第54話、『ホーホケキョ となりの山田くん』は配収60億と徳間康快がぶち上げ『∀ガンダム』が始まり村上隆が個展で金田伊功に感嘆し『童話物語』が出る

【平成11年(1999年)4月の巻】


 「60億円、上限なし」。

 

 そう吹かれたラッパの結果を既に知っている今、紹介するのが心苦しい長編アニメーション映画の製作発表会が平成11年(1999年)4月8日に開かれました。高畑勲監督による『ホーホケキョ となりの山田くん』です。


 スタジオジブリを持つ徳間書店の徳間康快社長が、『もののけ姫』の配給収入を60億円と吹いて、当時の常識では無理と思われたものを成し遂げてしまったことに追い風を受け、今度はさらに多くを稼げると感じて、「60億円、上限なし」と言ったようでした。


 この時も笑いが出ましたが、失笑や苦笑ではなく、もしかしたらやってくれるかもしれないというニュアンスを含んだ微笑みに近かった印象でした。たった1本のヒットが状況をガラリと変えてしまうことはよくある話。『もののけ姫』という成功体験が、ジブリ作品の持つ可能性を一段階、膨らませたようです。


 だったら、本当に60億円を稼げる映画なのかというと、当時も個人的には不透明だと思っていました。「第1に『順調に遅れてます』のコピーがマジだった場合。某ガンなんとかみたいな事態だけは絶対にやらないと考えれば当然のことながら封切り延期って事態を取るだろうと予想がつく」。予定されていた公開時期がズレるというのは、興行にとって決して少なくない影響を及ぼします。


 とは言え、会見には高畑勲監督も登壇していて、過去に延期もなかったジブリ(後に『かぐや姫の物語』が当初の予定からズレ込みますが)が、ガッチリと組まれたスケジュールを落とすとは思えないから大丈夫だと思いました。


 「第2にアニメの質自体の問題。前の製作発表会の時に見せられた、エンピツで描いた絵コンテのようなキャラクターが、アニメになって線がユラユラと揺れながらちゃんと動いて表情まで持っているという見かけは地味で内実奇跡のような絵は、今日見せられたプロモーション映像でも基本は変わっておらず、むしろ水彩絵の具でペタペタと売ったような淡いタッチの色がついて、なおかつ同じように動き演技するという、奇跡を3乗したかの如き内容に」なっていました。


 それが、すべてデジタル上で制作されたと聞いて、アニメをやってる人たちや、CGをやってる人たちの大半がひっくり返ったのではとウエブ日記には書いてます。「ほのぼのとしたテンポとペーソスでいっぱいの内容は、いしいひさいちの原作の激しいテンポに激しいギャグとは対極を行ってるんだけど、それでもいしいひさいちらしいテイストが残っているという、演出面脚本面でも奇跡のような作品に仕上がりそう」。そんな奇跡を予定どおりに繰り出せるのか。やはり不安でした。


 あとはやはり、宮崎駿監督のようなマンガ映画的なスペクタクルがない点で、どこまでお客さんを呼べるかといった不安がありましたが、結果はやはり大変で、高畑勲監督はここから『かぐや姫の物語』までアニメーション映画を作らなくなります。あの奇跡のような作品を、どうプロモーションしたら当時でもヒットさせられたのでしょうか。映画宣伝の可能性として考え直してみたくなりました。


 『∀ガンダム』の放送が始まりました。第1話を見た限りにおいては、評価をどうこういうレベルではなかったようです。肝心なヒゲのガンダムは、土に埋もれたハゲた頭した見せておらず、デザインが動いた時のカッコ良さも確認し切れませんでした。あと、キャラクターの動きを節約しているような雰囲気があって、今風の絵なのに昔のアニメと思ったようでした。


 アーリー・アメリカン調にまとめたれた街並みやファッション、車のようなメカ類は流石に描き込まれていたから、キャラクターの動きでいろいろ試したのかもしれません。「オカッパのお嬢ちゃんの髪が、天使の輪なのかこれまた節約なのか或いは意図的なのか、まるでザビエルのように途中からてっぺんにかけて薄い色で塗られていて、かつ普通の色をした髪の部分との境目がキッチリし過ぎていて、おまけに歩こうが回ろうが光の加減が変わろうが一切境目が動かない」。


 そんな塗り方がされていたとウエブ日記に書かれています。20年が経った今、本当にそうだったのかを確認したいのですが、手元にあるのが劇場版だけなので難しい。ネットの配信を探してみたいと思います。


 パルコで始まった村上隆の展覧会『村上隆展 DOB in the Strange Forest ふしぎの森のDOB君』をのぞきました。小山登美夫ギャラリーの主から、「シルクスクリーンの『DOB』くん良いでしょ」と聞いて、「セットで15万くらいですか」と尋ねたら「30万」と言われました。当時は高いと思ったのですが、後にどれだけにはね上がったかを思えばやはり手に入れておくべきだったかもしれません。いつもの愚痴です。


 地下1階のギャラリーで開かれていた関連の展覧会『HIROPON SHOW-PO+KU ART REVOLUTION』には、BOME作の「ナコルル」が確か70万円で売られていて、これにはちょっと驚きました。戻ったオープニングの会場で、しばらく姿を見ていなかったデジタローグの江並直美と話して、日経産業新聞が特集した「CD-ROM業界は氷河期だ」という記事に対する「氷河期ですから」といったコメントをもらいました。


 それでも当時、デジタローグの作品は海外でいろいろと賞をとっていたそうです。マルチメディアで表現することの冴えを持っていたクリエイターが、ウエブの時代に何をしでかしたかと思うと、その後の長い沈黙がどうにも悔やまれてなりません。


 会場では藤津亮太、氷川竜介、大塚ギチといった方々と会ったりすれ違っていたようです。大塚ギチにはこれから10余年が過ぎた2012年に成田で開かれた、ゲーム大会とアニソンのライブが野外で行われるというとんでもないイベント「ゲームサマーフェスタ2012」の会場で挨拶しましたが、その後、大変な状況に陥られたようで心配していました。今は療養中とのこと。快癒を願います。


 オープニングの翌日は、村上隆と氷川竜介のトークショーを見たようです。金田伊功エフェクト総集編ビデオを2人で見ながら解説を挟む展開で、村上隆が「すっげー」「美しー」と叫んでいたようですが、現代アーティストとしての村上隆のファンに、どこまで伝わったのかが心配されました。同時に、アニメな人は「どうだ!」といった優越感をちょっぴり味わっていたかもしれにあと思いました。


 村上隆はオタクをイジって楽しんでいるだけといった認識が広まって、ケシカランと怒っていた人でも、村上隆はかつてアニメーターにもなりたいと志したこともあって、真面目に金田エフェクトに歓喜感嘆する態度を見て、決してパクっているだけではないと思ったのではないかと感じました。とは言え、集まったアートな人が村上隆から学ぶのが「金田すげえ」という態度だけだったら困ったとも思いました。


 アニメ作品の全体を構成する他の要素、つまりはストーリーであったりキャラクターであったり声優であったりといった部分をけっ飛ばし、ただ単にその「絵」のみ、「効果」のみをパクってアートな作品を作り、というか作品をアートとして喧伝してそれがアートな文脈でのみ受け入れられているのは違うからです。アニメの文脈を理解した上で、アートの文脈に乗せて売る。そんな村上隆の橋渡しはうまくいったのでしょうか。20年が経った今こそ、検証してみる時期なのかもしれません。


 アニメ版『To Heart』に感嘆しました。キャラの表情美術設定で結構立派なクオリティのアニメが千葉テレビで放送されていて、これは一体何だ? と眺めていたら真っ赤な髪をしたこれは有名な神岸あかりが登場。幼なじみとは高校生になってからも付かず離れずの関係で、席替えがあって初めて隣同士の席になっても発展せず、平凡平穏な学園生活が進んでいくストーリーが繰り広げられました。以後もOLM制作丁寧な作画と心情を感じさせる展開で1話1話をしっかり見せました。平成に残る傑作だと思うのですが、同意していただける方はどれだけいるのか。いなくても別に良いのですが。


 向山貴彦の『童話物語』を読みました。世間をひねて自分の殻へと閉じこもり、周りのすべてが自分に敵対していると考えていた少女が、優しさと出会い理解と出会い友情と出会い自分を見つけて立ち直ってついでに世界も救う話でした。描かれる物語世界の緻密さ重厚さ、そして積み重ねられる人々の感情の機微が、長い物語にも関わらず読み手をつかんで離さず、哀しみを超え波瀾をくぐり抜けて感動のラストシーンへと連れていってくれる。そんなストーリーに感動したようです。


 「誰だって、自分が思っているよりはすごい人間だよ」。主人公のペチカが旅の途中で出会った蒸気機関車の女性運転士から言われたこのセリフを、今、強く噛みしめたいと思っています。いろいろあって自分に自信をなくしてオタオタとしている気持が、20年ぶりに触れたこの言葉によって救われるのかどうかはまだ分かりません。30年近くやって来た仕事を全否定され、折られた心は簡単には治りそうもありませんが、それでもかかる声に少しずつ、自分を取り戻して行ければと思っています。


 平成30年3月5日、ほぼ1年前に亡くなられた向山貴彦の言葉を永遠に引き継ぐためにも


平成11年(1999年)4月のダイジェストでした。

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