第5話、ビル・ゲイツを眺め指先で触れられるアダルトCD-ROMを見物し「SFマガジン」のエヴァ特集に驚く

【平成8年(1996年)6月の巻】


 アップルをスティーブ・ウォズニアックとともに創業したスティーブ・ジョブズが亡くなってしまった現在、IT業界の最高峰に立つ人間といったらやっぱりビル・ゲイツということになるのでしょうか。いわずとしれたマイクロソフトの創業者で、ウィンドウズというOSを引っさげ世界のコンピューティング市場をわが者とした起業家です。そのビル・ゲイツが平成8年(1996年)6月に来日して、「ウィンドウズワールドエキスポ/トーキョー96」で講演を行ったようです。


 一応、見てはいたようですが何を喋ったのかは日記に記述がありません。とはいえ、一生に何度も会える人ではありませんから、思い出にはなりました。だからどうしたと言われればそれまでですが。ちなみにスティーブ・ジョブズは、アップルに復帰してiMacを引っさげ来日した時、講演を行ったのですが、こちらは残念ながら聞き逃しました。伝説の起業家を見られるチャンスを逸した訳で、やっぱり人は会えるうちに会っておくのが良いと言えそうです。


 この月も、いわゆるマルチメディアタイトルをあちこちに見に行ってたいようです。中でもアダルトCD-ROMの「DiVaX」というタイトルは、3次元マウスというものを使って自分の動きを画面の中に伝えることができたようで、バーチャル空間へのダイブを実現するデバイスとして強い関心を抱いたようです。工業新聞でありながらも、画期的だったからこそアダルトでも取材して記事にした、といったところでしょうか。革新はアダルトから進むといった“格言”を現したものだとも言えそうです。


 感想として、バーチャル空間で触れた感覚がフィードバックすれば良いと書いていますが、これは20年経った今も、ハプティクスとして技術的に確率はしながらも民生用のデバイスとして普及するところまでは行っていないように見えます。指先に取り付けなりグローブをはめるなりして、触れた感触が伝わるような仕組みは楽しそうですが、それがゲームなりコンテンツの面白さを倍加させてくれるかと考えた時、費用もあって実現しづらいのかもしれません。設計なり製造といった実務の分野で感触を味わっておく必要があるようなシステムでは、普及も始まっているようですからそこでコストが下がれば、全身で何かの感触を味わうシステムが家の中に入ってくることになるでしょう。たぶんやっぱりアダルト方面から。


 当時はレコード会社にマルチメディア部門があった時代で、ソニー・ミュージックエンタテインメントもゲームのソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)とは別にマルチメディア部門を動かしていました。堤光生という人が率いていたのではなかったでしょうか。東芝EMIにも同じ様な部門があって、6月20日に愛があれば大丈夫という、なんとも不思議な名前の会社が作っている、音楽と画像のコラボレートを目指したCD-ROMの新シリーズ『DAHLIA(ダリア)』のお披露目会が行われました。


 第1作は、イラストレーターがほししんいち(星新一とは別人)で、音楽がヤプーズの中原信雄と元リアルフィッシュの矢口博康(エスパー矢口)という組み合わせだったとのこと。第2作目もメンバーは決まっていて、こちらは音楽が『ファンタスマゴリア』の手使海ユトロ、イラストレーターが峰岸達という組み合わせだったようですが、果たして発売はされたのか。今となっては思い出せませんし、調べても何も出てきません。


 パッケージとして物理的に残ってはいても、再生できる環境がなければ鑑賞もできないこの時代のマルチメディアは、開けば読める本と違って文化としてのアーカイブ化が困難そう。結果、存在しなかったことにされてしまうのです。インターネットとデジタルカメラがなかった時代は、30年後50年後に存在すら認められないという事態になるかもしれません。そうならないうちに、現物がまだどこかにあって関わった人たちが存命のうちに、サルベージしておきたいものですが……。


 あと、これは社名が書いてありませんが、出版社系の映像制作会社にビデオCDの話を聞きにいったようです。ビデオCD。DVDが登場する少し前、レーザーディスクやVHDが円盤形の映像メディアとして存在していた時代に、CDサイズの円盤に映像を収録したものとして登場しました。決して画質はきれいとはいえなかったのですが、そこを米国のエンコーディング技術を使ってビデオ以上のクオリティを出していた、とウェブ日記には記述があります。


 もっとも、アダルト分野を除けばビデオCDが広く普及したという記憶はありません。個人的には、GAINAXが手がけた『おたくのビデオ』が『おたくのビデオCD』として登場したのを買ったくらいでしょうか。あとは中国に行ったとき、DVD以上に普及していたビデオCDを集めてみた程度。日本では出ていないパッケージがあったのは、海賊版だったからでしょうか、それともライセンスを受けたものだったのでしょうか。これらは部屋のどこかにあるので、改めて再生して画質を確認したいものです。再生できる機器があるかは要検討。家庭用ゲーム機では大丈夫だったのでしょうか。


 角川書店のソフト事業部に行って、マルチメディア関係の話をいろいろと聞いたという記述もあります。どこの部署で誰に会ったのか、まったく覚えていないのですが、20年経った今は偉い人になっているのでしょうか。「スレイヤーズやら劇場版天地無用やらのポスターが壁にばしばしと貼られ、段ボール箱の中にはスレイヤーズもムックが山と積まれている状況に、何て幸せな環境なのだろーと羨み、どこで交差点を曲がり損ねて真っ当な工業新聞で働くようになってしまったのだろーと考え」たそうで、ここで道を乗り換えていたら、アニメの世界で名を残せたのかどうか、なんてことも考えます。まあ無理でしょうけど。


 角川書店では『新世紀エヴァンゲリオン』のCD-ROMがどうして売れているという話になって、この時は人気アニメの絵がたくさんはっているからじゃないですか、といった返事をしました。この時、角川は本気で『エヴァ』の映画化を進めたいような感触を得たようです。SFセミナーで庵野秀明監督がどうなるか分からないといった発言をしていましたが、結果として劇場版は作られ大ヒット。いろいろと動いた人たちがいたのでしょう。


 そうそう、『新世紀エヴァンゲリオン』はこの月に発売された「SFマガジン」1996年8月号で特集されました。どれだけ画期的かといえば、グレッグ・イーガンの翻訳で知られる山岸真がエッセイで、「『スター・ウォーズ』の公開当時、SFマガジンでは、とくにあの映画を特集しなかったんですよね。そのおなじSF雑誌が、こういう特集を組む」と言及していたくらい。今でこそアニメ作品とのタイアップは日常茶飯事で、百合SFの大特集までしてしまう「SFマガジン」へと至る、ある意味で分岐点だったとも言えますし、それだけの影響力と存在感を『新世紀エヴァンゲリオン』が持っていたことが改めて伺える一件です。


 平成8年(1996年)6月のダイジェストでした。

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