第9.5話 ヴァンデール兄妹の秘密会議
時は少し遡り
〜小鳥たちの夕べ〜という名の食事会がお開きになった、その後のこと。
ヴァンデール邸の食堂にて、二つの影があった。
言うまでもなく妹ドロッセルと兄ウィリアムである。
食膳が片付けられた大テーブルの上には、キャンドルとワインボトル、グラスのみが残っていた。
ウィリアムはグラスを傾け、赤黒く濁ったワインを勢いよく口に運ぶ。
顔は既に炙られたカニのように赤らんでいた。どうやら相当に出来上がっているらしい。
懲りもせずにもう一杯、鼻歌なんて歌いながら上機嫌でグラスに注いだ。
ドロッセルはそんな兄をつまらなそうに横目で見ながら、密かなコンプレックスである癖っ毛を手持ち無沙汰に弄んでいた。
白皙の指が、無造作に跳ねた稲穂色の髪に絡まってはピンと弾けた。
ふぅん……と悩ましげな溜め息。
いい加減に痺れを切らし口を開く。
以下、ヴァンデール兄妹の対話。
「ウィル、そろそろ……」
「んん?よぉ、我が妹よ!お前も飲むか?」
「……結構ですの。それよりもね」
「いやぁ〜、あのロク君という男は中々に話せるなぁ!まさしく弟が出来た気分だよ!うんうん」
「それはなにより。いえ、そうではなくってね」
「お前が連れてきた男ならば間違いはない!そうだ、このまま婚約でもしてみてはどうだ?」
「…………」
「お前ときたら毎日毎日、働き詰めで男の影なんてまるで見えなかったからなぁ。あぁ、いや、ジョリー君がいたか。彼も実にナイスガイだと思うのだがなぁ。なんにせよ嫁にでもなれば少しはお前も大人しく」
「あぁん、もう!それ飲むのやめなさぁい!」
「そっ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか……」
「話がまるで進みませんの。いい加減にしないと、その素っ頓狂な頭の中に鳥の卵を仕掛けますからね」
「こっ、これはファッションだっ!」
「そんなファッションはポイしなさい。それよりも本題に入っていいかしらっ」
「う、うむ……」
「各地で魔物が活性化しているって噂なんですけどね。今日、唐紅の森で調査してみましたの」
「ほうほう。して、その結果は?」
「特に異常はありませんでした」
「なんだ。ではやはり根拠のない噂に過ぎなかったということだな。なによりじゃないか」
「うーん、一概にそうとは言えないかも」
「んん?どういうことだ?」
「私の方は問題なかったんですけどね。ロクが跳び兎に襲われてましたの」
「跳び兎?彼らは魔物界でもハト派筆頭だろう。移動手段にもなる可愛い奴らだよ」
「ロクが言うにはタカ派筆頭とのことですが。確かに襲われていましたし。水色とピンクの可愛い奴に」
「う、うーむむむ……?」
「事態が明瞭でない以上、調査は続行しますの。事が起きてからでは遅いですし。あぁ……でも明日はバリウスさんからの依頼があったっけ。となると、調査は明日以降の……うーん」
「……な、なぁ、ドロッセル」
「はい?」
「お前、少し働き過ぎじゃないか……?」
「…………」
「なにも住民の依頼を全て引き受けようとすることはないだろう。父上も仰っていたじゃないか。お前はもっと自由にい、き、……あっ!」
「…………。ご心配なく」
「ド、ドロッセル?」
「自分の限界くらいは把握してますの。私は私にできることをしているだけ」
「う、むぅ」
「それよりもセンが言っていましたの。妹分が足りな〜い、とかなんとかって?いい歳こいて妹離れできない兄の方がよっぽど困りものなのです」
「いっ、いいい言ってないぞそんなことは!?せっ、センはどこだぁ!センを出せぇっ!」
「んふふっ。ではウィル、良い夜を。あまり飲み過ぎちゃメッ、ですの」
ギィィィ……
バタン。
「……見透かされているなぁ」
「あれも一つの呪い、か」
「……何事もなければいいのだが」
ポツリと一人になった食堂で呟く。
拾う者は、いない。
夜空に浮かぶ半月が、笑うように見下ろしていた。
小心者の異世界生活〜俺が無双できるのは5回だけかよ〜 本多 敬一郎 @Gunvino
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