恐怖! 一生あそべるRPG!

怪奇!殺人猫太郎

恐怖のサービス終了

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一生あそべるRPG、ついに登場!

2019年夏――キミは新たな歴史の証人となる!

冒険者たちよ、旅に出よう! 無限の荒野を開拓せよ!


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 そんなキャッチフレーズとともに登場したのが、スマートフォン向けMMORPG『エターナルランド・オンライン』だった。

 しかし、大仰なキャッチフレーズとは対照的に、世のゲーマーたちの反応は冷淡だった――いや、はっきり「嘲笑された」と言ったほうが良い。


「画面が古臭い。プレステ時代の3Dモデルかよ」

「てゆーか、キャラがキモくない?」

「ゲームシステムのページが情報量ゼロなんだけどw」

「いくらスマホのソシャゲでもこれはない! ガラケー時代のポチポチゲー以下」

「ロゴwwww Wordで作っただろこれwwww」

「本当に出しちゃうのか、これ……?」


 『エターナルランド・オンライン』のティザーサイトが公開されると、瞬く間にSNS上に好事家クソゲーマニアたちの「賞賛の言葉」が踊った。

 しまいには「エイプリルフール用のジョークサイトが、誤って公開されてしまったのでは?」などという風説が飛び交うようになる。


 珍奇なネタを日夜追いかけているニュースサイトが、サイトに記載されているメーカー――全世界のクソゲーマニアたちも、聞いたことがない会社名だった――に問い合わせたが、返信が来ることはなかった。


 やがてゲームの事前登録が始まると、野次馬根性の権化のようなネット民たちは、こぞって登録ボタンを押しまくった。


「事前登録5万人突破ありがとう! 全プレイヤーに魔鵬石100個プレゼント!」

「事前登録10万人突破! 感謝の限定★5『無敵魔獣ゴルゴンテス』配布決定!」

「事前登録30万人! 超絶御礼 魔鵬石1000個+経験値アイテム100個追加!」


 ティザーサイトのトップには、次々と景気の良い文字が踊った。


 サービス開始日の一週間前には、ついに登録者の数は50万人を超え、ゲーム内通貨に相当する魔鵬石が、各プレイヤーに1万個配布されるという告知が出た。

 その間、肝心のゲームシステムのページは一切更新されず、サービス開始前日になっても「Coming Son……」と記されたままだった。「SonじゃなくてSoonだろ」「息子が来てどうするんだ?」などのツッコミが入ることもなかった。

 みんな、ゲームシステムには特に興味なかったのである。


 そしてついに、サービス開始当日。GoogleとAppleのストアからゲームアプリをダウンロードした全国数十万の野次馬たちの前で、『エターナルランド・オンライン』は、秘密のベールを脱いだ……のだが、開始1分にして、再びその姿はベールに覆われることになる。


〈緊急メンテナンスを実施しています〉


 この瞬間、全国で10万人が爆笑したという。


「やw っw てw くw れw たw」

「知ってた!」

「やっぱクソゲーwwwww」

「エターナルとは……?(※このままエタったほうがいい)」


 緊急メンテは、一日や二日では終わらなかった。

 ネットに誰かが書き込んだ「エターナルメンテ・オンライン」という言葉。それが示す通り、緊急メンテは無限に続くかと思われた。


 1週間、2週間……と時間は流れていく。

 SNS上には、「おいおい、ちゃんと作れよ」という穏当な批判から、ちょっとここには書けないレベルの罵詈雑言まで、さまざまな言葉が踊った。踊り狂った。ダンシング・オールナイトである。

 その90%は開発者に対する皮肉揶揄中傷——まぁ要するに、悪口のたぐいであった。


 緊急メンテナンスは、冗談抜きで永遠エターナルに続くかと思われた。

 しかし、聖書の神様なら5回くらい世界を作れるほどの時間を経て、それは帰ってきた。


〈お詫びとお知らせ:皆様にはこのたび、たいへんなご迷惑をおかけいたしました。ただいまメンテナンスが終了いたしました。『エターナルメンテ・オンライン』をプレイできなかったお詫びに、全プレイヤーに魔鵬石30000個を配布します。今後とも、『エターナルランド・オンライン』をよろしくお願いいたします。〉


 サービス再開とともにタイトル画面に踊った告知を見て、5万人が爆笑したという。先日爆笑した10万人の半分は、すでにこのゲームの存在を忘れていた。


「ちょwww 公式www その誤字はwwww」

「エターナルメンテなら、ずっとプレイしとったで!」

「今後って……。まだ続ける気なのか、このゲーム……」


 SNS上には、ちょっとここには書けないような言葉が溢れかえった。

 言うまでもないが、90%は開発者への悪口である。残り10%はなんだろうな? まぁいいや。


 しかしその後、SNS上の悪口の比率は限りなく100%に近づいていく。

 なぜって?

 なんてことはない。やっとまともにプレイできるようになったゲームの内容が、まったくもってまともではなかったからだ。


「なんで2010年代に、5ボタン連打ゲーをやらされなきゃいけないんだ……」

「ガラケー時代の底辺クソゲーのほうがナンボかマシ」

「なんでこれがGoogleとAppleの審査通ったんだろう」

「バラモン向けの苦行かなんかか? 最近は修行もデジタルなんだな」


 ゲーム内容は、まぁ、なんとなく察してください。

 まぁ、とにかくひどかった。

 MMOだっつってんのに何もマルチ要素がないとか、そういう細かい問題はどうでも良くなるくらいダメだった。いや、細かい問題じゃないな。


 それはさておき。

 ひたすらスマホやタブレットの中央部をタップし、ショボいグラフィックと長いロード時間を堪能するだけの作業に、全国5000人の物好きが悲鳴を上げた。


 さらに、選ばれし物好きたちの困惑を加速させたのは、ゲーム内通貨である魔鵬石――プレイヤーは略して「石」と呼んだ――の存在である。

 『エターナルランド・オンライン』では、一般的なソーシャルゲームと同様に、石を使ってガチャを回したり、行動力スタミナを回復したりできる仕様になっているのだが……。


「これさ、石を使い切れないんだけどw!」


 四千五百人のプレイヤーが爆笑した。


 なにせこのゲーム、石を10個使って11連ガチャを回せば「新たなキャラクターを獲得しました! ミッション達成報酬として魔鵬石100個プレゼント!」、石を割って行動力を回復し、新たなステージをクリアすれば、「ステージ○○突破! おめでとう! Kongraturation! 魔鵬石200個プレゼント!」といった具合に、石が増え続けるのである。


 ミッションやステージは、次から次へと限りなく湧いてくる。だれもこのゲームの底を見ることはできなかった。


 もちろん、毎日のログインボーナスでも石は配布される。

 ふつうのソシャゲと違って、プレゼントボックスなどという気の利いたものは実装されていなかったので、石を使い果たすことは不可能だった。プレイヤーの必死の努力をあざ笑うように、石はひたすら増え続けた。あたかも、宇宙に投棄された栗まんじゅうが如く。


 プレイヤーの中には、わざわざマクロを組んで、処理の早い最新鋭のスマホで石を割り続ける者もいたが、電源つけっぱなしで2週間放置しても、石の増殖速度を上回るのは不可能だった。


 なおこのゲーム、5分もプレイするとスマホが爆熱するので、常に外部の冷却ファンをぶん回し続けないとアプリが落ちる。


「一生遊べるって、そういう意味wwwwww」

「確かに一生遊べるわ。遊びたくないけど」

「無限の荒野wwwwww」


 三千人が苦笑した。

 選ばれし勇者たちも、そろそろ笑えなくなってきていた。


 サービス開始から二ヶ月近く経ったとき(その期間のうち、半分以上はメンテナンスだが)、苦行に耐えてきた精鋭たちは、以下の結論に達した。


「このゲーム、ジョークアプリだわ」


 そう確信したプレイヤーたちは、一人、また一人とゲームから離れていく。

 それから一月も経つと、残ったプレイヤーは全国で五人になっていた。そのうちの一人は、例の「マクロ常時冷却ファンぶん回しおじさん(仮)」である。

 彼はちょっぴり意地になっていた。


 さて、ある日。

 マクロ常(略)おじさんがスマホの画面を見ると、そこには見慣れぬ告知文があった。


〈大事なお知らせ:いつも『エタナールランド・オンライン』をプレイしていただき、ありがとうございます。まことに急ではございますが、本作のサービスを来月末日をもって終了とさせていただくことになりました。私の力不足で、このような結果になってしまったことを申し訳なく思います。なお、有料アイテムの返金処理につきましては、追ってお知らせいたします。〉


 この告知文を見て、五人のプレイヤー全員が「このクソゲーに課金したやつなんて、にいるのかよ」と笑った。

 人間は、「自分だけは特別だ」と思い込みたがる生き物なのである。お前ら全員、同じ穴の狢だっつーの。


 開発・運営からの告知文は、まだその下に続いていた。


〈『エターナルランド・オンライン』は「一生遊べるRPG」を標榜して参りました。私はその言葉を嘘にしないために、堅忍不抜の心で最後の取り組みを行います。〉


 それを見て、五人は「何を言ってるんだか」と笑った。


 そして、ついにサービス終了の日がやってきた。

 日付が変わろうとする直前、マク(略)おじさんは、虚無感と寂寥感、そして一種の達成感と安堵感を抱えながら、自室で爆熱するスマホを見守っていた。


「いよいよだな……」


 そう呟いたおじさんの横で、テレビがなにやら物騒な臨時ニュースを流していた。


〈さきほど入ったニュースです。本日22時頃、東京都○○区〇〇町にある雑居ビルの屋上に、大量の血のような液体が撒かれ、男が倒れているという通報が入りました。現在、警察が現場検証を行っているそうです。他のビルから現場を目撃した人の証言によりますと、屋上には魔法陣のような文様が描かれていたとのこと。また、周囲の住人からは、けたたましい笑い声のような音を聞いたとの情報が……〉


 血なまぐさそうなニュースに気を取られていたおじさんは、「ピピ」というタイマー音で、日付が変わったことを悟った。


「しまった!」


 ニュースに気を取られて、サービス終了の瞬間をスクショしそこねたのだ。

 おじさんは慌てて、爆熱するスマホに目を移す。


 スマホの画面には、何も写っていなかった。電源を落としたかのような、漆黒の闇が広がっていた。

 ゲームが終わる瞬間を見逃した!――おじさんが舌打ちしようとした、その瞬間だった。


「たああぁぁびにいいいぃ! でよおおぉおぉぉおおお!」


 甲高い声とともに、スマホの画面からドロリとした影のようなものが立ち上った。

 は蛇のようにトグロを巻き、おじさんの体にまとわりつく。

 おじさんが「ヒィッ……!」とか細い悲鳴をあげると、影の一部分にスッと切れ目が入る。

 切れ目は、まるで笑うかのように禍々しい弧を描いた。


「ままま、まほぉおおせきぃいい! いっしょううううぅぅ……!」

「ひいぃぃい! な、なんなんだお前!」

「いいいいいっしょううう、あそ、あそあそそそお、あそ、べる!」

「は、はなせ! やめろ!」

「うううううう、うそじゃなああぁぁああああいいいいいい!」


 影は切れ目を大きく広げ、そこからおじさんの体を飲み込んだ。


「ぷれぜんとおおおぉぉぉおおおおお! あげるううううう!」


「ムっ……! ムゴ……ッ! オ……!!」


 影の体内から、くぐもった悲鳴が聞こえた。

 さらに、何かが暴れ……そして潰れて、砕ける音。

 やがて不快な音が途絶えると、影は切れ目から「ゲフッ」と下品な息を吐いた。



 人がいなくなった部屋で、影がそう呟いた。

 その傍らでは、テレビがさきほどのニュースの続報を伝えている。


〈いま入った情報によりますと、病院に運び込まれたのは自称・ゲーム会社社長の■■■■さん。病院についてすぐ、死亡が確認されたそうです。首には鋭利な刃物で切られた跡があり、すぐそばには「最後までやり抜く」と書かれたメモがあったそうです。警察は自殺と他殺の両面から捜査を……〉


「ご、っごっ、ごじゅうまんに……! ああ、ありあああありがとう……っ!」


 テレビのモニターの明かりだけが差す部屋の中で、影が吠える。


「いいい、いっしょうあそべるああああるぴいじいぃぃぃぃ!」


 影が部屋の窓に近づくと、ひとりでにガラスが砕け散り、破片がキラキラと舞った。


「ごぉっぉおおおじゅうまんにんんいにににんにぃぃぃいいいいい!」


 歓喜の叫びとともに、影は夜空を羽ばたく。


「ぷれぜんと! ぷれぜんと!」


 やがて影は漆黒の闇へと消えてゆく。


「ぜえええん、ぷれいやぁぁぁぁああにぃ! ぷれぷれぜんとぉぉおお!」


 そんな叫びだけ残して。

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