第4話
「――軽自動車が減速していたのが幸いでした。外傷は残ることはありませんが、頭を強く打った衝撃で、何らかの障害を負っているかもしれません。本格的な検査は本人が目を覚ましてからになります。ご家族の方は……ああ、連絡していただけましたか。でしたら、到着するまで彼女の傍にいてあげてください。何かありましたら、ナースコールを押してくださいね」
通りすがりの通行人が呼んだ救急車に飛び乗って、病院の処置室と病室の前で何時間その場に立ち尽くしただろう。
「凛花、凛花!」
「落ち着け、医師の話だと頭を打っているはずだ。揺らしては……」
凛花の体を揺らそうとする母親を、父親が肩に手を添えて抑えた。母親が落ち着いたところで、その時の状況を説明すると、母親が小太郎の肩を掴んで問う。
「どうして……! どうして、貴方がいたのに止めてくれなかったの!? 貴方が止めれば、凛花はこんなことにならなかったかもしれないじゃない! それとも、貴方が突き飛ばしたんじゃないでしょうね!?」
「母さん、落ち着け。小太郎がそんなことするわけ……」
「娘が死にかけているのに落ち着いてなんていられないわ! どうしてあの子がこんな……こんな、ことに、なるなんて……!」
肩を掴んだままその場に立ち崩れる母親を、小太郎は見つめるだけだった。
――俺だって知りたい。
――どうしてこんなことになったのか。
小太郎でさえ、この状況をすべて理解できていないのだ。信号機が赤にも関わらず飛び出した彼女は最後に彼に向かって笑った。
『最後に会えたのが小太郎でよかった』と言い残した彼女が、わからない。
「……すみませんでした」
泣き崩れる母親に、小太郎は深く頭を下げた。自分が凛花を突き飛ばしたわけではない、でも止められなかったのは自分のせいだと思った。
もう何も考えたくない、あの光景を思い出したくないできれば忘れてしまいたい。
何もできなかった自分が、憎い。
すると深く頭を下げた小太郎の肩に、凛花の父親が優しく触れて上体を起こさせる。
「俺が認めた男が、娘を突き飛ばす訳がない」
「……っ」
「俺達は医師と詳しい話を聞いてくる。凛花の傍にいてやってくれ」
父親はそう言って、泣き崩れた母親を支えて病室を出た。また静かになった病室に響くのは、凛花を繋ぐ心電図の機械音。小太郎はベッドの近くにあった椅子に座ると、凛花の手を握った。規則的に脈を打つ彼女の手をぎゅっと握ると、軽く握り返してきた。
「凛花……?」
小太郎は彼女に問いかけるが、反応はない。握り返されたのはそれきりで、彼女の両親が戻ってくるまで彼女の手を握っていた。
事故から三日後のことだった。
学校から呼び出された小太郎が病室に向かうと、彼女の両親とベッドから起き上がっている凛花がいた。ベッドサイドで彼女に抱きついて泣いている母親と、肩を支える父親。しかし、目を覚ました彼女の表情はボーッとどこか遠くを見つめていた。
小太郎が病室の前で立っていると、父親が気づいて近くにこいと手招きする。言われた通りに近くに行くと、凛花は小太郎に視線を向けた。
「……だれ?」
虚ろな表情で呟いた凛花の一言に、小太郎も両親も困惑した。
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