第6話 これはやばい

 やばい。

 これはやばい。

 鏡を前にして、私はだらだらと内心で冷や汗を零した。

 成長痛に襲われ、ほとんどを寝込んだ一ヶ月。

 それから一気に落ちた体力を取り戻すのと、自身のコントロールの利かなくなった体のバランスを整えるリハビリ。

 完全復活には二ヶ月ほどかかってしまった。

 体調を見ながら、お仕事もした。ちょっと指が動かしにくくなっていた時は焦った。

 その間、自分の容姿の変化など、気をとめていられるはずもなかった。

 薄い赤毛っぽかった髪色は、虐待の五年間で汚れて痛んで灰色だった。

 この屋敷に来てメイドさん達に洗ってもらって、自分の髪から赤が抜けて白髪になっていたことには気づいていた。

 そして現在の私の髪は……。

 痛んだ部分はざっくり切り落とされ、さらりと短めのおかっぱとなっているのだが……輝きはただの白髪ではない。


 銀色だった。


 私が自分で操る魔力の糸とほとんど変わらない輝きが、小さな頭部を煌めかせている。

 どうやら痛んでいたせいで、白髪にしか見えなかったらしい。さらに乾燥してガサガサだった肌はつやつやのもちもちになり真っ白しっとりだが、全体的に細い。

 手足は一五歳にふさわしく伸びたのだが(小柄にだが)、細くて握ったら折れてしまいそう。胸も尻も、ウエストもなかった幼児体型……いや、下腹部は餓鬼のようにぽこんとふくれていた体つきも……くびれと丘が生まれていた。

 掌で泳いでしまうくらい、ささやかな丘……胸だ。両手を当てるとほわっとした柔らかさを感じる。桜色の頂は小さめだが、美乳だ……見たら優しく可愛がらずにはいられない不思議な色気、あやしさがある。お風呂でメイドのお姉様方にも散々揉まれたが、小ささゆえか型崩れもこれ以上の成長もなかった。

 そこからきゅっと締まったウエストは、コルセットもいらないほど細い。

 ちなみにコルセットは健康に悪いから、ソフトな物から矯正下着程度へと変化させていっている。

 皆、胸も体も締め付けすぎだったからね!

 今はこの家のメイド姉様達は、ほとんどの皆さん矯正下着程度になってるけどね。

 ヌィール家では気にならなかったことだが、優しい皆さんの健康と体調は気になって、早々にテコ入れしました!

 お尻も小さいなりに、ちょっとは大きくなっていた。

 医師助手メイドお姉様の話では、幼少期の栄養不足の深刻さは精霊付きでなければとっくに死んでてもおかしくない状況だったので、これ以上の女性的な成長は初潮が来ても望めない可能性が高いと言われた。


「守護精霊付きで、これはすこし、まずいな」(傍点あり)

「迷宮ポーションの手配はしております」

 医師助手メイドお姉様の言葉を聞いたロダン様とウルデ様の、会話の意味は……その時の私には分からなかった。


 本当は、すこしまずいどころではなかったこと、そして私が血筋を繋がなければ、蜘蛛の継承契約が絶たれてしまうかもしれないことを。

 蜘蛛の……魔物が基本的に単体繁殖で、ヌィール家の蜘蛛がそれを契約でコントロールしていることも。契約が断たれたら、凶暴な蜘蛛の魔物が大量に繁殖してしまう恐れがあることも。

 それから私がヌィール家で、ずっとこっそり精霊治療していたことを知った関係者は、もしかしたら私の蜘蛛以外、精霊を食らう魔物の本能に堕ちているかもしれないと、予想していたらしいことは、ずっとあとで知ることになる。


 脇も股間も無毛なのもそのせいか、急成長のせいか、どちらかだろうと言われた。

 こちらも今後生えない可能性は高いと言われた。

 処理の面倒がなくていいけどね……前世での、特有の単語が頭に浮かんだが、女性として黙っておく。

金褐色の目だけがぐりっと大きかった顔のシワの部分は、健康な肌色と肉のバランスでもって目が大きめくらいで収まり、飢えた子供独特の特徴はなくなっていた。そして、がさがさだった唇はつるつるぷるるんな、リップも塗ってないのに桜色。鼻は少し低めだが、欠点というより童顔っぽい容姿をひき立てる顔のパーツバランス。


 本当にやばい。

 なんだこの容姿!

 完全にロリコンホイホイじゃないか?


 栄養バランスばっちりな、ちゃんとした量の食事と精霊エキスの効果がこれだっ!

 と、いう状態だった。

 危うい雰囲気を醸し出す、精霊のような美少女。

 それが前世の目から見た、今の私だった。

 本当にこれまでの五年間、私の命は精霊さん達によって繋ぎ留められていたんだなぁとしみじみ感じた。

 精霊エキスがあって、あのボロボロ成長停止、餓鬼状態だったのだもの。

「……」

 リハビリ後半辺りから、メイドのお姉様方が私を着飾らせたがったわけがよく分かる。

 我ながら、これに着せたい服を作りたい欲求が山と湧いて出る。

 下着はキャミで十分だよね。レースとか甘いのもクールなのも合いそう。

 レースのガーターベルト欲しい。太ももまで絹の靴下で覆いたい。

 寒色も暖色も合いそうだけど、くっきり原色は避けた方がよいだろう。銀の髪や琥珀色の目、幼い容姿が浮いてしまう。

 それに、ヌィール家の女性……母親も妹も、原色ドレスばっかりだったから、イメージ的によくないのもある。

 完全に、顔立ちの種類が違うわ……本当にあの家の子供だったのかしら?

「じつの、おや、似て、ない」

 鏡を覗きこんで呟く私に、周囲のメイドさんやリーヌさんは深く頷いてくれた。

「どちらかというと、王家の顔立ちですね。五代ほど前にヌィール家に降嫁された王妹、美姫ソワール様に似てらっしゃいます」

 やっと完全復活した私の様子を見にロダン様と来られてたスクル様が、さらりと問題発言をかました。

「あー、ヌィール家がまともだった頃の」

「国家精霊の現し身とか、伝説になってるソワール様ですか」

「確かに、色合いは違うけど肖像画とか銅像とか似てるわ。ユイは幼い感じが前面に残ってるから、ぱっと見気づかないけど」

「人攫いがよだれをたらしそう……」

 皆黙りこくった。

 ロリコンホイホイという私の、『やばい』という認識は間違っていないらしい。

 いや、ちゃんと一五歳にも見えるよう成長した分、余計に性質が悪いのかもしれない。

 本人でさえ、山ほど着飾らせて、金か銀の等身大鳥籠に閉じ込めてしまいたくなるような容姿なのだ。

 そのため一人での外出は、対策がとれるまで禁止となった私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る