第22話、今のアニプレックスが立ち上がり『はれぶた』を作り宮崎駿監督が『もののけ姫』で引退を宣言する

【平成9年(1997年)6月の巻】


 SPE・ビジュアルワークスという名前でした。平成9年(1997年)の1月に発足したソニー・ピクチャーズエンタテインメントとソニー・ミュージックエンタテインメントの合弁による映像会社で、太田裕美のディレクターとして知られていた白川隆三という人が社長を務めていて話を聞きに行きました。ずらりと並んだモニターにスクリーンセーバーで碇ユイの姿が映し出されていたり、会議室の額に名画ではなく『るろうに剣心』のセル画がはまっていたりして、アニメ関連の会社らしさをのぞかせていました。


 そんな会社で聞いたのが、『はれときどきぶた』という矢玉四郎の絵本をアニメーション化するといった話でした。童話ですからほのぼのとした作品になるんだろうと思いましたがこれがどうして、ナベシンことワナタベシンイチ監督の自由奔放な演出が回を進めるごとに炸裂していって、最終回あたりはもうとてつもない畳みかけの連続となりました。テレビでは見ていませんでしたが、後にロフトプラスワンでイベントがあり、連続上映されてその展開に唖然としました。


 そうした演出などから伝説となったアニメのキャラクターのはれぶたを、何年か経ってから市ヶ谷に経つ瀟洒なオフィスビルに入った会社で見ます。アニプレックスという会社です。


 『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』や『魔法少女まどか☆マギカ』や<物語シリーズ><Fateシリーズ>などを送り出し、スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』が大ヒットしているあのアニプレックスは、20余年前にそんな場所と作品から始まっていたのです。ここまで大きくなったのだから、アニプレックスには、“原点”の『はれときどきぶた』のBlu-ray BOX化を是非にお願いしたいところです。


 ウェブ日記には、白川社長が岩明均の『寄生獣』が「女性向けのホラーアニメになる」と言っていたらしいことが書かれてあります。マニアではなく女性層にヒットする企画を考えているあたり、『剣心』で当て、後の『鋼の錬金術師』も評判になる会社らしさを案じます。「新参のアニメ会社が『剣心』で射止めたビギナーズラックが、真価だったと認められるためにはここが頑張りどころ」とも当時のウェブ日記には書いてあって、先行きを心配していましたがその後、浮き沈みはあってもしっかりと生き残り、それどころか業界屈指の会社になってしまいました。


 その頃、新聞広告にSPE・ビジュアルワークスの社員募集が出ていて、ちょっと考えてしまったことを覚えています。移っていたら……なんて思ってしまいますが、それは今の躍進ぶりを見て言えること。分からないところから頑張って掴むのが未来なのでしょう。


 『もののけ姫』の公開が近づいてきて、試写が行われたようです。立て直される前の東宝にあった、それほど大きくない試写室でしたから、あれだけのスケールを持った作品の隅々まで確認できた訳ではありませんが、CGがCGならではの効果を上げて、かつセルアニメと違和感なくとけ込んでいる点で最先端を行っていたと感じたようです。


 「物語は、自然と人間との共生とも対立ともつかない複雑な関係をどちらに軸足を置いて論じたらいいのかを、するどく問いかける内容になっていて、およそ自然礼賛の趣があった『風の谷のナウシカ』とか『となりのトトロ』とかから1歩も2歩も踏み込んだ、もしかしたら“ムツゴロウ可哀想派”からは反発を受けるような要素も内包した、宮崎アニメでも至上の1本に仕上がっていた」と日記にはあります。誉めてます。


 試写後に有楽町マリオンで宮崎駿監督や石田ゆり子、田中裕子、森繁久弥、美輪明宏、小林薫に主演の松田洋二、ほか音楽の久石譲と主題歌の米良美一が出席する完成記者会見が開かれました。勝新太郎の葬儀でテレビに出ていたらしい森繁がお疲れの様子で、つえを突き「耳が聞こえなくなっていて目も片方の網膜が焼けちゃって」と、集まった報道陣をヒヤリとさせる挨拶をしましたが、マイクが回ってくるとトボけた口調で喋って御大の貫禄を見せていました。


 圧巻だったのはやっぱり美輪明宏で、「はじめは姫をやるのかと思っていたら化け物だった」とか「300歳って一番自分の歳に近い役」とかしゃべって、会場の笑いと監督の冷や汗を誘っていたました。そんな美輪明宏に向かって、宮崎監督は相当にあれやこれや注文をつけたそうですから妥協しないクリエイターと言えそうです。


 その宮崎監督は、『もののけ姫』の後、監督という立場でアニメに関わるようなことはあんまりしたくないようなことを言って世間を驚かせました。宮崎駿引退宣言です。「つけものの石みたいにのっているとろくなことがない」とも言い、シニアジブリという50歳以上しか参加できないチームを作ってけやきの森に建物を作って、そこで隠居をきめこむつもりだったようです。


 本気にしていかたどうかというと、『もののけ姫』のような重厚な作品を作ってしまうと、次は簡単にはできないだろうとは思いましたが、完全に何も作らなくなると狼狽えてはいなかったようです。実際、『千と千尋の神隠し』を作って自身の『もののけ姫』の記録を抜いてしまうのですから、引退宣言もこの頃はある種の韜晦だったのでしょう。『風立ちぬ』後についてはちょっとは本気だったのかもしれませんが、今また何かを作っているという話を聞くにつけ、クリエイターは作り続けることしか出来ない生き物なのだと思わされます。


 西日暮里の「NAS西日暮里アーティストスペース」で村上隆がキュレーター兼コーディネーターを勤めて開かれるアート展「TOKYO SEX」のオープニングパーティーをのぞきました。前に佐賀町でも会った、Mr.という美少女ばかりを描こうとしているアーティストも出品していて、ロリロリな少女を紙片に描き継いでいくスタイルの作品を、会場におよそ数百枚、床すれすれの壁に虫ピンで止めて手にしていました。


 村上隆の話だと、これが国内だけじゃなく海外でもひょいひょいと売れているのだとか。安いからなのか、それとも何かを感じたからなのか。こんなことなら去年の佐賀町での展覧会で買っておけばよかったと思いましたが、その後のMr.の活躍ぶりを見るに付け、ここで買い占めておけば良かったと強く思います。チャンスを逃してばかりだなあ。


 会場にはNHKのカメラが入っていて、つめかけた来場者とか出品者3人によるパフォーマンスや村上隆のインタビューとかを収録していました。そんな会場でMr.が見せたのが確かコンニャクのブロックに頭を突っ込むパフォーマンス。ギャラリーにコンニャクの匂いが漂ったことを覚えています。


 そして『エコエコアザラク』の放送が自粛となりました。神戸で起こった事件を想起させる、といった判断からでしょうか。「子供が見ている時間帯ならともかくも、誰も見てない夜中の番組すら自粛してしまうとは。その昔『エヴァ』の『あはんうふん』でも、自粛こそなかったものの同じよーに弱腰な態度を見せたことがあったっけど、今回はちょっと行きすぎているよーな気がする」とテレビ東京に怒っています。「こうなったら早いところLDボックスかなにかで全話収録版をリリースしてもらいたい」とも。幸いにして放送されなかった話数を収録したボックスが順次出て、9月には未放映分を上映する「闇のエコエコ大祭」も開かれ希望は満たされました。その後に出たムックに、参加している姿を写真に撮られていました。青春の(30歳を過ぎていましたが)思い出です。



 この頃見ていたアニメは、『HAUNTEDじゃんくしょん』だったようです。上半期のベストに押しています。見どころは花子さんの愛らしさ。下から見える胸に目を奪われていたのでしょう。あとは『MAZE★爆熱時空』も見ていたようです。ゲームでは『サクラ大戦』のプレイを遅ればせながらスタート。翌日に攻略本を買いに行くくらいにハマっていたようです。


 第一勧業銀行の会長を務めた宮崎邦次の自殺について触れています。銀行業界を担当していた時に懇親会や記者会見で見たという程度の関係ですが、不祥事の責任をとってのその死を逃げだと談じつつ、民間にツケを払わせる官に憤っていたようです。「人民は紙よりも弱く、官吏は鋼よりも強し。行政と結託して利権を貪り版図を広げようとしている某成り上がり業界の経営者諸君よ、大銀行のトップすらも憤死に追い込まれるこの病んだニッポンの階層社会に、それでも加わりたいかい?」と勇ましいことを書いています。今はその官が政に翻弄されて自殺者を出す時代。何かが崩れていった20余年だったのかもしれません。


 気になる記述がありました。「現状への不満と先行きへの不安から来る自律神経失調症がピーク。不安神経症かもしれない。手足がバラバラでゆーことを聞かず、動悸と息切れもして死にそうな気分になってきた」。置かれた状況への不満だったのでしょうか。やりたいことができないストレスだったのでしょうか。今から思えばこのあたりで、と言ってもやはり詮ない話です。だからこそ今だと思うことにします。


平成9年(1997年)6月のダイジェストでした。

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