王子様の花言葉

美澄 そら

王子様の花言葉



 小さな駅の前の小さなビルの一階。そこには可愛らしいお花屋さんがある。

 名前はフルール。フランス語で『花』という意味だ。

 人がお花屋さんを利用するときは、大体相場が決まっている。

 結婚式やお葬式などの冠婚葬祭、入学や卒業、あるいは表彰されるとき、入院のお見舞い、お墓参り、大切な人の誕生日、記念日……要するに特別なときだ。

 しかし、ここのお花屋さんはいつもお客さんが絶えない。

 それは、お花に負けず劣らずの美しい容姿をした彼がいるからだ。


「高野さん、お待たせしました」


 煌びやかな笑顔を振り撒いて、王子は出来上がった花束をお客様に渡す。

 高野さんは二十歳の息子さんをお持ちの女性だが、初恋でもしているかのように頬が赤に染まっている。

「いつもありがとう。リビングが華やぐわ」

「ふふ。僕こそありがとうございます。またのご来店お待ちしていますね」

 緩やかな垂れ目が、さらに柔らかく下がる。それだけで周りのお客さんの視線も彼に釘付けになる。

 それがわたしには納得いかない。

 いくら彼が非常識なほど美しい容姿をしていたところで、目の前にある可愛らしい花たちに敵うはずがないのだ。彼が客寄せパンダなのは構わないけれど、ちゃんとお花を見てほしい。

 外に出している鉢の子たちに水をあげながら、しゃがみこんで虫がついていないか確認をする。

「今日も元気だね」

 葉の艶がとてもいい。ミニバラは蕾をたくさんつけている。明日にはいくつか咲くだろう。

「花に向かって独り言?」

 振り向くと、王子がお客さんには見せられないような目でこちらを見下ろしていた。

「やめてよね、店先で。イメージが悪くなる」

「……あんたの本性を高野さんに見せ付けてやりたい」

「はっ、俺がそんなミスするわけないだろ。……いらっしゃいませ」

 お客さんが見えるや否や、王子は一瞬で表情を切り替えて、接客を始めた。

「二重人格」

 わたしは王子の背に向かって舌を出した。


 フルールの王子様ことキョーヤさんは、ここのオーナーのお孫さんに当たる。ただ美形なだけではなく、知識も豊富でフラワーアレンジメントの腕もある。

 しかし、その性格ときたら……。

 お客さんの前では猫を被っているとしか思えない。

 とても王子なんかとはかけ離れている。


「あの……」

 声をかけてきたのは近くの高校の制服を着た男の子だった。

「はい」

「ホワイトデーの贈り物を探していて、でも、その……予算が」

 生花で花束を作ろうとすると、高校生のお財布事情では厳しいかもしれない。

「プリザーブドフラワーとかはどうですか? ハーバリウムもお取り扱いありますよ。どちらも枯れたり特別手入れをすることないうえに、飾っておけるのでプレゼントにおすすめです」

「見せてもらってもいいですか」

 強張っていた男の子の表情が、安堵で弛む。

「こちらにどうぞ」

 ホワイトデーのお返しに花を選ぶのだから、きっとバレンタインデーにくれた子に特別な想いがあるのだろう。

 フルールはオーナーの趣味で、プリザーブドフラワーも、ハーバリウムも種類が多い。生花の花束よりは気安く買えるものもある。

 男の子の視線が右に左にときょろきょろと動いていて、明らかにどれにしようか迷っているのがわかる。

 わたしはお節介とは思いつつも、ころんとした丸い小ぶりなハーバリウムを手に取ると、彼に差し出した。内容は全体的にボタンのような小さな白いお花で纏まっている。花の中心にある管状花の黄色がいいアクセントだ。

「デイジーっていうお花が入っています。日本だと、ヒナギクってお名前が有名なんですが。花言葉は『無邪気』『純潔』『あなたと同じ気持ちです』です。いかがでしょうか」

 わたしの特技は、この花言葉を覚えていることだ。お店にある花なら、おおよそ網羅している。オーナーもそんなわたしの特技を買って、このお店に置いてくれることになった。

 男の子は一瞬びくりと肩を震わせて、赤くなった顔を誤魔化すように、俯き加減で「これにしてください」と呟いた。

「では、軽くラッピングをしますね。レジへどうぞ」

 レジに案内すると、満面の笑顔の王子が立っていた。

 知らない人からすれば、とても美しい笑顔なのだろうが、わたしからしたら恐怖でしかない。

 ――何を企んでいるのだろうか。

 背筋をぞわぞわと、気持ち悪さが駆けていく。

 王子を視界に収めないように男の子のお会計を済ませて、ラッピングをしようと、作業台へ向かう。

 レジの奥の作業台は、ショーケースの裏になっているため店内からは死角になっている。

 王子は接客に戻るだろうと踏んで、作業台の隅のほうを陣取った。

 箱に緩衝材とハーバリウムを詰めて、包装紙で包んでいると、真後ろから男性のものとは思えないほど、白くて指の長い綺麗な手が作業中のわたしの手の上に重なる。

「……なんですか」

「誰が色目使って接客しろって言った」

「色目なんて使ってませんけど!」

「使ってる!」

 色目を使ってるのはあんたでしょ、と言い返してやろうと顔を上げると、王子は何かに耐えるように下唇を噛んでいた。

 ――なんで、あんたがそんな表情してんのよ。

 言い返せなくなって、わたしは視線を逸らした。

 早く離れてほしい。こっちまでおかしい気分になる。

「……お前は俺の贈る花言葉だけわかっていればいい」

 王子は鮮やかな紫のラベンダーにキスをすると、わたしのサイドテールにしている髪の結び目に挿した。

 そして、自分の言いたいことを告げて気が済んだのか、振り向きもせずに店内へと戻って行ってしまった。

「……あー、もう! ずるい人!」

 王子は毎回、花をくれる。そのどの花にも、込められている花言葉が『愛』だの『わたしはあなたを見つめている』だの……愛の告白ばかりだ。

 ハーブの女王と名高いラベンダーにも、『あなたを待っています』という花言葉がある。

 けれど、一向に彼の口からはそんなロマンチックな言葉を聞いたことがない。……それどころか憎まれ口ばかりだ。

「早く言ってくれたらいいのに」

 もうわたしの心は決まっている。

 与えてくれる花も花言葉も好きだけど、大事なことはちゃんとその口から伝えてほしい。

 髪からラベンダーを引き抜くと、キスを落とした。


「さーて、お仕事お仕事」


 顔の熱さが引けるまで、男の子にはもう少し待ってもらうことになりそうだ。






おわり。










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王子様の花言葉 美澄 そら @sora_msm

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