毒を食らわば鍋まで
深川 七草
第1話 毒を食らわば鍋まで
土鍋。
私の目の前には、コンロに載っている土鍋がある。
それには火は付いていない。まだ、下ごしらえを始めるところだからである。
「何をしたらいいでしょうか?」
「そうね、じゃあじゃがいもの皮でもむいてくれる?」
「わかりました
家庭科室で二人、二枚のまな板、二本の包丁。
授業では六人で使うテーブルに、数多くの食材が置かれていた。
そして並ぶ私たちは、それを順番に運び調理していく。
どうしてこうなるのかな。
私、
思えばこの、女性に偏見的とも取れる料理部に入ったのも、男の胃袋をガッツリ掴むためという古臭い考えのもとであった。
やっぱり運動部に比べれば人気がないけれど、まあ三学年もいればそれなりに人もいるわけで、普段は
「えー、部としての出し物についてですが、何かやりたいことあったらどんどん言ってよね」
「喫茶店」「クレープ屋」「パンケーキ店なんてどうかな?」
当然、食べ物が並ぶ。しかし、これでは教室単位の出し物と対して変わらない。
「和食っぽいものがいいんじゃない?」
なるほど、これなら料理部らしい。だけど、あんなおしゃれなものを学校で作れるのだろうか? いや、ひとつふたつ作れても、出し物にはならない。
和食で、量が確保でき、作り置きができそうなもの……。
こうして決まったのが“おでん”であった。
おでん屋、アニメのように日本酒が出たりはしないけど、ちょっとオヤジっぽい気もする。
「それじゃあさ。具材、何にしようか?」
この武田部長の問いに、いろんな意見が出たのはいいけれど、話を煮詰めていけば答えはコンビニのおでんであった。
「これじゃあダメだよねー」
コンビニに勝てる料理部などない。
文化祭の時期には涼しくなるだろうけど、まだ放課後は暑い。
で今、上島すみれ先輩、というか副部長と、二人家庭科室で何をやっているかといえば、コンビニに対向すべくおでんを作るための試作であった。
とそれは半分ウソで、提案された食材はそれほど特殊じゃなかったけど、実際におでんを作ったことがないものだから作れるかを試す必要があったというのが本当のところである。
「上島先輩、じゃがいもの皮終わりました」
「あら? 思ったより早いのね」
ピーラーがなくたってむけますよ、と自慢話を続けようしたけど、豚ばらを角切りにしていた上島先輩が少し顔をこちらに回したときに動いた長い黒髪が気になった。
「後ろで縛った方が良かったかしら?」
フワッとした毛先に目が行ってしまったことがバレてしまったようだけど、三角巾で後へ抑えられているで問題はないと思う。
「いえ、きれいな黒髪だなって。枝毛とかなくて、ほんとCMの人みたいです」
「ありがとう。でも料理には不向きだったかしら」
不向きというか、これで料理までうまかったらイチコロでしょ。
普段、チャキチャキ進める武田部長の横では、上島先輩はおとなしく見える。副部長というより奥様だ。
でもなんか、頼れる先輩っていうか、お姉ちゃん? みたいな。
「ああー、部長会議、早く終わりませんかね? 二人じゃ時間かかりますよね」
本当は、武田部長と二人で試す予定だったらしいけど、その話を聞いて手伝うと言えばそのあと、今度は部活間会議が決まったとなり戻るまで二人でやることになってしまっていた。
「まずは大根よね。なに? 加藤さん、大根といえば足って言いたそうね」
「もう、古いですよ先輩。それに大根みたいに白いなら褒め言葉じゃないですか」
褒め言葉にはならないと思うけど、上島先輩に当てはめるとそんな気がする。
「それならこっちの、はんぺんの方がいいわね。ほらほら、やわらかいわよ」
「もう先輩、押し付けないでくださいよ。はんぺんは最後ですからね」
「はいはい。早く入れると加藤さんみたいにふくれちゃうもんね」
ふくれてなんかいない……よね?
「あと、こんにゃくかな」
「そういえば先輩、こんにゃくって、三角に切ること多くないですか?」
「うーん、五角形にする?」
「いやいや、難しすぎるでしょ」
やばい、乗りでタメ口に。怒られるかな?
「ふふ」
上島先輩は、ニコニコしながらさっきカットした豚ばらをアルミの鍋で下茹でしている。
「ああ、私、卵かき混ぜますね」
ゆで卵ではなく、厚焼きたまごにして入れようとか凝るのはいいけど、手間が掛かりすぎじゃないかな? そんなことを考えていると、
「そうそう、アボカドも入れることがあるらしいわよ」
なんて上島先輩が言う。
「もう、無理ですって。豚ばら茹でて卵も焼くんですよ?」
「うんうん、そうだよね。じゃあ、穂波ちゃんが厚焼きたまごをジュワっと食べるところを見るだけで我慢しておくね」
小さく二回頷いた上島先輩の頬が上がり、目が細くなる。
「いや、先輩。これはお客さんに出すものですから」
「うん~。そっか残念。じゃあ、そろそろじゃがいも入れましょうか?」
じゃがいもは早く入れれば味が染みるが、下手をすれば煮崩れる難しい奴だ。
「はいはい。いもな私が入れますよぅ」
「ええ? 穂波ちゃんも古いんじゃない?」
さっきから穂波ちゃんって。合わせてすみれ先輩なんて言いませんからね。
「えっと、」
私は無視するかのように続ける。
「あとは、がんもどきでおしまいですね」
「王道のつみれちゃん、負けちゃったからね」
いわしをすり身にしたつみれではなく、豆腐がベースで野菜が入ったがんもどきがヘルシーということで選ばれた。豚ばらで十分ヘルシーではない気もするけど、出汁の助っ人になるということでそれはいいみたいだ。
だけど、つみれちゃんと私は同列なのだろうか?
「あとは煮立たないように火を弱めてっと」
火が通るのを待つ。
ガラガラ
「ごめーん」
温かい沈黙が破れ、戻ってきた武田部長の声が三人しかいない大きな家庭科室に響く。
「なんだー、すみれ。もう完成?」
「うんん。まだ火が通ってないと思う」
上島先輩はさわやかに答えた。
「どうしたの加藤さん? 顔赤くして」
「え、え、あー。まだ鍋をするには暑いですよね」
「そうだけどこれ、おでんでしょ?」
「そうですね。マロニー入れてないし」
武田部長の言葉に動揺が隠せない。
「加藤さんマロニー入れたかったの?」
「え!」
上島……先、輩?
終わり
毒を食らわば鍋まで 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
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