第2話 マナー違反

ノックをするときはコンコンコンと3回叩くこと。

椅子に座るときは深くまで腰掛けないこと。

「本日はお忙しい中、面接をしていただきありがとうございました」とあいさつをするときの腰の角度は45度であること。

そして、それらをきちんとしなければ社会に受け入れられないことを知ったのは、企業から30通目の不採用通知を貰ってからだった。


ドジでノロマな亀と陰口を叩かれても仕方ない。就職活動の常識を学ぶことにこれだけ遅かったのは単純に面倒くさかったからだ。

「マナーなんて表面上のもので、そんなものはバカバカしい。だいたいそんなもんは面接官のおっさんが就職活動していたときには無かったものばかりじゃないか」と言っていた同級生は就職活動をそつなくこなし、内定をもらってからは残りの学生生活を悠々自適に過ごしていた。

一方、僕はと言えば売り手市場と言われている時代にも関わらず、

毎日毎日、面接に出向いているがから一向に合格の知らせが届かず、忙しい毎日を送っていた。


鈍感な僕でもさすがにメンタルが限界へと近づく。

そこへ31通目のお便りが届いたので、「これはもうどうしようもないな」と思ったので自殺をすることにしたのだった。


当てつけに応募した企業の屋上から飛びようと思ったのだが交通費がかかるので、近場のセキュリティの甘いマンションを選んだ。

屋上から柵を乗り越え「えいや」と飛ぶ。

少し気持ちの良い浮遊感を感じるとすぐに意識はなくなった。


その後、ふと目を開けると巨大なおじさんがいた。赤い顔をして鬼のような形相をしていめ手にはしゃくを持っている。さてはこの人が閻魔大王であるなと察した。

これから僕は天国か地獄かのどちらかに送り込まれることになるのだろう。

我が家は仏教系なので自殺をした人間は地獄行きなのだろうか。両親が生きている場合、成人してても賽の河原で延々と石を積み上げるのだろうか。あまり今と変わらない気もするが、周りに同じような人がいるなら今よりは幾分ましに感じるのだろうな。


「貴方はマンションから飛び降り自殺をはかったということで間違いはないでしょうか」

閻魔大王と思しき人は言った。

僕は「あ、はい」と我ながら気の抜けた返事を返す。

しかめつらしい顔で彼は僕のことを見ている。

「貴方はなんて礼儀知らずなんですか」

おや、なんのことだろうか。

「大きく3つの間違いを犯したことに気づいていますか」

ぽかんとした顔のぼくに向けて、呆れた顔で彼は話を続ける。

「ひとつ、飛び降り自殺する場合は靴を脱いで揃えること。整理整頓は基本です。それなのに靴を履いたまま飛び降りましたね。これでは警察に事故か自殺の区別がつかないではないですか。

ふたつ、遺書を書いておくこと。貴方がなぜ死んだのかを伝えることは半ば義務です。両親と不仲でない場合、親に謝罪の言葉でも書くべきでした。

最後に、人通りの少ない時間を見計らうべきでした。そして、万が一他人様にぶつからないようにしなければならなかったのです。幸いにも、今回はそのようなことにはなりませんでしたが、間違いなく貴方の落ち度です」

「そうすると、僕は地獄行きということでしょうか」

彼はムスッとした顔でにらみつける。

「どちらにも行ってもらう必要はありません」

そうするとどうなるのだろう。

「貴方の現世での活躍を心よりお祈り申し上げます」



気が付くと僕はアスファルトの上で寝転がっていた。

身体のあちこちが痛いが大きな怪我はなさそうだ。服に葉っぱがついていることから街路樹の枝がクッション代わりにでもなったようだ。

時計を見ると次の面接まであと6時間ほどある。ぼくは起き上がるととりあえず本屋で就職マナー本を求めて本屋に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

群像 @siojake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る