第9話、村上隆の弟子のMr.がまだ無名だったころを見てディレクTVの立ち上げを目の当たりにしDVDビデオにまだ関心を抱かず

【平成8年(1996年)10月の巻】


 たぶん「ぴあ」だったでしょうか。美術展で面白いものはないかと探していて、キャラクターという切り口から作品を作っているという触れ込みで、村上隆というアーティストが紹介されていました。それを見て、面白そうだと谷中のバスハウスに行ったのが多分その作品を見た最初だったかもしれません。


 「DOB」という大きな耳が尽きだしていて目も大きなキャラクターのバルーンが置かれた内容だったでしょうか。少し記憶が薄れていますが、面白いと思ってそれから村上隆を追いかけるようになって、25年近くが経ちました。今では世界で作品が売れる日本人アーティストの代表格になっています。


 思うのは、そんな時代に大金を持っていて村上隆の作品を買いまくっていたら、どれだけの資産になっただろうか、ということですが、それを言えるのは最初か目利きだった人と、最初からお金を持っていた資産家くらい。後からしまったと思っても、それが自分のその時の資質なんだと諦めるのが肝要でしょう。


 そんな村上隆の個展「727」が平成8年(1996年)の10月に、江東区佐賀町にある小山登美夫ギャラリーで開かれていて、のぞきにいったようです。小山登美夫は村上隆や奈良美智を送り出したことで、現代アートの分野で広く知られているギャラリストです。いくつかのギャラリーを経て自身のギャラリーを持って、そこで村上隆の展覧会を行っていました。


 ウェブ日記によれば、すでに海洋堂の協力で、等身大のフィギュアを作る「プロジェクト・ココ」を始めてオタクたちを湧かせていたようですが、それは展覧会には出品されていませんでした。置かれていたのは、「信貴山縁起絵巻」にある「雲に乗った神様」か何かのモチーフを借りて、神様の代わりに「DOB」が乗ってる作品で、今もあちこちで紹介されているものです。ほかには「ヘリポート」のてっぺん部分が白い台の上に載せられて、4隅の警告ランプがチカチカと点滅している作品とか、やっぱり日本の絵巻から題を取った、茶碗がぴゅーんと飛んでる場面を抜き出して描いた作品とかがあったようです。この辺りを買い占めておけば……。切ないです。


 むしろ、こちらを買いあさっておけばと今にして思うのが、同じ建物の1階にある「佐賀町カフェ」で開かれていた「ピコピコショウ」です。村上隆がプロデュース&キュレーションを担当した展覧会で、そこにはロリコン漫画のキャラクターだけを抜き出したような「1年A組エミリちゃん」という作品が飾られていました。まったくの無名で、本名で出展していたその作者が、実は後のMr.(ミスター)です。


 決して上手いとは言えない筆致でしたが、それでも少女への想いを絵に込めて描き続けて20余年。世界が認めるアーティストになりました。アートは執念だと改めて思い知らされます。


 「さるマン」の竹熊健太郎による中央線をきかんしゃトーマスにした作品とか、クワガタのブリーディングをアートにしてしまった前田健の作品「ドリーミンカラーBOX」とか、上品な官営美術館では絶対に見ることの出来ない「チンピョロなアート」を堪能したようです。


 こういう場所に積極的に出入りして、あれやこれや見ていた時代でしたが最近はあまりギャラリー巡りをしなくなりました。週末にイベントが重なることが多くなったからかもしれませんが、毎日が日曜日になってしまう状況なら、通って“つかみ金”を突っ込み、買いあさって10年後を目指す……のはアートへの冒涜でしょうからやはり遠慮。でも……。揺れますね。


 この頃はやはり読書日記が中心です。菅浩江の『鬼女の都』を単行本で買って読んでいました。帯の「本格推理の超新星誕生」という言葉に、SFやファンタジーで優れた業績を残して来た菅浩江に失礼じゃないかと感じたようです。もっとも、ライトノベルのレーベルで活躍していた作家が、より広いマーケットへと出て行くきっかけになった作品で、よく書きそしてよく出しよく売ったと讃えるべきでしょう。


 当時も、「これで菅浩江の名前が満天下に知れ渡ることになるんだと思えば、ミステリーへ行ってしまったことに喜びを表しこそすれ、悲しむべきではないのだろう」と書いています。そして「でもやっぱり、『センチメンタル・センシティブ』の続きを」とも。今でも読みたいです。


 柴田昌弘の『クラダルマ』が18巻で完結し、聖悠紀の「超人ロック」シリーズの新作『ミラーリング』が青磁ビブロスから登場。長く少年画報社から刊行されていたものが、他へと版元を移して描かれ始めたあたりの作品でしょうか。「超人ロック」シリーズは少年画報社へと戻りつつ他でも刊行が続いていて、2017年で執筆が半世紀に及びました。そんなご長寿作品へと繋がっていく、もしかしたら何度目かのターニングポイントだったのかもしれません。


 本関係では、あの清涼院流水の『コズミック 世紀末探偵神話』を、読売新聞でSF作家の鏡明が紹介していて驚いたようです。「驚くべき結末! というのは、だいたいにおいて、ただのキャッチフレーズである。(中略)ところが、この本に限っては、本当に驚いた」「新人だというこの作者、次作がでたら、私は絶対に読む。どう驚かせてくれるか、今から楽しみだ」。激賞です。個人的には、新本格がブームとなった果てに現れたフェイクのような作家かもと思ったこともありましたが、今なお“大説”を紡ぎ続けている活動から、才能は本物だったと言えそうです。


 平成8年(1996年)はDVDビデオがDVDプレーヤーとともに日本でリリースされた年でもありました。ビデオテープやレーザーディスクといった映像記録媒体が、コンパクトディスクサイズになったという画期的な出来事ですが、お金もなくすぐに買えるものではなかったのか、あまり熱が入っていません。とはいえ、幕張メッセで開かれていたエレクトロニクスショウへと出向いて、DVDが並んでいるコーナーを見学したようです。


 ウェブ日記には、「さぞや派手にやっているかと思ったら、どのブースもCDプレーヤーが巨大化した、とゆーか初期のCDプレーヤーによく似た大きな箱のDVDプレーヤーが並べられているくらいで、音楽ガンガンとか映像をバンバンとかいった、目立つデモンストレーションは少なかった」と書いてあります。そして「LDコンパチが10万切ったら買ってもいいかな。アニメ見たいし」とも。


 個人的にはこの後、確かパイオニアから出たレーザーディスクとDVDが見られるプレイヤーを買ったようで、それで持っていたLDを見たりDVDを見たりしました。DVD自体はBlu-rayディスクが出てもなお、存続しているあたり優秀なフォーマットだったと言えますが、映像の提供がネット配信に変わりつつある今、やがてレーザーディスクのように中古でも見なくなるのでしょうか。


 CSチャンネル「ディレクTV」の発表会見にも行きました。アメリカのディレクTVとTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブがパートナーを組み、ほかに松下電器産業、三菱商事、三菱電機、宇宙通信、日本印刷、そして徳間書店と業界が出資していて、これは成功するかもとちょっとだけ思いました。新しく立ち上がったサービスやテクノロジーにワクワクとして、前向きな気持を抱くのは好奇心のなせる技ですが、その行く末を見極めることも、今にして思えば必要なのかもしれません。


 その後は知ってのとおり。「スカパー!」に統合される形で「ディレクTV」の名前は消えました。「スカパー!」に「WOWOW」といったチャネルは今も残っていますが、こちらもネットへと移行する中で果たして生き残っていけるのでしょうか。それを言うならネットでの配信にも次のフェイズが待っているのかもしれません。それが生み出せれば起業家になれるんですが……。難しいですねえ。


 あとひとつ。『開運! なんでも鑑定団』で第35回日本SF大会の「コクラノミコン」で収録したという「SF大会出張鑑定」が放送されたようです。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の絵コンテは山賀博之のサインが入っていての2万5000円、『宇宙戦艦ヤマト』の木製キットは新品価格2万8000円でプレミアが付いて5万円。20余年が経ってどうなっているでしょう。


 さすがに手塚治虫は高かったようで、B紙に描いてもらったブラック・ジャックが折り曲げ傷アリなのに35万円でした。最近はアートショーに出てくる直筆の色紙に7ケタの値段がついていることもありますから、もっと高くなっているかもしれません。もしかして家の中に直筆のイラストが埋もれてないか、探してみてはいかがでしょう。


 平成8年(1996年)10月のダイジェストでした。

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