第5話
――あの日は五月にしては夕方になっても夏並みに暑く、更に教室内の人工密度に耐えきれず早く終わった学校から出て近くのベンチで一休みしていた。丁度そこに、久々に一緒に帰ろうと凛花がやってきて、二人でコンビニでアイスを二つ購入。それから食べながら歩き、横断歩道の前で止まった。この時歩行者用の信号機は赤だったが、車はあまり通っておらず、彼らが横断歩道で立ち止まった時は一台もなかった。そして凛花が何の前触れもなく、まだ信号が赤にも関わらず道路に飛び出した。丁度そこに、スピードを落とし始めた乗用車と衝突し、凛花は数メートル先へ飛ばされてしまった。
「……それから近くを歩いていた人が救急車を呼んでくれて、そのまま病院に着くまで一緒にいました」
一通りの事情を説明すると、警察官の一人が小太郎に問う。
「いくつか質問します。貴方と彼女との関係は?」
「クラスメイトで、保育園からの付き合い……要は幼馴染です」
「一緒に帰ろうと言ったのは?」
「彼女の方からです」
「彼女は学校ではどのような人ですか」
「クラスの中心で、いつも明るく振る舞っていました」
「彼女を妬む人物に心当たりは?」
「ありません」
「それでは、貴方はどうですか」
「え?」
「貴方は彼女のことをどう思っていますか?」
警察官の質問に言葉が詰まる。――自分にとって凛花とは。
「……俺を助けてくれた、大切な奴」
小太郎はそう言うと、頭の中で泣いていた自分を思い出した。
小学生の時の小太郎はクラスの男子の中で一番背が低くて、何かしらいじられる対象にされるといつも泣いていた。クラスの児童達は単純に楽しいからという理由で茶化していたが、小太郎は次第に怖くなって教室に入ることを恐れていた時期があった。そんな彼に、凛花は言った。
――泣いたっていいよ。思いっきり泣いたら笑って。
――そして大きな声で言ってやればいいんだよ! 「それがどうした!」って。
少々強引な言い方でもあったが、それからの小太郎は怯むことなく小学校を卒業するまで教室に居続けることができた。
「今の俺がちゃんと学校に通えているのは、『泣くだけ泣いて笑え』って教えてくれたアイツがいたからです」
「……そう、ですか」
警察官は彼の話を聞くと、言いづらそうに顔を歪めて口を開いた。
「落ち着いて聞いてください。今、警察では事故と事件の両方で捜査しています」
「事件……?」
「ええ。
テレビドラマでよく観る光景に、まさか自分の目の前で起こるとは思ってもいなかっただろう。まるで台本が用意されていたかのように、小太郎は動揺しながらも口を開いた。
「俺が、アイツを突き飛ばしたって……俺がアイツを殺そうとしたって言うんですか?」
「いや、だからあくまで可能性が……」
「証拠もないのに、なんでそんな簡単に決めつけるんですか」
「落ち着いて、溝口さん」
「なんでこんなことになったのか、知りたいのは俺なのに!」
自分に向けられた疑いの目と、その怒りと悲しみが収まらない。自分が訴えられる意味がわからない。口を開き始めたら止まらない、止められない。なぜ凛花が飛び出したのか、なぜ彼女はあの時涙を浮かべていたのか。
――最後に会えたのが小太郎でよかった。
最後に口にした彼女の言葉が、未だに耳から離れない。
ああ、記憶なんてなくなってしまえばいい。声も光景も見えなければよかった――そんな真っ黒な後悔が、小太郎を襲う。
「貴方の言うとおり、証拠もないのに貴方が犯人だという事実があるわけではありません。私は貴方を信じます。また何か思い出したことがあったら教えてください」
警察官はそう言って電話番号が書かれた自分の名刺を小太郎に渡すと、その場を去った。残された小太郎は名刺を見つめると、迷いもなく半分に破った。
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