第2話
それは蒸し暑い五月のことだった。
昼間の暑さは夕方になっても変わらず、コンクリートからジリジリと陽炎が揺れていた。ぼんやりとした表情で歩く少年――
「……暑い」
滴る汗は止まることなく、ポタポタと垂れてくる。梅雨入り前の五月にしては真夏のような気温で、一般的な衣替えより先に学校指定の半袖のワイシャツを取り出した。小太郎の通う高校が学ランを着用するのが決まりなのだが、さすがに熱中症になりかねないので許されたという。
「……今日が命日になるかもしれない」
冗談まがいなことを小さく呟いた。ようやく見つけた日陰のベンチに座って腰を下ろしたが、生ぬるい風が汗ばんだ肌を撫でる。そのベトベトした感覚が気持ち悪い。鞄を脇において空を仰ぐようにして見上げると、少女が覗き込んでいた。
「……」
「……よっ!」
「……うおわあああ!?」
突然現れた顔と目が合い、一時の沈黙が流れると小太郎は驚いてベンチからずり落ちた。コンクリートの上に思い切り尻餅をつくと、少女は腹を抱えて笑った。
「これくらいで驚きすぎ!」
「だ、だだ誰のせいだよっ!?」
「私、挨拶しただけだもーん」
少女――
「……で、なんでここにいるの。今日はクラスの女子とクレープ食べに行くんじゃなかったの?」
「さっちゃんがバイトだから明日になった! テスト期間中で学校早く終わったし、久々に小太郎と帰ろうって思ったらホームルーム終わってすぐ教室出ていっちゃうんだもん。声かける暇さえなかった」
「……だって暑いし、学校早く終わったらし」
「理由になってないよ!?」
小太郎と凛花は家が隣同士の幼馴染だ。保育園に通っている頃から二人はいつも一緒にいた。さすがに高校は別々だとお互いに思っていたが、凛花が第一志望の高校受験に落ちたため、滑り止めで受けていた高校に入学。その高校は、小太郎が第一志望で受かった学校だった。
目立ちたくなくて隅の方に隠れている小太郎と、いつも明るく振る舞うムードメーカー的な存在の凛花。彼女が小太郎を振り回すことが多く、諦めて付き合うことが多い。高校に入ってからはお互い勉強や部活動で忙しいということで、一緒にいることは極端に減っていた。
「小太郎、ちゃんと友達いる?」
凛花の唐突な問いに、小太郎は首をかしげる。
「いきなり何だよ?」
「だっていつもホームルーム終わったらすぐ帰るじゃん。部活は引退したし、委員会の仕事があるわけではないし。放課後、誰かと一緒にいるところも見かけないから……」
「休み時間や昼休みは
「でも放課後ゲーセン行こーって誘われても断ってるでしょ?」
「どこまで見てるんだよ」
「私は心配だよ……唯一の幼馴染、小太郎が友達と一緒に高校最後のスクールライフを満喫できるか、ちょー心配」
「これでも満喫している方だけどな!」
あーあ、と大きな溜め息と共に、凛花は空を見上げた。雲一つない、眩しい青空が広がっている。
「私がいなくなったら、小太郎は大丈夫なのかなーって心配になるんだよ」
――何を言っているんだ、と声をかけようとして小太郎は横目で彼女を見た。空を見上げている彼女の横顔は、どこか寂しそうだった。小太郎は脇においたリュックを背負い、ベンチから立ち上がる。横目でまた彼女を見ると、不思議そうに小太郎を見つめていた。
「なに?」
「……背ぇ伸びた?」
「今さら何だよ……高校からぐんぐん伸びてるっつーの。ほら行くぞ」
「行くって、どこに?」
「アイス、食べる人ー?」
「行く!」
小太郎が歩き出すと、凛花は隣に小走りで駆け寄った。嬉しそうに微笑む凛花を横目に、いつの間にか小太郎の頬も緩んでいた。
「せっかくなら駅前のクレープにしようよ! 小太郎の奢りで!」
「奢りはコンビニ限定デース」
「コンビニにクレープないじゃん!」
「定番でお手軽でしょ。それに駅前はこの前行ったじゃん。あ、でも根本的に食べ過ぎか。太るぞ」
「ふと……失礼ね!」
他愛もない話をしながら、コンビニを目指して歩く二人。
いつもの日常、いつもの風景。これが当たり前で昔から変わらない二人の距離は、どこか寂しげに見えた。
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