第34話、今敏監督の『PERFECT BLUE』とエヴァの『DEATH(TRUE)2』が公開されゲーム『街』に苦労しOVA『青の6号』の製作が発表される

【平成10年(1998年)3月】


 今敏監督の『PERFECT BLUE』が公開になったようで、今はもうない新宿のピカデリー3に見に行ったようです。入って60人くらいの小さな劇場がほぼ満席となった状態で始まった映画は、「紛うことなき傑作アニメーション、であった」そうです。


 「第1に出演者の髪の毛がほとんど黒い。これって現代のアニメでは実に斬新な手法なんじゃなかろーか。と冗談はおいても、現代の街と人と社会と暮らしを実にリアルに再現しつつ、リアルと幻想が入り組み交錯していくとゆー、実写ではともすれば陳腐だったりグロテスクであったりするストーリーを、アニメならではの絵と動きによって見事に再現してくれていた」


 『PERFECT BLUE』で今敏監督はよく、実写でも作れるのにどうしてアニメーションなのかと問われていましたが、現実と空想が重なり合って展開されるビジョンを実写でやると、リアルな分だけ嘘くささも目立ちます。元が絵という仮想の世界に仮構の存在が現れるからこそ浮かび上がる現実感。だからアニメーションだったと言えますし、アニメーション監督が頼まれて作ったのだからアニメーションなのだとも言えます。今敏監督は後者のようなコメントを出していましたね。


 「アイドルのパンツがチラでもモロでも見えるとか、腰クイクイなレイプシーンが猥雑だとか、アニメ初じゃねーかと思われるヘアヌードが登場するとかいった下世話な話題で盛り上がることも可能だけど、やっぱり最後はあれだけの複雑な物語、意外な結末、そしてちょっとだけ哀しいけれど感動のラストシーンを見せてくれたことに、たとえビデオ用として制作したためクオリティー面で不本意だった劇場公開であったとしても、素直にパチパチと拍手を贈ろう」。絶賛です。それだけの映画でした。


 劇場では、アイドルグループのCHAMの3人が並んでプリントしてあるTシャツを買ったようで、しばらく部屋のどこかで確認されましたが、今はいったいどこに埋もれてしまったか。無職でありあまる時間をかけて掘り返したいものですが、どれだけの時間がかかるでしょう。生きているうちに見つけたいものです。


 チュンソフトから出たゲームソフトの『サウンドノベル 街 -machi-』を、この頃に連日のように遊んでいたようです。ウエブ日記では「『街』子と化す。長谷川町子とはもちろん全く関係ないが」とか、「ちょほいと『街』ねぇ、と小林旭がいったかどーかは分からないけど」とか、「ちょっとした『街』がい」といった具合に『街』に引っかけた出だしてプレイ体験を綴っています。


 とことん不思議なゲームで、サウンドノベルと言いながらも1本のストーリーが分岐していくものではありません。渋谷を舞台に8人の登場人物による複雑なドラマを読み解き、バッドエンドにならないように進めていくといった内容で、プレイした感想を「しかしつくづく因果なゲームだと思うよ、それは人と人とは意外なところで関係していてひょんな因が、後で大変な果となって返って来るってゆーことを、ゲームが如実に語っているから」と綴っています。「とりあえず登場する人々のめぐる因果は糸車を解きほぐし、ようやくにして第1日目を全員分終了することが出来た」ようです。


 もっとも、「2日目に入るとバッドエンドでもヒントが出ず、どこでどー間違えたのかが分からずともかく選択肢までたどり直して別の選択肢に乗り換えて、順に送っていっても結局同じバッドエンディングへとたどり着いてしまう」状態となって考え込むことに。「ようやっとヤクザの2日目を終わって役者の2日目に映ったら、ヤクザの2日目で経験しなかった事態によってあっとゆーまに役者の2日目が終わってしまった」というからお手上げです。


 読み込んで繰り返し、そして解き明かしてく根気がやっぱり必要だったよう。結局、クリアせずに終わってしまった記憶があります。今また、挑戦したい気持もあるのですがどこかでプレイ、できるのかな?


 映画では、「春エヴァ」「夏エヴァ」に合わせて勝手に「真エヴァ」と読んでいた『REVIVAL OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に』も公開されて、丸の内シャンゼリゼへと見に行ったようです。春エヴァからちょうど1年。「DEATH」編は、狂気とも言えそうなアスカの声優を変えての繰り返しのシーンがバッサリとカットされていたのを始め、各シーンがつままれていて、全体に10分ほど短くなっていました。


 ゲンドウが手にアダムをくっ付けたシーンは春にはあったでしょうか。「夏エヴァ」は弐号機とエヴァシリーズとの大バトルシーンとかで音楽が差し変えられていたような気もしましたが、はっきりとしたことは分かりません。以後、「DEATH」編は「TRUE2」が正編となって埋もれてしまいます。けれども劇場で見た衝撃の強さから、やはり狂気めいた叫びがあっての「DEATH」編だと思うのです。テレビシリーズへと転用される形では生き残ったそれに、再会できたのは平成27年(2015年)発売のBlu-rayボックスでのこと。といっても未だに見てないのですが、振り返っていて気になったことおあり、改めて見てみようかと思います。


 平成のアニメーション史では、フルデジタルで作られた作品として語られることの多そうなOVAシリーズ『青の6号』の製作発表会が、銀座のソニービルで開かれたようです。後にスタジオジブリの社長になる、当時はブエナ・ビスタホームエンタテインメントの星野康二代表も来ていたようで、『トイ・ストーリー』を出している会社だけにフルデジタルが気になったのかと思いました。会見には監督の前田真宏を筆頭に草ナギ琢仁、河森正治、鈴木朗さ、村田蓮爾さんらクリエーター陣が並んで登場しました。当時もなかなかでしたら、今ではとてつもないメンバーです。


 会場で見せられたプロモーション映像は、セルは使っていないけど見た目には普通のセル的な絵と代わらない2Dの部分と、ポリゴンぐりぐりな3Dの部分との見た目の格差が大きく映ったようです。「生物的な匂いのするセル的な絵に比べると、3DCGの絵は動きはどこかやっぱり計算されてるって感じが見てとれるし、潜水艦なんかの立体物は、CGの緻密さ正確さを受けた存在感はあっても、動きに躍動感とかスピード感とか重量感が感じられ」ないといった感想をウエブ日記に上げています。


 これは、昔ながらのセルアニメで育った人間としての感想とも添えてあって、ゲームの3DCG部分に感動できる若い人たちには、存在感もスピード感も重量感も人間味もある物に見えたかもしれないと書いてあります。今、フルデジタルどころかフル3DCGでなおかつ2Dライクな塗りのアニメーションがテレビや映画を席巻していて、誰もが普通に受け入れています。GONZOの挑戦があっての現在だとするなら、やはり平成のアニメ史に刻まれるべき作品です。ヒロインで野上ゆかな(現在はゆかな)紀之真弓の愛らしさは群を抜いていますしね。


 「週刊SPA!」に上遠野浩平の『ブギーポップは笑わない』の書評が掲載されました。書いているのはわたしですが、文庫でなおかつライトノベルの書評を一般週刊誌に載ったことが凄く、載せようと考えた編集担当者がいたことも凄いことです。もっとも、「エッジな人々」のゲストが椎名へきるだった衝撃に吹き飛ばされてしまったかもしれませんが。


 前後して「週刊SPA!」には、『ブレンパワード』で久々のテレビシリーズを手がけることになった富野由悠季監督が「エッジな人々」で取りあげられていました。インタビュアーは『20年目のザンボット3』を書いた氷川竜介。今なら普通に浮かぶこの組み合わせを、20余年も前に企画した編集者もなかなかです。


 『コルシア書店の仲間たち』や『トリエステの坂道』といった本で、波瀾に富んだ自伝的なエピソードを抑制された筆致で淡々と、膨大な知性を散りばめながら記したエッセイが大好きだったイタリア文学者の須賀敦子さんが亡くなったという報を得て驚きました。その訃報を大手紙が軒並み伝えながら、準全国紙に入る新聞は伝えていなかったことを嘆いています。この頃から既に、文化系記事の縮小が始まっていたのでしょうか。


 シナジー幾何学が、あの奇才デビッド・リンチをエグゼクティブ・プロデューサーに迎えてデジタルコンテンツやら映画の企画を立ち上げるという会見が開かれました。日本のマルチメディア業界が世界と繋がった、なんて期待も抱きましたが、マルチメディア・ファイナンスという投資会社を立ち上げた前のバンダイ社長の山科誠ら投資者が優遇されていた会見に、まずは資金集めからといった印象を抱きました。


 会見では、『GADGET』の庄野晴彦が手がけていたフルCG映画『アンダーワールド』の予告編も披露され、制作の度合いが進んで期待も高まって来ました。「背景やら小道具やらのリアルさは正直凄い。水が波打つ光景なんてどーやって描いているのやら。手に持ったルガーP-08の質感重量感なんてどーやって表現しているのやら」。そんな映画はシナジー幾何学の倒産でどうなったのでしょう。華やかな会見は、マルチメディアの終焉が見せた最後の灯りだったのかもしれません。

 

 新元号が「令和」と発表された4月1日に、渋谷でいち早く『人生ゲーム 令和版』のリリースを発表したタカラトミーが、まだタカラだったこの頃、秋に『人生ゲーム』の発売30周年に向けて「X」と名付けられたバージョンのリリースを発表したようです。聞くとプレーヤーが女子高生になりかわって波瀾に富んだ人生を体験するという内容。道の途中にはルーズソックスに紺ラルフ(ラルフ・ローレンのベスト)にPHSに携帯と、まるでラブ&ポップな世界が描き出されていました。


 プレイすればそのままこのウェブ日記で振り返られている時代にトリップできそうなアイテム。人生を経験するだけでなく、経験した人生を再確認されるアイテムとして、こうした時代性を反映した『人生ゲーム』は意味を持っていると言えます。


平成10年(1998年)3月のダイジェストでした。

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