第3話

 ――人の気も知らない癖に。


 コンビニでアイスを選ぶ凛花りんかを見ながら、小太郎こたろうは小さく毒づいた。あれでもない、これでもない。いつもこれを選ぶがこちらも捨てがたい。あーだこーだと唸って悩む凛花の優柔不断さは、幼い頃から変わらないという。隣でいつも見てきた小太郎は呆れながらも、何となくミックスフルーツのアイスバーを取る。


「え、小太郎はもう決まったの? ……って、珍しいのにしたんだね!」

「へ?」

「だって前までバニラアイスだったじゃん! ほら、これ! パッケージが新しくなったけど味は変わらない美味しさ!」


 小太郎の目の前に突き出されたのは、バニラビーンズが散りばめられた昔ながらのバニラアイスバーだった。


「なんの宣伝だよ……今日もそれにするの?」

「めっちゃ悩んでる! 同じメーカーでラムネ味が出てて……」

「へえ、バニラしかないと思ってた」

「結構種類あるよ? 二月にチョコレートとか」

「雪降っていても食べるの? 腹下すよ」

「炬燵にアイスでしょ!」


 迷いに迷った末、凛花はいつものバニラアイスにした。小太郎は凛花からアイスを奪うと、自分のアイスと一緒に会計を済ませてコンビニを出た。歩きながらアイスを取り出して、口へ頬張る。フルーツの甘酸っぱさとシャリシャリとした食感が喉を通っていくと同時に、こめかみの辺りに突然痛みが走った。


「……っう」

「あ、今キーンてなったでしょ」

「……保冷剤が欲しい」

「何に使うの?」

「額を冷やして痛みを相殺する。これが結構効くんだよ。かき氷とかおすすめ」


 カップアイスならまだしも、棒アイスだとこれができないから不便だよねー、と頭に響く痛みをなんとか我慢して通りすぎるのを待つ。その間、凛花はバニラアイスを小さくかじり、口のなかに広がる甘さの余韻を楽しんでいた。


「頭が痛い小太郎君、バニラアイスはいかが?」

「……もらう」


 少し痛みが引いたところで差し出されたバニラアイスに一口かじりつく。フルーツ系の甘さとは違った、ふんわりと香るバニラと濃厚なミルクの甘さに、小太郎は頬を緩めた。


「やっぱアイスはバニラだよね。安定すぎて落ち着く」

「そう言って今日はミックスフルーツじゃん」

「うん……やっぱりバニラにすればよかった」

「え、なんの後悔?」

「お返しいる?」

「いいの? もらうっ!」


 今度は小太郎が差し出したフルーツアイスバーを、凛花が大きな口を開けてかじりついた。吟味しながら食べ終えると、眉間にシワを寄せて感想を述べる。


「……バナナ感やばいね」

「うん。市販のミックスジュースを凍らせました感が拭えない」

「バナナ、リンゴ、ミカン……イチゴ?」

「残念。イチゴは入っていない。『隠し味でニンジンが入ってます』だって」

「それフルーツじゃない! 根菜だよ根菜!」

「その顔は美味しくなかったんでしょ。ニンジン嫌いだもんね」

「うっ……」


 凛花が眉間にシワを寄せる時は、彼女が苦手なものを食べたり目にしたりした時。長年の付き合いでわかる、小さな癖を見逃さなかった小太郎は、リュックからペットボトルに入ったお茶を取り出した。


「生ぬるいけど」

「うう……ありがと。って、泡できてる!?」

「麦茶ビールの完成」

「小太郎、そういうおふざけ好きだよね」

「大丈夫、そういうのは凛花にしかしない……ってオイ!」


 ペットボトルを渡しながら言うと、凛花が急に固まってペットボトルは宙に浮いた。間一髪で小太郎がキャッチすると、凛花は我に返ったように慌てた。


「ご、ごめん……いま……」

「ちゃんと持ってよ……何で固まってんの。なんか俺、変なこと言った?」

「……った」

「は?」

「『凛花』って、呼んだ……!」


 耳を真っ赤に染めた凛花を目の前に、小太郎の思考が一瞬止まった。そしてたった数分の出来事を思い返すと同時に、自分の体温が急上昇していくのを感じた。


「……べ! 別に普通だろ!?」

「だ、だだだって、ここ数年学校では名字だし、話していてもお前、とかだったじゃん!」

「時々言うからいいんだろ」


 小太郎がむすっとした顔で凛花を見ると、彼女は何も言えず、手に持っていたペットボトルの中のお茶を一気に飲み干した。そして空になったペットボトルを小太郎に押し付けると、前を向いて歩き出した。


「なんで怒ってんだよ……」

「怒ってないですー小太郎のわからず屋!」

「はあ!?」


 軽い口喧嘩をしながら横断歩道で止まる。歩行者用の信号機が青になるのを待っていると、小太郎、と小さく呟いて凛花は真っ直ぐ前を向いた。棒に残っているバニラアイスは溶けて、コンクリートの地面にポタポタと零れて染みを作る。


「アイス溶けてんじゃん、そんな持ち方したら全部……」

「……小太郎、すごく久しぶりに名前を呼んでくれたね」


 様子がおかしい、と思った小太郎が凛花の顔を覗くと、彼女は遠くを見ながら続けた。


「最近……っていうか、高校入ったくらいから話すこと少なくなって、ちょっと寂しかったんだ。学校じゃあ名字で呼ぶしさ」

「……それは」

「だから、嬉しかった」


 凛花は小太郎を見ると、目に涙を浮かべてにっこり笑った。


「最後に会えたのが小太郎でよかった」

「は……」


 彼女はそう言って信号機がまだ赤いランプが光っているにも関わらず、凛花は道路に飛び出す。手に持っていた溶けかけのバニラアイスは、完全に地面に落ちた。

 ブレーキ音が鳴り響く。


 「今日が命日になるかもしれない」――数分前に自分で呟いた言葉を恨んだ。

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