第10話

 暦の上では六月は夏に属するらしい。凛花りんかと一緒に帰った日から一週間ほど経ったある日、朝から照り続ける太陽を小太郎こたろうは軽く睨み付けた。

 校門を抜けて昇降口へ入ると、下駄箱の前で一人の女子生徒が小太郎に声をかけた。同じクラスの青山あおやまさつきだった。青山は小太郎を体育館裏に連れ出すと、辺りに誰もいないことを確認してから彼に問う。


「凛花が事故に遭った日のことで、聞きたいことがあるんだけど」

「な、なに?」

「凛花に何か言われた?」


 何を言っているんだこいつは。――と口が開きそうになりながら、小太郎は事故に遭う直前に彼女が言った言葉の前まで時間を遡る。直前の言葉だと、本当に自殺したいと訴えていたようにしか聞こえないからだ。凛花と一番仲が良い彼女に、その言葉を伝える必要はないだろう。


「名前を、呼んでくれてありがとう……的な?」

「……それだけ?」

「ああ。久々にアイツと学校以外で話したから、つい名前で呼んじゃって……昔の名残って言うか」

「そう……わかった。それと、個人的なことで言いたいことがあるの」


 青山は一度深呼吸をすると、何かを決意したかのように背筋を伸ばした。そして小太郎を真っ直ぐ見て笑って言う。


「私、一年の時から溝口みぞぐち君のことがずっと好きだった」


 突然の青山の言葉に戸惑いが隠せない。まさか自分が告白される側にいること自体、あり得ないと思っていたこともあるが、それ以前に青山さつきという人物から言われるとは思ってもみなかったのだ。


「一年の時、溝口君と一緒に学級委員をやってたの覚えてる? 面倒くさそうにしててもちゃんとやってくれて、その時から好きだって自覚してた。でも凛花と話している時の溝口君は楽しそうで、ちょっと……ううん。結構凛花に嫉妬してた。最初は二人が付き合っているものだと思ってたから、諦めていたけど、でも付き合ってないって聞いて、ちょっとホッしたの。だからその時に私が溝口君のことが好きだって相談した。そしたら頑張れって、応援してくれた」

「ちょ、ちょっと待って。そんなことを凛花に相談してたの?」

「そんなこと? 私にとっては大切なことだったんだから! ……でもあの子も悩んでたのも知っていた。いつも笑ってるから気付かなかった、ううん、気付いてて知らない振りをした。だって私も悩んだから。――それで、事故に遭う三日前くらいに、言われたの。『私が私の事を忘れたら、ちゃんと伝えるんだよ』って」

「それって――」


 どういう意味? と言いかけた途端、後ろから物音が聞こえた。振り向くとそこには凛花が信じられない、といった表情を浮かべて立っていた。教室で二人の姿が見えなかったことで、探しにきたらしい。


「り、凛花?」

「えっと……もうじき授業が始まるのに二人ともいないから探しに来てみただけ……と、取り込み中だったね! 私先戻ってるから! また教室でね」


 凛花は二人の言葉も聞かずに、足早に立ち去った。その後を追いかけようと青山が走り出そうとすると、小太郎は彼女の腕を掴んで引き留め、体育館の壁に彼女の背中を押し付けた。青山はいきなりのことで頬を赤らめたが、彼の表情を見て身震いした。今まで見たことのない睨みつけるようなその表情は、怒りを露にしているのがよくわかった。


「青山……『私の事を忘れたら』って、どういう意味?」

「えっと……」

「アイツ、事故に遭う前に誰にも相談できない悩みがあったらしいんだけど、青山は知ってるの?」

「……どうして、そこまで?」

「……大切にしたい奴が目の前で消えたんだ。唐突で呆気なくて、悲しむ暇さえなかった。アイツが戻って来なくても、飛び出した理由を知るべきだと思った。……知っているなら教えて欲しい。飛び出した時のアイツの顔、思い出したくないから」

「…………何よ、それ」


 ――私、遠回しに振られてるじゃない。

 青山はそう呟きながら、うっすらと浮かべた涙を掴まれていない袖口で拭うと、少しずつ話し始めた。


「溝口君、正夢って信じる?」

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