俺と彼女、妹には内緒の事

大塚零

俺と妹の友達の関係

「お邪魔しています、お兄さん。大学の授業ですか?」


 俺、満浦彰みつうらあきらがバイトから帰ると、リビングでセーラー服の女の子、立華観月たちばなみづきちゃんに挨拶された。

 この女の子は俺の家族ではない、だが俺はよく知っている女の子である。妹である茉弥まやの友達だ。


「こんちわ、観月みづきちゃん。いや、バイトだよ。……って、茉弥まやの奴は?」


 リビングには妹の茉弥まやの姿はなく、観月みづきちゃんがソファに腰掛けているだけだった。

 茉弥まやのやつは友達を放っておいて何をやってるんだ。


茉弥まやちゃんはお菓子がないって言ってコンビニまで行っちゃいました。気にしなくていいのにって行ったのに……」

「あー……そういうことかぁ、ごめんな観月ちゃん」

「いえ、その……茉弥まやちゃんですから」


 観月ちゃんは困ったような、しかし何処か嬉しそうに微笑んでいた。

 その笑顔に俺はホッとしつつも我が妹の行動に呆れてしまう。

 一度形を決めたらその通りにならないと我慢ならないと言うか、もう少し頭を柔らかくすればいいのに。

 などと俺が考えていると、観月みづきちゃんがじっと俺を見ていることに気付く。

 そして、観月みづきちゃんはわざとらしく、こほんと咳払いをした。


「あの、それでですね。お兄さん……」

「なに? 観月みづきちゃん」

「……ここ、座って貰えますか?」

「別にいいけど……どうしたの?」


 促されるまま俺は観月みづきちゃんが指し示す、彼女の隣に腰掛ける。

 一体どうしたんだろう、と思った次の瞬間には俺の腕に観月みづきちゃんはしがみつくように、抱きついた。

 そうして俺に体重を預ける。観月みづきちゃんの体温が腕に伝わってくる。


「えっと、急にどうしたの? 観月みづきちゃん」

「いえ、お兄さんが本当に鈍感なのでこうしないとわからないと思って」


 そういう観月みづきちゃんの態度はなんというか拗ねているようだった。

 あ、しまったな。と俺は直感的に悟る。


「久しぶりに二人きりになれたんですから……甘えさせて下さい」

「あー……ごめんね。よく家には来てたし、話してたから……いや、そうじゃなくて……本当にごめんっ!」

「いえ、いいです。お兄さんがそういう人だって分かってますし……それに、こうして甘えさせてもらってますから」


 拗ねたように言いつつ、観月みづきちゃんはぎゅうっと俺の腕にしがみつく力を強くした。

 だから観月みづきちゃんのその小さな体はより俺の腕にもたれかかり、肩口まで切りそろえられた観月みづきちゃんの髪が俺の腕を撫でる。


 ――俺は立華観月たちばなみづきという女の子をよく知っている。


 それは彼女が妹の友達、だからというだけはない。


「いや、でもさ……俺達、付き合ってるわけじゃない? こういう気付かないと……こう、男としてどうなのかと」


 そう、俺と彼女は半年前から付き合っているのだ。


 ちなみにこのことは妹の茉弥まやには隠している。

 その理由はなんというか、すごく怒られそうな気がするからだ。

 そう思うのは観月みづきちゃんも同じらしく、お互いにその時がくるまで秘密にしようと話し合った。


 おかげで妹がいる時は中々そういう機会はないが、今のような時はこうして観月みづきちゃんは甘えてくる。

 正直に言おう、とてもかわいい。


「……って、観月みづきちゃん。どうしたの? 顔そむけて」

「……す、すみません。お兄さん。ちょっとこっち見ないで下さい」

「いや、もしかして怒ってる? 俺、こういうの苦手だから言ってくれると……」

「……しくて」

「ん?」

「その、お兄さんがちゃんと……私と付き合ってるんだなって思ってくれるのがう、嬉しくて……顔が、その……」


 俺に背けていた顔がゆっくりと俺の方を向く。

 その観月みづきちゃんの顔は赤くなっており、そしてにやついていた。

 確かに普段の礼儀正しく、きりっとした彼女の顔と比べるとだらしないものだろう。

 だからそういう顔をしてくれると、とても嬉しくなって俺も頬が緩んでしまう。


「……っぷ、あはははっ!」

「お、お兄さん! 笑わないで下さい! だらしなくてかわいくない顔してるっていうの自分で分かってますから!」

「いやいや、そうじゃなくてね。俺の彼女は可愛いなーって」

「お、おれ、かの……っ! お、お兄さん! からかわないでください!」

「ごめん、ごめん。でも可愛いよ、本当に」

「……もうっ! 知りませんっ!」


 観月みづきちゃんは俺に顔を見せないようにそっぽを向いてしまった。

 悪いとは思ってるんだけど俺の前でころころと顔を観月みづきちゃんが可愛いのだからついついからかってしまう。

 だからこういうこともよくあるわけであり、こういう時にどうするかも分かっている。


 観月みづきちゃんの頭を優しく撫でる。ゆっくり、丁寧に。梳くように。


「……それくらいで私の機嫌が直ると思ってるんですか?」

「じゃあ、やめる?」

「……いえ、続けて下さい。嫌いじゃないので」


 じっと、観月ちゃんは俺に頭を撫でられている。

 からかったりするのも楽しいけれど、こうしてゆっくりとした時間を過ごすのも俺は好きだ。


「……あ、他に何かやって欲しいこととかある? 観月みづきちゃん」

「い、いえ……! もうこれ以上は、その……なんと言いますか、歯止めが効かなくなっちゃいそうですから……って、いえ! なんでもありません! お、お兄さんこそ、こうやって欲しいこととかないですか!」


 観月みづきちゃんは一度、言葉を切ってからすうっと息を吸い込み。


「か、かの……彼女の、わたしにっ!」


 自分から言うのは恥ずかしかったのかもしれない。

 まっすぐ俺の顔を見てそう言ってはいたが、観月みづきちゃんの顔は真っ赤だった。


 とはいえどうしたものか、こうして俺の彼女である観月みづきちゃんがこの様に言ってくれたのだ。どうしよう。

 あまり恥ずかしい真似はさせられないし、かといってあまり軽すぎると軽く見ているように関してしまうかもしれない。

 うーむ。と俺は考え、そしてあることが頭に浮かんだ。


「そうだなぁ……じゃあ、俺のこと。お兄さん、じゃなくて名前で呼んで欲しいっていうのは……どう?」

「お、お兄さんを名前でっ!? ……わ、分かりましたっ! 名前で呼べばいいんですねっ」

「む、無理しなくていいからね……?」

「い、いえ……だって、私は彼女ですから……! そ、そのくらい余裕です!」


 そういう観月みづきちゃんの顔は予想していた上に緊張して、鬼気迫るものがあった。

 俺的にはもう少し軽いものだと思っていたのだけど、観月みづきちゃんにとっては一大事だったらしい。

 少しからかうのは好きだけど、いじめすぎるのは嫌なので正直に申し訳ないと思う。


 観月みづきちゃんは何回かの深呼吸の後、どうやら意を決したらしい。

 そして――


「い、いきますね……あ、あき――っひゃあ!?」


 最後まで言い切るよりも先に慌ただしい、足音が家まで聞こえてくる。

 その音に観月みづきちゃんはびっくりしてしまった。

 時間的に考えて、またこの急ぎっぷりからすると茉弥まやが戻ってきたのだろうと分かる。


 なんというか、本当にタイミングが絶妙なやつである。

 これに助けられたのか、はたまたもったいなかったのか分からないが本当に見計らったようなタイミングのは間違いない。


「えっと……茉弥まやが帰ってくるね」

「は、はい。そ、そうですねっ」

「じゃあ、今日はここまでかな……ごめんね、近い内に合わせるから」

「い、いえ、大丈夫です。その、無理はしないでくださいね」


 観月みづきちゃんは気を抜かれたせいか、無理をしたせいか、少し元気がないように見えた。

 こうなってしまったのは間違いなく俺の責任なので埋め合わせはしなければならないだろう。

 本当はもう少し、ちゃんとした時に渡したかったけどこのままというのは嫌だった。

 俺はカバンの中から小さな袋を出して、観月みづきちゃんに渡す。


「……っと、これ。観月みづきちゃん」

「えっと……これは?」

「開けてみて」

「は、はい……わぁっ」


 袋の中身はアクセサリーだった。

 あまり派手すぎないくらいの、観月みづきちゃんがつけてくれたらきっと似合うだろうなと想像して買ったもの。

 いざ、渡してみると恥ずかしいものがあった。

 これもさっきの観月みづきちゃんに比べれば大したことはないだろう。どうってことのないように振る舞え、俺。


「プレゼント。えっと……半年記念っていうの? そういうやつだから。気に入ってくれると嬉しいかなって」

「は、はいっ! だ、大事にしますっ、絶対っ!」

「じゃ、俺は部屋に戻るよ。あんまり観月みづきちゃんと一緒にいると茉弥まやがうるさいから」

「あ、あのっ! その……待ってくださいっ」

「なに? 観月みづきちゃん」


 観月みづきちゃんは服の裾を掴んで俺を引き止めている。

 それから一度、二度、深呼吸をしてからそれを言った。


「ありがとうございます。あ、あきらさんっ」


 それは言うのを止めてしまった先程のそれとは違い、とても嬉しそうで、すごく喜びでいっぱいの笑顔だった。

 本当にタイミングはばっちりだったらしい。

 あそこで止まってなければ、観月みづきちゃんはこんな顔で言ってくれなかったのだから。

 その観月みづきちゃんの笑顔は俺にとって何物にも変えられないお返しだった。


「ありがとう、観月みづきちゃん……でも今度はつっかえないでね?」

「……もう、お兄さんのいじわる」

「ごめんごめん、それじゃあ――」


 そこで、俺と観月みづきちゃんはくすりと笑う。

 お互いに次に何を言うのか分かっている。いつもの合言葉、のようなものだから。


「この事、妹には内緒で」

「はい、私達の秘密。ですね」


 玄関から妹である茉弥まやの元気のいい、ただいまという声が響いてくる。

 また、観月みづきちゃんと恋人として振る舞えるのは少し先になるだろうけれど、だからこそ楽しみだ。

 きっと観月みづきちゃんも俺と同じだろう。


 ――なぜなら『秘密』と言う観月みづきちゃんの顔はいたずらをする子供のように楽しそうだったのだから。

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俺と彼女、妹には内緒の事 大塚零 @otuka0

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