第4話、森村泰昌や宮角孝雄を見てジェリー・ヤンを眺め鹿島茂を読み溝口肇を聴く

【平成8年(1996年)5月の巻】


 今でこそ毎日のようにテレビアニメーションを見て感想で日記を埋め、ライトノベルを読んで感想をSNSに上げて時間を潰していますが、ハードディスクレコーダーという便利なものにのべつまくなしアニメを録画できる時代ではなかったこの頃は、まだビデオテープレコーダーも持っていなくて、アニメもほとんど見ていなかったというか、深夜にはまだそれほどやっていなかったようで何を見た、そしてどうだったという記述がウェブ日記にほとんどありません。読み返してちょっと意外。でもそういう毎日だったのです。


 代わりに、美術館とかギャラリーとかを歩いて回ってたいようです。誰かになり切る作品で知られる森村泰昌の展覧会が横浜美術館で開かれていたので、ゴールデンウィークのまっただ中にある5月3日に見に行きました。レンブラントやクラナーハの絵に入り込んだ作品や、マイケル・ジャクソン、マドンナになりきったポートレートで知られている作者が、「女優」という存在になり切った作品が展示されていたようです。


 最近はフェルメールに誰でも入り込める作品を提案しているようで、20年前から変わらない“芸風”と言えば言えますが、自分だけでなく誰もがなり切って作品に入り込む、人物に気持を添えるといったアクションを行うようになっていて、拡張と発展を遂げていることが分かります。同じ所に止まらないアーティストの前向きさ、見習いたいです。


 横浜美術館では「ニパン・オランニウェスナ展」というものも見ていたようです。タイ人で、東京藝術大学で版画を学んだ新進気鋭のアーティストだったようで、ヒョウタンとミルクとタイ米を使ったインスタレーションを展示していたようです。「単純なようでいて生命への慈しみや消費社会への警鐘などにあふれている」という感想を書いていますが、その後にどういった活動をしているのか、調べても出てきませんでした。元気なのでしょうか。


 展覧会といえば、5月24日に恵比寿の「スタジオ・エビス・フォトギャラリー」をのぞいて、宮角孝雄という写真家の個展を見ていたようです。ジャズ・ミュージシャンらしい人物の写真が何10点か展示されていて、葉巻を加えたポートレートやギブソンのギターを抱えたポートレートで、いったい誰の写真なんだろうと案内板を読んで、ジョー・パスというジャズ・ギタリストだと知りました。宮角孝雄はこの時点から10年ほど前、ふとしたきっかけで出会ったジョー・パスを、日本だけでなく米国まで追いかけて、2年前に彼がガンで死去するまで、8000枚に及ぶ写真を撮り続けたのだそうです。


 会場にはた宮角本人がいて、思い出話をしてくれたとウェブ日記にあります。その会場では、モニターにフォトCD化されたジョー・パスの写真が映し出されていて、商品化されているのかと聞いたら自費で制作したものだという答えが返ってきました。写真集が出る話もあったのですが、出版社の都合で流れてしまったとのこと。プリントでは展示できる枚数が限られてしまうので、フォトCDにして上映してみたそうです。


 マルチメディアの時代でしたから、どこかCD-ROM写真集として出して欲しいという感想を持ったようですが、その後、2000年に『JOE PASS 宮角孝雄写真集』として写真集が刊行されて出版の夢はかなったようです。ただし収録は83点。展示してあった分よりは多くても、撮ったすべてが見られる訳ではありません。ネット時代、電子出版も可能になった今こそより多くの写真が見られる空間が、ネット上に出来ればと思います。


 IT関係では、ジェリー・ヤンという人を見たそうです。Yahoo!を作った人と言えば分かるでしょうか。今でこそGoogleやAmazonやFacebookやTwitterが隆盛を極めるインターネットの業界で、最初に検索サービス、ディレクトリサービスを考案して提供して大金持ちになった人です。5月15日に始まった「幕張メッセで「インターネットワールド96ジャパン」のために来日したようで、朝の9時から記者会見をすると言われて眠い目をこすって駆けつけました。


 いろいろと喋ったようですがその内容は覚えていません。ただ、目の前にいた青年がインターネットの世界にとてつもない夢と富があることを示唆してくれていながら、その尻尾すらつかめないで今に至っている我が身が、どうしようもなく寂しくなります。チャンスの神様の前髪を掴み損ねないようにしましょうと、改めて言っておきます。


 偉い人では角川歴彦を見たようです。出版界の世界大会が日本で開かれるということで、文藝春秋社の田中健吾といっしょに登壇したようです。この時は出版界の重鎮でしたが、後に『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版製作発表会に登壇したり、大映を買収して映画業界に本格的に出てきたりしてエンターテインメントの方面で顔を見ることになります。ドワンゴとの事業統合も手がけ、その再編にも関わってと、20余年が経ってもまったく緩まないその激走ぶりには感嘆します。どこかでもっと食い込んでおけば……。これは言っても詮ない話しですが、ちょっと泣けてきました。


 ライトノベルはほとんど読んでいないようで、記述があるのは加門七海がソノラマ文庫から出した『鬼哭。-続・清明-』くらい。栗本薫『グランドクロス・ベイビー』や森岡浩之『星海の紋章 ささやかな戦い』、友成純一『黄金竜伝説』、キム・スタンリー・ロビンスン『永遠なる天空の調』などSF方面に寄って読んでいたことが分かります。マンガは喜国雅彦『悪魔のうたたね』など。


 あとは、鹿島茂『「パサージュ論」熟読玩味』や後藤文康『誤報』、柴宜弘『現代ユーゴスラヴィア』といった評論やノンフィクション。いろいろと読んで文化やジャーナリズム、そして世界情勢を吸収しておきたかったのでしょう。そうした読書が今に役立っているかどうかは分かりませんが、一方的な視点から社会や世界を見ることをせず、多方面から見て検討をしようとする心理の一角にはなっているのではないでしょうか。


 音楽では、5月5日にギンザ・コマツで開かれたチェリストの溝口肇によるミニ・コンサートを聴きにいっていたようです。アニメ好きには『僕の地球を守って』や菅野よう子と共同であたった『天空のエスカフローネ』、映画『人狼 JIN-ROH』の音楽を手がけたミュージシャンとして知られています。個人的には1986年にリリースされたデビューアルバム『ハーフインチ・デザート』が出た頃からのファンで、名古屋にいた時代に伏見で開かれたライブにも行きました。だから見たのは2度目となります。


 タバコの銘柄「ピース」にライトが出た時、CMに登場してチェロを弾いていたから顔を見知っている人もそれなりにいるでしょう。イケメンです。ドラマ『ピュア』のようにトレンディな作品にも携わっていたこともあて、会場には女性ファンが大勢詰めかけていたようです。黒いパンツ、黒いシャツ、黒い長髪を後ろで束ねた溝口は、アコースティック・ギターの伴奏というシンプルな構成ので『ハーフインチデザート』に入っている「キリンと月」や、カザルスの「鳥の歌」など7曲を演奏した、と記録にあります。


 この時に、自費出版というCD付き写真集を予約して買ったようですが、部屋のいったいどこに行ってしまったのでしょう。この後、もう1度くらい紀尾井町でのライブを見に行ったことを覚えています。その時の流れからか、今も年末に開かれるクリスマスチャペルコンサートの案内状が届きます。今年こそは行ってみようかと思いますが、果たして年末に自分はどこで、何をしているのでしょう。何もしていない? ありそうです。やっぱりちょっと泣けてきます。


 平成8年(1996年)5月のダイジェストでした。 

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