第3話 ほのぼの光景
「なんというか……凄いね」
「うにゅ」
しみじみと言われ、しかも呆れたような口調だったので、私はしゅんと項垂れた。
「ああ、なんで落ち込むんだい。可愛いよっ。似合ってるじゃないか」
仕方ない子だねというように褒められて、一応ほっとした。
私は匂い袋を配り終えたので、やっとフリーになった休憩時間で自分の服を縫い上げたのだ。
動きやすいように、前世の衣服をモデルに。
なんで仕事場で作ったか……というと、私が所持しているのは針一本と蜘蛛一匹……鋏を持っていないのだ。
蜘蛛は私がこの辺で切ってほしいなと思う所で糸を出すのを止めてくれてたし、生家では繕い物中心で、布地を切るという作業がなかった。
いや、あったのかもしれない……が、当て布などは事前に渡されていた。もしかしたら、私が八つ当たりであの部屋の衣服をずたぼろにする可能性を警戒していたのかもしれない。
私はそんなこと絶対しないと思うけれど、判断するのがそういうことをしでかしそうな人達だから、そう考えたのだろう。
……でも、あそこに鋏があったら、やぼったいデザインの服とかバランスの悪い服とか、改造していたかも。
さあ、お礼の匂い袋作るぞ…となって、初めて「私……自分の鋏を持ってない」と気がついたお間抜けは私です。
そうしたら、仕事部屋の鋏を部屋から持ち出すのは当然ダメだが、休憩時間になら好きに使っていいと許可を得たのだ。
「匂い袋はともかく……まさか服を、測り糸を使わず裁断するとはねぇ」
私の上司であるおば様、リーヌさんは苦笑して呟きました。
「測り糸?」
「これだよ」
なにやら革のケースを取り出して私に見せてくれる。
「この赤い印をつけた糸が上着の長さ、青い印が腕、そこに結んでるのが腕回り」
え……まさか……。
「こういう糸で着る人のサイズを測って、それで布地に印をつけて裁断するのが普通なんだよ」
ここに雇われてから、カーテンやシーツの裾ばかり縫っていたので、初めて見る物だった。
型紙代わり……って、やつですね、うん。
って、いうか大変そうだ……。これまでしてきた繕い物の中で布がもったいないと思ってしまうような服とかは、もしかしたら測り糸で裁断するのが苦手な人が作っていたのかもしれない。
私もちょっと型紙のことが頭をよぎったけど、生家はともかくここでも見たことがなかったし、紙は本とか書類でしか使われてないみたいなんだよね。型紙にできるサイズのものが、そもそも流通してないみたいなのだ。
でも匂い袋を作る時に気づいた。
私、好きなサイズに布を裁断できるって。
一個一個測らなくても、全て同じサイズに切れた。
で、自分の体を見て、イメージする服の完成図を思い浮かべたら、鋏を入れる場所が自然と分かったのだ。
自分でもびっくり。
「あ、それで、おど、ろ、いた?」
あまり喋ることがなかった私の言葉は、たどたどしい。
ここに来た直後に比べれば、声はちゃんと女の子だし、掠れたような変な音は交じらなくなって聞き取りやすくはなっていると思う。
「それもだけどね、総合的に凄すぎるよ。普通、休憩時間中に裁断と縫い上げはできないからね? 技術レベルが高すぎるわ。……私が教えられたこと、止め針と測り糸の存在くらいじゃないかい」
遠い目になったリーヌさんに、私は慌てる。
「でもっ、わた、し、たす、かたっ」
止め針……つまり待ち針の存在は本当に助かった。
リーヌさんに貸してもらわなかったら、もっと手間がかかっただろう。
「あっは、大丈夫だよ。ユイの作品は前から知ってるんだからね。嫉妬も馬鹿らしいくらい素敵だと、惚れ込んで来てもらったんだよ」
よしよしと頭を撫でられて、照れる。
「わ、たし、も、おばさまの、さくひん、好き。やさし、ていね、着ると、ふわふわ、ほかほか、する」
「あぁっ、もうっ、可愛い子だねっ」
ぎゅっと抱きしめられて、二人して照れあった。
リーヌさんは暖かくて優しくて、前世今世の母親(?)とは大違いで、ずっと抱っこされていたいなぁと感じた。
ヌィール家では子育ては使用人の仕事だったし、しかもあの家に仕えるだけあって、ろくでもない人達ばっかりだったし……たまに会う母親(?)は、香水臭さと化粧臭さで、近寄られるのも苦痛だった。
本当にこのカロスティーラ家に引き取られて、雇われて、リーヌさんが私の上司で幸せだ。
「しかし、この一ヶ月たらずで半年分の仕事が終わってしまうほどの早さとは、予想してなかったがね」
うっとりしてたら、やや諦めたような口調で呟かれてしまった。
だって、あの家とは環境も裁縫道具の質や充実度も違いすぎて、お仕事楽しい。
「ユイ、メイドさん達の下着も作ってみるかい? 測り糸を使わないでこれだけの服を作れるなら、これまでの胸当てなんかより具合のいい物ができそうだしね」
「!」
私はコクコクと頷いた!
だって! せっかくの胸を、押さえつけている人、潰している人が多い!
支えて安定させる前世のブラを作るよ!
そんな感じでほのぼの仕事をしていた私達のもとにスクル様はやってきた。見たことのない格好の精霊を四体、体に張り付けて。
この屋敷を訪れることは珍しい……ロダン様の仕事場の方で執事を務めている、ウルデ様の婿様なんだそうな……といった説明をリーヌさんから聞きながら、私の目は精霊に釘付けだった。
精霊はほとんど女性の形が基本だけども、羽が生えてたり猫とか犬とか兎っぽい耳や尻尾が付いてるのもいたりした。
スクル様の肩に明るい緑の綿みたいな物がくっついていた。そしてその中には猫耳の精霊達がわちゃわちゃっと包まっている。
それは毛糸に絡まって団子になった子猫……でも表情は狭い所大好き~な雰囲気の子猫達っ!
茶っぽい子と黒い子と赤茶っぽい子とレモン色のにゃんこが、マリモの着ぐるみの中でぬくぬくしているような、そんな感じで肩とか頭とかにくっついているのだ。
スクル様はその中から一体を摘んで、私の目の前によこした。
ふわわわわっ、だっこしてもいいんですかっ?
思わず両手を差し出して、受け取り姿勢になった私に……周囲の人達は息を呑んだ。
「ユイ! 精霊様が見えるのかいっ?」
「え」
あれ? そういえば……スクル様、精霊見えてる?
かわゆい精霊団子に釘付けだった私は、遅れて気づき……私も精霊が見えるということをばらしてしまっていたのだった。
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