第2話 加護縫い

 嬉しかったことは、作業室でない自分の部屋を貰えたことと、お給料を貰えたことだった。

 あ、あと休日も。

 ヌィール家ではこれまでずっと作業室で寝起きして、一日中縫い物をしていた。部屋はそれなりに広かったが、作業用のテーブルと椅子、山と積まれた服のなりそこないでいっぱいだった部屋の片隅には、物置になりかけてるソファがあって、そこが私の寝床代わりだった。

 私がとにかくたくさん縫いあげた物に、家族は二、三針、仕上げ(加護付け)をして、どこかへ持って行った。

 売り物なのか依頼されたものなのか、教えられることはなかったし、もちろん給料どころかお小遣いさえなく、そして休日もなかった。

 しかし、やらないと残飯のようでも出されていた食事を取り上げられてしまうので、やるしかなかった。

 カロスティーラ家での休日は一週間に一日。好きな曜日が選べる。この世界での月日と時間は、基本的に前世となぜか変わらない。一年は三六五日、一日は約二四時間、一ヶ月は三〇日、一週間は七日。果物や野菜、調味料の名称なども同じだったり似ていたりする。

 お給料は月に一度、基本給与に出来高給がつく。最初は見習いだから、他の使用人さん達の半分くらい。

 でもかなりの高給だった。

 使ったことがなかったお金の、価値や使い方を改めて教えてもらった。うん、知識だけで物の相場とか分からなかったんだ。

 一応育てられていた時に家庭教師に色々教わっていたが、基本的な礼儀作法中心で、実際のお金に触れたこともなかったしね。



 一ヶ月働いた私は、初給料で自分が自由に縫える布地を買うため、同じお休みのメイドのお姉さんと一緒に近くの町に行くことにした。

 その町には色々な商店が並ぶ通りがあり、数多くの人で賑わっていた。その中をどうにか進むと、屋敷の裁縫室ほどではないがちゃんとした裁縫店を見つけることができた。

 一般庶民向けのお店のため、高い生地は置いてなかった。

 裁縫店を出たあと隣にある古着を扱うお店に足を運ぶと、端切れを安く売っていたので大量に買い漁ってしまった。

 ……自分で全部持ち上げることができなくて、お休みのはずのお姉さんには、手間をかけさせてしまった。

 はわわわわとなった私の荷物をひょいと持って、「大丈夫ですぞ」と、ちょっと変わった口調で笑ってくれたお姉さんに感激して泣いてしまい、慌てさせてさらに迷惑をかけた私である。


 屋敷に帰ったあと、すぐにちゃんとした自分の服を縫い上げ、メインに買った布地で屋敷の人達のための匂い袋を作り上げた。

 もちろん裏地には加護を縫い付けた。

 初めて私に優しくしてくれた人達のために、加護を縫い付けてプレゼントしたいと思えた人達のために、蜘蛛糸に魔力を込めた。そして初めての加護縫いは、結果とんでもないことになった。

「ふわわぁっ!」

 これまで私が接してきた精霊さん達が、どこからかわらわらと寄ってきて、魔力を練り込んでくれて……糸が様々な色合いに輝いたのだ。

 その結果……加護の効果がとんでもなく高い物が出来上がってしまった。だって基本の加護縫いは、自分の蜘蛛に、自分の魔力を込めたものだ。

 そこに精霊の力がやどると価値が高くなることは、この家に雇われてから教わったのだ。

 見えないように内部に縫い込んでなければ、結構な騒ぎになったのではないだろうか?

 ついでに中に入れるポプリも、精霊達が寝転んだり潜ったりと力の残滓がたっぷり。

 男性にはすっきり柔らかなレモン系の香りにして、女性にはふんわり甘い花の香りにした。どちらもこの世界のハーブで、庭師さんが剪定したものである。ちょっと大きくなりすぎて、お茶にするには香りがよくないもののはずだった。

 精霊さん効果で、ポプリにした時には素敵な香りになっていたのだ。

 料理人の人達には迷惑かな? とも思ったけど、彼らは「休日に持ち歩くな」と喜んで受け取ってくれた。

 どのくらいの効果があるのか分からないけど、持ち主の健康や精神はかなり守られるだろう。

 私が一五歳まで、あのヌィール家の環境下、粗食で生きてこられたのも、精霊達が触れたりして力を込めた物を食べてきたからなのだ。

 普通五年もあんな食事事情だったら病気になって死んでいてもおかしくないのが、ガリッガリで済んでいるのだから。

 あの家から救い出してくれたロダン様のためには、一層気合いを入れて縫った。



 カロスティーラの屋敷に新しい針子、ヌィール家から引き取った子供が来て一ヶ月。

 このカロスティーナの屋敷から、ロダンが勤めている王宮、王都までは早馬で半日以上かかる。等級が上がり、王都に屋敷を賜ったロダンは月に二度ほどしか、カロスティーナの屋敷には帰らない。

 ロダンは半月ぶりの帰宅早々、家令に時間を求められた。

「ロダン様」

「どうしたウルデ」

 ウルデはロダンの長馴染みで、カロスティーラの屋敷を取り仕切っている男装美女である。

 そんな普段は表情を変えない彼女が、顔に焦りの色を浮かべながらトレイの上に置かれた小さな袋を持って現れた。

「なんだ? それは」

「ユイが、ロダン様へと…匂い袋だそうです」

 差し出されたことで手にしても無害と分かり、掌に収めて匂いを嗅いでみた。

 さわやかなレモンの香りが、書類で疲れた頭を洗いあげる。

「屋敷中の者ほとんどが、同様の物を受け取りました。優しくしてくれて嬉しかったから……と、彼女が初給与を使って材料を買い、作り上げた物です」

「なにか問題があるのか?」

「ロダン様への物は、さすがに中身を検めたのですが……見ていただければお分かりになるかと」

 トレイの上に紙を敷かれたので、ロダンは言われた通り匂い袋をひっくり返して中身を出した。

 紙の上に零れ落ちるのは、レモンの香りがするハーブが乾燥したもの。

 そこに染みついた精霊の力。

 ロダンの魔力を感じる力は小さいが、精霊の気配は感じられる。

「精霊が宿ったハーブを摘み取ったのか!?」

 王宮特殊庭園で僅かながら育てられているソレは、管理が難しく摘み取る際も精霊が自ら差し出す葉でなければ力は染みつかない。

 それらのハーブで作った料理やお茶は、毒消しと健康の効果がある。

 一般に出回ることはほぼ不可能……王族のお茶会に招待された時のみ味わうことができる代物である。

「ロダン様、これらは庭師が伸びすぎた、または増えすぎた葉を剪定した物で、ユイが許可を貰って加工したのです」

「……え」

「さらなる問題は中身より袋です。中をご覧ください」

 言われるまま袋を覗き込んだロダンは、ひゅっと息を呑んで、固まった。

「ヌィール家の始祖様の手と同等の、本物の加護縫いでございます」

 精霊の力が宿った加護縫いを、本物と呼ばれる加護縫いを、ロダンは久しぶりに見た。

 しかも縫い方が一種類ではない。まさに国宝クラスの代物である。

「待て、彼女は加護縫いができないという話ではなかったか?」

「彼女は幼く、世間のこともよく教えられていませんが、その精神は健全で誇り高い所があります。今回の匂い袋を隠すように縫ったのも、実家に知られてこちらに因縁を付けられることを警戒したのかと。……または自分の手がけた加護縫いが始祖様のレベルであるとは知らない……始祖様自体をよく知らないのではないかと」

 ロダンは初めて面談した時の、一五だというのに小さくぼろぼろだったユイの姿を思い出す。

 人と会話することが、ここ数年なかったという調べもついている。

 たどたどしく挨拶をした子供としか思えない姿を思い出し、ヌィール家に生まれながら加護の価値を知らない、もしかしたら効果も……という可能性すらありえるだろうと思った。

「それからスクルからも報告がある……と」

 ウルデの夫で、王都にあるロダンの屋敷を取り仕切る家令スクルからの報告……という言葉に背筋が伸びる。

「なんだ?」

 スクルはロダンの幼馴染みでもあり、彼は、世間でも珍しい精霊を視ることができる目を……魔眼を持っていた。

 周囲から魔術師の弟子にと渇望されるのを振りきってウルデの家に婿入りしウルデの父親である先代執事に教えを受け、ロダンに仕えてくれている。

 大抵は王宮と王都の住まいを行き来してるので、このカロスティーラ家の屋敷には寄らない。 

 カロスティーラ家の屋敷を預かる執事は、ウルデであるからだ。

 今日のように、たまに一緒に帰ってきてウルデの手伝いをすることもあるが、基本執事としてのレベルはウルデの方が高い。この家に帰ってからスクルの方から報告があるということは、精霊に関係することしかないだろう。

「今スクルはユイに、ロダン様の大切なご友人にもプレゼントをしたいという話をして、彼女の周囲を視ているはずです。スクルの確認がとれしだい、王宮には彼女の腕を報告されるべきかと。現在、この屋敷はかなりの精霊の守護を受けているそうです。原因は彼女しかないでしょう」

「精霊の気配が濃い気がしたのは、気のせいではなかったか……」

「メイド長の守護精霊レベルの高クラスな精霊が、一体は確実にいるようです。メイド長から報告がありましたので、スクルをこの屋敷に呼んでいました。あわせて視てもらっています」

「メイド長が言うなら、闇の精霊か……」


 数分後、スクルが精霊達が増えたわけが分かりました……と、報告に来て、その内容にロダンとウルデはさらに度肝を抜かれるのだった。

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