キスと漫才~明日お前に告白するから、お前で告白の練習させて~
近藤近道
キスと漫才~明日お前に告白するから、お前で告白の練習させて~
幼馴染みの
家が近所で同い年なものだから、母親たちが意気投合して、ずっと一緒に遊ばせていたのである。
学区は当然同じで、中学生になっても莉子とは一緒だ。
ずっと傍にいるから、俺と莉子は固い信頼で結ばれた仲間みたいなものだった。
困ったことがあれば助けになる。
両親に相談しにくいようなことだって、莉子とは話し合うことができる。
そんな味方が身近にいるって心強いし、悩みや不安を一緒に抱えてくれる人がいるってわかっているだけで、人生は幸せに思えてくる。
その莉子が、ある日の放課後、
「
と言ってきた。
「どうした?」
「人がいなくなるまで、残ってくれる?」
莉子は周囲を見回しながら言う。
教室にはまだ、掃除当番などが残っていた。
俺はうなずく。
「いいとも」
そして教室から誰もいなくなるまで、俺たちは別々に行動した。
トイレに行ってみたり、意味もなく廊下をうろついたりして、時間を潰す。
二人きりになった教室で、莉子は極めて深刻そうな顔をして言った。
「告白の練習がしたい」
「告白の練習?」
「明日、お前に告白するから、お前で告白の練習がしたい」
「ちょっと待とうか」
手で制止する。
莉子を黙らせて、俺は少し考える。
「俺に告白するんだよな?」
「そう」
と莉子はうなずく。
「その練習を、俺とやるのか?」
「そう」
「おかしくねぇ?」
普通、本人で練習はしないだろ。
しかも、告白するって言っちゃったら、もうそれ自体が告白じゃないか。
「的確なアドバイスももらえて、合理的だと思う」
「そりゃアドバイスは的確になるだろうな。俺がするんだから」
「うん。琢朗のアドバイスはいつも頼りになる」
にっこりと莉子は笑った。
俺を信頼しきって、一点の曇りもない表情だった。
「そういう意味じゃねえよ。告白する相手が俺なんだから、俺がアドバイスしたらそれは完璧な告白になるでしょうよってことな!?」
「よろしくお願いします」
頭を下げられる。
この状況、いったいなんなんだ?
「いや、まぁ。いいけど。やるけど」
そう答えてしまう俺も俺なのかもしれない。
「それじゃあ体育館裏で待ってるから、呼び出された琢朗が来るところから始めよう」
莉子は教室の窓際に行く。
そこが体育館裏という設定らしい。
莉子は窓の方を向いて立ち、俺に背を向ける。
俺は小走りで莉子の近くに行って、
「ごめん、待った?」
と声をかける。
すると振り向いた莉子が、
「この口を見ても綺麗と言えるのかぁ!?」
と口を大きく開けて、歯をむき出しにした。
「なんで口裂け女になってるんだよ。告白しろよ」
そう言うと、莉子はまた背を向けた。
一度ツッコミを入れると初めに戻るシステムだ。
「待った?」
と声をかけて、振り向かせる。
今度は一応告白らしい始まり方をした。
「実はね、私、琢朗のことが好きなんだ。あの夏のこと、覚えてる?」
「あの夏?」
どの夏かはわからないが、夏祭りのことを思い出す。
毎年、一緒に夏祭りには行っていた。
「あの日、あの場所で、琢朗があれを言って、私はあれを思った」
「全部曖昧じゃねえか。好きになったきっかけは覚えてろよ」
「告白難しい」
と莉子は渋面になった。
「音を上げるの早いだろ」
しかもボケていただけだ。
真面目にやる気はないのか?
「じゃあさ、一度琢朗が見本を見せてよ。私、琢朗の役やるから、琢朗は私の役やって」
「もしかして俺たち、入れ替わってる~?」
「じゃあ一度それでやってみよう」
「あ、こっちのネタはスルーなんですね。わかりました」
俺はさっきの莉子と同じように、窓際に立つ。
体育館裏で琢朗が来るのを待つ莉子、という設定の俺。
そして俺の隣に莉子も窓の方を向いて立った。
琢朗まだかな~?
って顔でそわそわしながら。
「いやお前が琢朗役だから。これだとお前が二人いる感じだから」
「もしかして私たち、二人になってる~?」
「ただのお前のミスだよ。あと、ネタを拾うならすぐ拾ってくれ」
ともかく再スタート。
莉子は一度教室の真ん中辺りまで行って、そこから小走りで俺のところに来る。
そして無防備な俺の背中に飛び膝蹴りをかました。
俺の顔面は思い切り窓に叩き付けられた。
「なにをぉっ!?」
「ごめん! 好きな気持ちが溢れて、飛び膝蹴りに化けてしまったんだよ、莉子!」
と莉子は叫んだ。
「化けねえよ!」
反撃の回し蹴りをするが、莉子は何事もないように一歩引いて回避した。
むかつく。
あと背中痛い。
「ってか、あれなのか? お前は後ろから飛び膝蹴りを食らわされると嬉しいのか? ときめくのか?」
「そんなわけないじゃん」
そうでしょうよ。
「でも私、首絞められると気持ちよくなるタイプかな」
「その情報、今聞かされても困るわ」
そういうプレイをする関係になってから言ってくれ。
言われても、首絞めるのはハードル高いけど。
「そもそも告白するのは俺じゃなくてお前なんだから、お前役の俺が好きだって言うんだからな?」
超ややこしい。
そもそも俺が告白の練習に付き合っている時点で既にややこしいのだけれども。
すると莉子は手を差し出して、
「じゃあ、告白をどうぞ」
と促した。
だけど俺は首を横に振った。
「まずお前が来て、『待った?』って言うところからな」
「あ、それやるんだ……」
「うん」
几帳面な、と莉子はつぶやいた。
でもちゃんと教室の真ん中まで戻ってくれる。
そして小走りで寄ってきて、今回はちゃんと攻撃せずに声をかけてくる。
「待った?」
「ううん、そんなことない」
「よかった。それで、話ってなんだ?」
そうそう。
そんな感じで、普通に会話を進めればいいんだよ。
「私、琢朗のことが好き」
と俺は言う。
そして、どうして好きになったのか、莉子の気持ちになって話す。
「いつも琢朗が傍にいて、私が楽しい時も悲しい時も、いつも一緒にいてくれた。私、琢朗が凄く優しい男の子だってことを、誰よりもよくわかっている自信がある。だから、これからは私の彼氏として、私に優しさと愛を注いでくれませんか?」
「お前、自己評価高いね」
ごくごく冷静にツッコミを入れられる。
凄く恥ずかしい。
確かに喋っていて気持ちが良くなっちゃって、調子に乗ったけども。
「ボケたわけじゃねーから……。お前の気持ちを代弁しただけだから……」
「わかったわかった。お前の気持ちはよくわかったよ。付き合おう」
低めの声で莉子は言った。
俺を演じ続けているつもりのようだ。
「そしてキスをしよう」
と莉子は言って、俺の肩を掴んだ。
「えっ、早くない? まだ心の準備が」
莉子を演じる俺も、無意味に高い声を出しつつ、抵抗する。
だけどその口を莉子に塞がれた。
長いキスだった。
俺たち、まだ実際には付き合っていないんだよな?
唇を離すと莉子は、
「なんか告白成功するような気がしてきた。明日、琢朗に告白するから、覚悟しとけよ」
と自信満々に言った。
「ああ、うん。よろしくお願いいたします」
「じゃあ帰ろっか」
「そうだね」
俺たちは一緒に下校する。
家は近いし、一緒に帰るのは小学生の頃から続く習慣であった。
キスなんてしなかったかのように、莉子は平然としている。
俺も同じように、普段どおりの顔を作って莉子と喋る。
告白の練習って、いったいなんなんだろう?
っていうか、告白の練習するの今日で二十回目なんだけど、いつ本当の告白が来るんだろう?
キスと漫才~明日お前に告白するから、お前で告白の練習させて~ 近藤近道 @chikamichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます