第2話、エヴァンゲリオンが終わってエヴァンゲリオンが始まった

【平成8年(1996年)3月の巻】


 エヴァンゲリオンでした。平成8年(1996年3月)は、『新世紀エヴァンゲリオン』というテレビアニメーションの放送が最終回を迎えてひとつの作品として終わり、そして同時にエヴァンゲリオンという今なおとてつもないファンを抱え、マーケットを持って君臨するひとつのカテゴリーが始まりを迎えた月でした。


 ここに『新世紀エヴァンゲリオン』の最終回が放送された3月27日のウェブ日記を少し長いですが引用します。


 引用始まり。


 いささか強引ながら、新世紀といえば話題沸騰のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が最終回を迎えた。日本中で沸騰した血液が、頭の血管から吹き出したことであろう。初期のロボット格闘アニメ風少年成長物語が、最後に来て少年成長物語心理編へと横すべりし、すべての謎を謎として残したままで、天空の彼方へと消えていった。アニメの文法の可能性を追求した作品としては評価できるかもしれないが、純粋にエンターテインメントとして見た場合には、最悪最低の作品になってしまった。


 半年も費やして出てきた結論がこれか。落語家がマクラに1時間を費やして、最後にたった10秒の小話をしゃべるようなものではないか。テレビという媒体を「利用」して、エヴァンゲリオンという新しい世界とキャラクターを作り出し、これを土台にビデオなり、映画なり、小説なりに展開していくという腹積もりがあったのだとしたら、こうした終わり方もまだ理解できる。しかし、純粋にテレビのストーリーアニメとして楽しんでいた視聴者はどうすればいいのか。「これが言いたかったのか」と納得させられるだけの、話の持って行き方をしていないではないか。話題は今後ますます沸騰するだろう。


 引用終わり。


 怒ってしますねえ。それも当然です。碇シンジをはじめとして主要なキャラクターたちが次々に登場しては問答をするような内容は、圧倒的なアクションとそして少年少女たちが抱えるモヤモヤをぶちまけるようなストーリーで支持を集めていた『新世紀エヴァンゲリオン』という作品を、まるで裏切るような展開だったからです。後にこれも制作スケジュールの問題からそうせざるを得ず、それでいて言いたかったメッセージを届けるために敢えて選んだものだった、などといった言い訳が聞こえて来たりもして、それもそうかもしれないと思うようになりましたし、だったらと作り直された劇場晩も公開されて、これまたラストに衝撃のシチュエーションが待っていたりするのですが、椅子を並べて討論会よりはよほどエンターテインメントしていたこともあって、納得のうちに怒りの矛先を収めることができました。


 とはいえ、そうした劇場版も、今なお制作が続けられている新劇場版もこの3月に放送された第弐拾伍話「終わる世界」と最終話「世界の中心でアイを叫んだケモノ」がとてつもない喧噪を巻き起こし、『新世紀エヴァンゲリオン』という作品への注目を集めさせなければ果たしてあったのだろうか、といった思いも浮かびます。ギリギリの状況から見せたギリギリの選択が結果として炎上商法のようになってしまったことには苦笑しますが、そこで潰されないで続きを期待されたのも、話題性以上に作品が持っていてキレに惹かれ人たちがいて、そうした人たちの期待に庵野秀明監督らが答え続けているからでしょう。


 この後、幾つものテレビアニメーションが作られながらも『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』という3つの“時代”を上書きして時代の代名詞として用いられるアニメーションが生まれないでいることも、改めて『新世紀エヴァンゲリオン』が持つ価値を表していると思います。いずれも平成を越えて次の元号へと続きそうな予感。そのトップを飾るのは2020年公開と言われている『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でしょうか。


 エヴァの話だけで埋まってしまいそうですが、この月はどうやら『美少女戦士セーラームーン』も新シリーズの『セーラースターズ』に衣替えをしていたようです。一大ブームを巻き起こしていた作品が、エスカレーションの果てに最終局へと近づいていった印象が浮かびます。


 ゲーム関係では、飯野賢治がWARPという会社で作っていた『エネミー・ゼロ』というソフトを、プレイステーション向けからセガサターン向けに切り替えるという発表を、プレイステーションのイベントで行ったようだという記述もあります。これは現場で見た訳ではありませんが、モニターに映し出されたプレイステーションのロゴが、モーフィングでセガサターンのロゴに変わったとのこと。当時、相当に話題になりましたしその真意もあちこちで語られていたようですが、20余年が経って振り返ると、セガは『ドリームキャスト』を経てハードから撤退し、飯野賢治も死去して寂寥感だけが募ります。


 飯野賢治は選択を誤ったのでしょうか。プレイステーションの隆盛に乗っていれば今も存命でゲームを作り続けていられたのでしょうか。こればっかりは何とも言えません。ただ、今なお強く大勢の記憶に刻まれたゲームクリエイターであることは確かです。それは断言できます。


 デジタル関係では、『ハビタット』というネット上の仮想空間でアバターを操作してコミュニケーションを取るソフトの新バージョンを富士通で見せてもらったという記述があります。今でこそ小説やアニメーションにネット空間のアバターになり切って行動し、冒険をしてコミュニケーションをとるというシチュエーションが溢れかえっていますが、それをビジュアルイメージを伴って現実のものとして見せてくれたのが『ハビタット』でした。


 グラフィックは2Dで動きも限られチャットにもタイムラグがあったように記憶しています。けれども自分とは違う誰かになって、見知らぬ誰かと出会い会話して時には恋にも堕ちるような“近未来”が『ハビタット』にはありました。世界で大流行する『ソードアート・オンライン』について考える時、もしかしたら原点かもしれないこのタイトルのことを、少しは思い出して欲しいと思います。


 神原弥奈子という名前もウェブ日記には出てきます。最近、日本の代表的な英字紙のジャパンタイムズを買収したニューズ・ツー・ユーという会社を率いる女性実業家として知られていますが、当時はKAPSこと神原アドプランニングという会社を作って、伊丹十三監督の映画を紹介するホームページを作っていました。今でこそ誰でもやっている映画の作品単位でのサイト作りをいち早く手がけていたユニークさに関心を持って、何度か取材をした記憶があります。


 やがてニュースリリースを専門に配信するニューズ・ツー・ユーを立ち上げ、実家にあたるツネイシホールディングスの経営にも携わりつつITの分野で地位をなし財もなした手腕を眺めつつ、こちらは一介の記者からリストラを経て無職の身。これは面白そうだと思いつつ紹介することが仕事だと起業の面倒さを厭い、新しいことに挑戦できなかった身を悔やんでも遅いのですが、そうした敗残兵が平成を振り返ってみる試みを読んで、自分はどこで何を決断するかを考えてもらえたら、アフィリエイトなど無縁に日々を書き綴ってきた意味もあるかもしれないと安堵できます。敗残兵の繰り言ですが、それでもお聞き届け頂ければ今は幸い。


 平成8年(1996年)3月のダイジェストでした。

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