第4話 精霊治療

 スクル様の緑の魔力の塊から出された精霊は、服がズタボロだった。

 とたん不安そうな……泣きそうな表情になるにゃんこ精霊の頭を撫でて、スクル様は私に頭を下げてきた。

「この子達は、私が保護した精霊達です。精霊達を目視できる目を持つ者は珍しいですが、私やあなた、王家の人達や一部の貴族、魔術師などそれなりに存在しています。時折見かける銀色の縫いとりをされた子達は、あなたが治療されたのですね? お願いです。この子達も治療していただけませんか?」

「ちりょ?」

「あぁ……治療のつもりではなかったのですね。でもこの子達にとっては治療になるのですよ」

 自分の魔力を固めて、針のようにして……緑色の魔力の綿の塊をほぐして伸ばして糸状にしたものを通す。

 他人の魔力は、自分の魔力ほど自在に動かせなかったからだ。

 にゃんこ達は私の魔力の糸を拒否したわけではないが、どうにもマリモに戻りたそうにするので、スクル様の魔力を使う許可を貰ってみた。

 魔力で針を作ったら驚かれ、スクル様の魔力を糸にして針に通したら絶句されたけど。

 ズタボロな精霊の服の裾を繕いながら、私は話に耳を傾けた。

「私どもに見えている精霊の衣服は、正確には衣服ではなく精霊の体の一部であり、力の表れでもあります。ただ非常に薄く、傷つけられやすい部分でもあります」

 力の表れというのがいまいちよく分からないが、非常に小さな精霊などはつるぺたでなにも着ていない風から、やや大きな精霊はミニワンピ風へと変化しているから、なんとなくつまり強い精霊はゴージャスになっていくってことなのだろうか?

「この子達のように、呪霊師に無理やり力を奪われると『服』は破り盗られ、さらにはこの傷ついた部分からゆっくり力を失っていってしまうのです」

「じゅれい?」

「精霊と心をかよわせて力を使う精霊師と違い、魔力の対価も払わず無理やり精霊から力を奪いとる者が呪霊師です。この国では国法によって存在を禁じられていますが、時々いるのですよ、違法組織とかにね」

 !? ヌィール家に絶対いたよ!

 あの家、私が赤ちゃんの時から、傷ついた精霊さんばっかりだったもん!

「全部、力、なく、なった、ら?」

「もちろん消滅します」

 うわー、どうりでヌィール家で見かけてた……服が駄目になった精霊達が、嘆いていたわけだ。

 なるほど、私の繕いは治療となるのだろう。

 どんどん繕われていく服に、魔力のマリモに戻りたそうだった精霊も雰囲気を煌めかせだした。

 ほかの子達もなんだかわくわくした様子になって、もぞもぞと手を動かして魔力を糸状に形成しだした。

 みんなに協力してもらえれば、あとはミシンなど目じゃない速さで縫い上げられるようになっている私だ。マリモにゃんこな精霊さん達は、あっというまに自由浮遊できる普通(?)の精霊さんとなった。

 みんな裾は緑だけどね。スクル様の魔力でも、問題なく繕えてよかった。

 どうせだから、蔦が裾を這っているようなデザインに、刺繍も追加しつつ可愛く繕ってみた。

「あぁ……私の魔力が離れても、定着して消えないとは」

「にゅ?」

首を傾げる私に、スクル様は苦笑を零した。

「見ていてくださいね」

 スクル様は肩に残っていたマリモの残骸を、プチリと取り外してテーブルの上に置いた。

 するとソレは、綿あめが溶けてしまうかのようにどんどん小さくなっていき、かき消えてしまったのである。

「ほわぁ」

 やっぱり魔力って普通は離れれば消えるモノなのか……精霊に縫い付けると違う?

 そういえば魔力だけを、普通の布に縫い付けたことはなかったな?

 ちょいちょいっと、試しに自分の服の裾に縫い付け、魔力の糸を切ってみると……それはやっぱり溶けるように消えてしまった。

 精霊さんの服に縫い付けると消えないのに、不思議。

「通常、魔力は本体から切り離してしまうと、空気に溶けてしまいます。だからこの精霊達も、私から離すことができなかったのです」

「なるほ、ど」

 肩に乗っていた蜘蛛が、ぴょこんっと膝に下りて「しゅ?」と頭を傾げて糸をちょろりと吐いた。

 あ、もしかしてこの蜘蛛の糸は、魔力を染み込ませて維持する力があるのだろうか?

「蜘蛛、糸、魔力……」

「ええ、ヌィール家の蜘蛛は、魔力を取り込めます。時には精霊の力も宿すのです」

 だからヌィールの人間は、自分達は特別みたいな顔をしてるのかな?

 蜘蛛が凄いだけのような気もするけど。

「蜘蛛、もって、る、ヌィール、だけ?」

「ええ、基本的に魔物の蜘蛛は凶悪です。ヌィール家始祖様と契約した蜘蛛が特殊だったのです」

 ほんわりと毛の生えた蜘蛛のおなかを撫でて考えていると、いつの間にか蜘蛛が大きくなっていることに気づいた。

 ロダン様に引き取られてこの屋敷に来た頃、小さな私の掌半分だったのが、掌ほどの大きさになっていた。

「ユイ様、これからも精霊を保護してきたら、治療していただけますかな?」

 一五歳だけど見かけは幼児な私に対して、スクル様は片膝ついて胸に手を当て、深く頭を下げてきた。

 ひょわわっ!?

 執事さんが臣下の礼っぽいことするって、どういうこと?

 私、下っ端お針子だよね?

「こらこら、ユイが困ってるよ。ユイも魔眼の持ち主とはねぇ……これはちょっと、まずいんじゃないかい?」

 リースさんが困ったように言うのに、ドキリとした。

 まずい? まずいってなに?

「あ、あ、あ、すまないね、不安がらせる気はないんだよ。魔眼持ちの女の子ってのは、どのような身分でも公妾候補になれるのさ。しかもヌィール家で精霊を治療できるなんて、ユイの生家が目の色変えてあんたを取り返そうとしそうでね……もちろん、帰りたくなんてないだろ?」

 思いっきりこくこくと頷いておいた。

 公妾候補とか不穏な単語にもビビったけど。

 ココでの生活にぬくぬくしたあとで、あの家に戻るとか、あの家のために利用されるとか、まっぴらゴメンである。

「大丈夫です。ロダン様にお任せくだされば、ユイ様を害することはおきません。精霊に誓って」

 お任せくださいますね? と、妙な迫力を漲らせて言うスクル様に、私は頷くしかなかった。

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