第7話

「――突然で大変申し訳ないんだけど、混乱しないで真っ直ぐボクの話を受け止めてくれるかな」


 夕日の朱がやけに映える空の下、見知らぬ少年が小太郎こたろうの前に立つ。

 白いパーカーに白いズボン。背負っているバッグには可愛らしい羽がついており、白いキャスケットを深く被っていて顔はよく見えない。いや、彼は少年なのだろうか。珍しい銀髪のショートカットは、一見少女にも見えなくはない。中性的な顔つきの人物と今自分がいるこの場所に、小太郎は眉をひそめた。


「……誰?」


 混乱するな、と言われても困るものは困る。実際小太郎は先程までいつもの教室で、この日最後の授業――ホームルームを受けていたのだから。担任の教師からの連絡事項が淡々と続くなか、軽く目を瞑って一分もしないうちに目を開いた場所がこんな殺風景なはずがない。

 これは夢か――いや、意識はすごくハッキリしている。首を傾げながらも少年に何者かと問うと、彼は笑って答える。


「ボクはボクであって何者でもないよ。ただ、キミに話さなければならないことがあったから、こうしてキミの前に現れただけなんだ。すべては必然。偶然なんてものは理解に苦しむよ」

「……はあ」


 意味がわからん。

 少年の言葉は紛らわしく、余計に彼を混乱させた。


「キミの、幼馴染の女の子の話なんだけどね?」


 少年ははっきりと言ったその言葉に、小太郎は目を見開いた。なぜ今ここで彼女について話さなければならないのか。


「気になっているんじゃないかと思って。事故の真相、知りたいでしょ?」


 ふと周りに目を向けると、先程と光景が変わっていた。

 夕暮れの時間帯だったにも関わらず、照りつける日差し、雲一つもない青空、見慣れた交差点。歩行者用の信号機は赤いランプがチカチカと点滅している。この光景は、あの日とそっくりだった。


「――あの日、ここで事故に遭うのは彼女ではなく他の人物だった」


 少年はまるで物語を読み始めるかのように、ゆっくりと優しい声色で話し始める。


「それは彼女にとって大切な人で、失いたくないと願っていたからこそ、彼女は自ら飛び出したんだよ」

「どう、して」

「人の深層心理なんてボクがわかるわけないでしょう? キミにはわかるかい? 彼女の考えていたことが」


 そう問われると、小太郎は唇を噛んだ。

 幼い頃からずっと隣にいた彼女のことを思い浮かべた。好きな食べ物、嫌いなもの。家族構成や将来の夢。家族以外で誰よりも沢山話したはずなのに、何も思い出せない。

 ――いや、そもそも記憶の中の彼女は本当に『古賀凛花こが りんか』なのかとまで疑ってしまう。考え込む小太郎を横目に、少年は話を続けた。


「彼女にはね、秘密があったんだ。それは幼馴染のキミにも両親にも話していない悩み事があった」

「悩み事?」

「そう。でもそれはキミが直接聞いて。他人を助けるために自分の命を差し出した彼女が信じられないのなら、キミが本当の彼女を見つければいい」


 少年はそう言うと、小太郎の後ろに向かって指を指した。その先を見るように振り返った瞬間、車のブレーキ音が辺り一帯に鳴り響いた。

 衝突した時と同じ車が学生服を来た男女の二人組に向かって突っ込んでいく。半袖のシャツを着ている男子生徒が、隣にいたセーラー服の女子生徒を突き飛ばしたその瞬間、数メートル先まで飛ばされたと同時に小太郎の顔に赤い絵の具のようなものが飛び散った。


 ――い、や……

 ――いやあああああ!


 無事だったセーラー服の女子生徒は、その場に立ち崩れて泣き叫んだ。

 彼女――凛花の頬に流れた大粒の涙が、溶けて地面に落ちていったバニラアイスが重なって見えた。

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