浩紀とはいったいどんな人なんだろうと気になって見に行きました。満員でした。


 ウエブ日記によれば、「博報堂の雑誌『広告』で『コーネリアス』と『EVA』を共通項で括る無理さを訴えていた東さんに、『広告批評』で『コーネリアス』や『EVA』や『HIROMIX』を共通項で括ってプロモーションしていた村上さんとのすり合わせからスタートし、村上さんが持つアーティストとしてよりはプロモーターでありアジテーター的な資質から、こういう括られ方も出てくるっぽい話が聞け」たトークイベントだったようです。


 村上隆からは、「その延長線上で日本のすっげーアニメが貧乏な中でしこしこ作られているのはたまらんから、ロジックによって米国でどかーんと資本を注入してもらってなおすっげーアニメを作るんだってな気持ちが吐露され」たとのこと。そして「別に無理に『ビューティフルドリーマー』とか解ってもらわなくたっていーじゃんと言っていた東さんも、そういう経済的な側面でのプロモーションには一応の納得を示」したようです。


 読み返すと、ポップカルチャーもファインアートも含めて括り、コンテクストを乗せて世に示そうとする、スーポーフラット的な村上隆の考えが滲んでいるような気がしました。


 東浩紀は、この頃の「DOB」の目がやたらと増えていることに関を見せていました。そして、「カメラを意識しない図像の台頭と氾濫へと話を及ぼし、漫画的なるものとアニメ的なるものの誰も言いそうで言わなかった事へと思考を巡らし、今後の活動でもそういった辺りが突き詰められる、その口火ともいえるトークショーになった」ようです。


 村上隆は、「目を増やさないと間がもたなかったし、鬼太郎の百目が好きだったから」とみもふたもない理由を説明しましたが、そういう考えもあるかもと気づいて、今後のプロモーションなりインスピレーションの参考にするようなことが示されました。気づいていないところへと迫る、これが批評というものなのかもしれません。


 トークイベントは、美術が本職の椹木野衣が話を美術に戻そうとしても、東浩紀が喋りまくって「ナデシコ最高」「パタピー最高」とオタク方面へと引っ張る展開に。ラスト近くには竹熊健太郎も入って、宮崎駿のマンガ版『風の谷のナウシカ』の読みにくさについてとか、大友克洋はアニメ的かマンガ的かといった話が繰り広げられたようです。あと、『天使になるもん!』を最高のオープニングだと言っていたことを紹介して、トークイベントでの東浩紀から受けた濃さについて締めたいと思います。


 翌日も同じ展覧会で、今度は「森本晃司×前田真宏×村上隆」のトークを聞きました。ファンモードとなってあまり喋らなかった村上隆を前に、出演2人のアニメ監督の近作をビデオで見せたようで、『青の6号』の第1話と第2話の場面をザ・スリルの音楽に乗せて繋いだカッコ良いビデオとか、文化庁メディア芸術祭でデジタルアート(ノンインタラクティブ)部門大賞となった『ハッスル!!とき玉くん』が上映されました。


 『とき玉』は、3DCGを2次元っぽい質感にしつつ、回り込みとかは3DCGならではといった感じで、『トイストーリー』や『バグズライフ』とは違った2Dアニメのルックを3DCGで作ってしまうという、日本的ともいえる表現の技術をすでに確立していたようです。手がけたのはスタジオ4℃。最近はサンジゲンやポリゴン・ピクチュアズが2Dルックの3DCGで目立っていますが、4℃も令和元年(2019年)6月公開の『海獣の子供』で今の到達点を見せてくれるでしょう。


 森本晃司監督は、続いてGLAYの「サバイバル」という楽曲のプロモーション映像も見せてくれました。短いながら最後まで圧倒的なドライブ感あふれるシーンが続いたらしいその映像。上映後に前田真宏監督から、「街並みのオブジェクトはいくつ作ったんですか」「光のあたってる感じがいいですね」といった質問が矢継ぎ早に出て、森本晃司監督は「背景は板ポリ1枚だったんだけど」「6割7割は3D空間」「次はもっとダークになるかも」「ズーミングはつまらない」といった答えが出ました。


 気になったのは、そんなアニメ界のトップクリエイター2人が登場するイベントでも、集まっていたのはワンフェスやアニメの上映会でよく見る風体の人たちというよりは、村上隆を含めたアート寄りのファンに見えたこと。にも関わらず、村上隆から「ほとんどは森本さんや前田さんのファンでしょう」といった言葉が出たことに、それを「オタク」と思ってしまうから、いわゆるオタクたちから自分たちのことではないぞといった異論が出るのかもと考えました。


 前田真宏監督や森本晃司監督の作品をして「オタク的じゃないよね」と言ったりもしていて、なるほどクールでスタイリッシュではありますが、それはあくまでも表層のこと、当の2人はトークで「アニメが好きでこっちの方に進んだオタクですよ」「ファン上がりだし」「20代でアニメが好きっていってることがもうすでに」と言っていたことも含めるなら、村上隆の勉強熱心さが原因の、ロジックでオタクを分類してしまう感覚が、そこにはあったような気がします。東浩紀が「キャラ設定みて解んなきゃ」と言ったのとは正反対。やはりオタクとは魂の部分で構成されているものなのかもしれません。

 

 この年もSFセミナーに行きました。『星海の紋章』の森岡浩之が登壇した「スペース・オペラ・ルネッサンス」と題されたトークでは、「ヒーローは自由人でなくっちゃならん」し「ワープみたいな超高速は男らしくないんでやっぱりエンジンパワーで勝負しよう」といった、スペースオペラに必要な2つの要素が披瀝され、ヒロイックなスペオペがなくなり群衆劇のようなものが増えていることが指摘されました。


 ちなみに夜の合宿では、WOWOWで放送されたテレビアニメ版『星界の紋章』の全13話一挙上映もあって、それを森岡浩之さんの生解説で見聞きしたようです。ラフィールを演じた川澄綾子の「であろ」声が思いの外良く、寝姿のクリシェ艦長も色っぽかったといった感想。あとは、小説で見るよりも戦闘シーンでの勘所が分かりやすかったようです。DVDは揃えてあるのですが、どこに閉まったか……。有り余る時間で見返したいのですが、焦る心がまだ追いついていないようです。


 篠田節子の登壇もありました。この時すでに『女たちのジハード』で直木賞も受賞していた有名作家でしたが、SFセミナーに登壇してくれたようです。市役所にいて文筆で飯が食えたらと思って入ったカルチャーセンターでプロの先生に根性を鍛え直され、書いたというのが小説への道を歩んだきっかけとか。だったら今からわたしもと思うのですが、次々と人気作を世に送り出し、受賞歴もたくさんといったところに、カルチャーセンターはきっかけで、元よりの才能があったからだと思い直しました。最近も『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。活躍は続きそうです。


 この頃、「少年ジャンプ」で『ヒカルの碁』が流行り始めていたようです。単行本の第1巻が出て読んだところ、 噂になるだけのことはあって面白いと感じました。「ド素人が天才肌秀才肌をばったばったとなぎ倒していくバトルの楽しみを、囲碁というそれほど一般的ではないモチーフを使いながらも存分に与えてくれる」。そんな感想です。


 ジャンプマンガだけあって、過去の天才棋士の霊がとりついて少年を囲碁の天才にしてしまうという設定が面白いとも思いました。「打った途端に電撃が走って碁盤が四散する必殺技の応酬とか、古代の恨みを今に背負って千年の長きに渡って隠れ里で修行を積んで来た戦う囲碁集団の果てしなくエスカレートしていくバトルとか、中国韓国といった囲碁の強い国とは無関係に世界中から馬に乗った騎士とかナチスドイツの格好をした棋士とか、腰簑にヤリを持った棋士とかが登場するといったド派手でありがちな展開になっちゃう心配はしなくて良さそう」。


 その心配はありませんでしたが、逆にどういう終わり方としたのか覚えてないくらい、ブームは沈静化した記憶があります。マンガって難しいですね。長くなりましたのでこの月も上下に分けます。


平成11年(1999年)5月のダイジェスト・上編でした。

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