水着と拳銃とルージュ

水木レナ

お試し体験

「あ、あのー。どちらさまでえ?」


「小学生ですか? 昨日会ったばかりの美男子を、忘れないでいただきたい」


「は、はあ」


 僕んちはいつから訪問販売の寄合所になったというのだろう。


 自称美男子は内ポケットからカードを差し出し、これ、と言った。


 四角い紙きれを陽に透かして見る僕。だってこれ、何も書かれてないもんなー。


「なあに? これ……」


「地獄への片道切符」


「! ジョーダンじゃないよ!! 返す!!!」


「あっれぇ!? 本気にした? それアブリダシの名刺」


「子供かーい!」





 そもそもの出会いは、トンチンカンだった。


「で、キミはどうしてここにいるの?」


「バラの花束もってここにいる、そっちこそ」


 彼は場違いにもタキシードを着ていた。


「あ、これ? いるぅ? 心のマイハニーにあげるつもりだったんだけどー、どうもお仕事入っちゃってー、お互いにー」


「……」


「で、どうして自殺なんてしようと思ってるの?」


 ビルの谷間に風が吹く。そういえば、なんでだっけ。


「センセがさあ、僕……わたしの好きな人がさあ、保険医の岸本センセーを好きだったんだよねえ」


「なるほど?」


「あんな……っ、美人で、笑顔のきれいな年上の女の人に、かなうわけないじゃん?」


「はい?」


「だから、死のうと思って」


 うそ。ほんとはなんとなくガッコの屋上に来ちゃっただけ。


「短絡的だなあ。ボクちゃんなんか、運命の人になーんど告白してもフラれてるよ。でもそんなことで仕事放棄したらそれこそ嫌われちゃうから、死なない」


「……いつか、センセの隣に立てたらって思ってた。けど……センセは岸本センセーにプロポーズして、結婚するきなんだ!」


「ちょっと……聞いてる? まあいいや。仕事も入っちゃったし、明日キミんちへ行くから、念入りにお化粧して待ってて?」





 とまあ。仮に本気にしたくても本気にはなれないセリフを吐かれて、のろのろと自宅へ帰ったわけなのだ。


「お化粧なんてしてないけど」


「んー、ダメだなあ。女はいつでも水着になれる体でいなくちゃあ!」


 ぎょっとした。今は三月。もうすぐ高校も卒業式。


「水着って……」


「今南半球はあったかだよ? クルーザーでエンジョイしよう!」


「ええー?」


「つきましては、こちらに契約のサインを……」


 結局僕は玄関のドアをかたくしめ、独りぼっちで映画を観ることにした。


 こんこん。


 なんだろ。窓が鳴る。ここ二階なんだけど?


 シャッとカーテンをめくると、そこにボブヘア―のナイスバディな女の人がいた。


「どーもー」


 って口が動くから、とっさにカーテンを閉める。どこからバルコニーに?


 羽根でもついてんのか、ユウレイなのか?


「えーん、開けてー。返事くらいしてよー」


「……なんですか」


 僕は結局、ガラス窓ごしに返事をした。


「クルーザーで南国旅行に……」


 僕はテーブルに飾ってあった花を花瓶から抜くと、窓を開けて水を放った。


「おまえもあの男の仲間かっ」


「わっぷ! 違う違うー」


「くっ、じゃあなにさ!?」


「あー、説明するとー長くなるからー、中へいれて? へっくし!」


「うさんくさいなー。そんな奴、部屋に入れるわけないでしょー?」


「そそ、それはそうなんだけどー、緊急事態だからっ! おねえさん、お仕事でここにきてるから! ダメ?」


「押しかけセールスはお断り!」


「セールスじゃないー! ねえ、ここ開けてよー」


 ジョーダンじゃない。僕は椅子をつなげてながながと足を伸ばすと、TVのリモコンを手に取った。


 最近、不審者が多いなー。


 ……とか、思いながら。





「勘弁してよね」


 ジョーダンじゃない。


 あのあと、警察に通報したけど、彼らに不審者は見えなかった。


 そう、見えなかったのだ。


 ユウレイの線かなー、とは思ったけど。ちゃんと足はある。


 どうなっちゃってんの!?


 騒ぎにしちゃった手前、相手は不審者にもかかわらず、強く出られない。


 だって、この世のもんじゃないんだもん。


 そんな彼らがお仕事って現れたってことはー……。


 僕は玄関先におきっぱにしていた名刺を再び手にして言った。


「地獄関係者、とか……?」


「「そーなんですー」」


 マジ?


 僕はずっこけた。


「あー、ほら見ろよー。だからおまえが言ったって駄目なんだってー」


「そんなこと言ったって。だって、もう時間が……!」


 ぴんぽーん!


 この上誰じゃ!?!


 って窓からのぞいたら、玄関の外に(入れてないんだから外にいるわね)ショートヘアの美女がいた。


 今度はなにー?


 後ろから覗き見していた、不審者二名が息をのむのがわかった。


「「死神さん――!?!」」


「え?」


 声が高い。まあ、近所には聞こえないんだろうけども。


「死神ってなによ。死神?」


「あんたの知り合いじゃないの、説明しなさい!」


 ボブヘアナイスバディが言うと、自称美男子がへにゃへにゃになって、どーしても口を開こうとしない。


「ごめんなさい、ちょっと……」


 愛想笑いでひっこむけど、ここ、僕んちだからね。


 家のひとがいたら、絶対中には入れないんだからね!!!





「なーんだ。告死天使と悪魔くん、来てたのー」


「来てたの、って?」


 僕は不審者をふり向く。


「マイハニー、あいかわらず仕事が迅速だね……」


「ああら、そっちこそ。自殺志願者を見つけるお仕事、熱心ね」


「好きでやってんじゃねーや! こちとら、大魔王陛下のために、だなあ……」


「そういうかたいとこ、いいわぁん。で・も、この人間が契約済じゃないなら、あたしの管轄よ。ねぇん? ボクぅ……おねえさんと浄土へ行かなぁい?」


 思わずこめかみがひきつった。確かに僕は年中ボクボク言ってるし、そのせいで好きなひとにもふり向かれない、男勝りではあるけれども!


 れっきとした女! 生まれたときから、性染色体XXの女なんだーい!!


「あら、ごめんなさい。性別が前世のまんまになってたわぁ。この書類誰が作成したのかしら。いやだわ」


 書類ってなに?


「見る?」


 見せてくれたけど、人間の言葉じゃなかった。


「ボクもラテン語は苦手……」


「馬鹿! あれはサンスクリット語よ!」


 後ろでなんか言ってるが、とにかく僕にはぜんぜんわからなかった。


「恋に生きてみたい、と思ったことあるでしょう? それはね、前世のあなたが死ぬ間際に願ったことなの、そこの悪魔と天使にね」


 え?


 ぐりっと首を返すと、不審者たちがそっぽを向く。


「で・も。あくまで契約にのっとった上でいうけれど、あなた男勝りでしょ? 前世は男だったなんて、ショックよねぇ?」


 そそーだったのか!? 目から鱗――!! って、ちょっとまって。


「これって霊感商法……」


「ではないわ」


「じゃあどういうこと?」


「死期が近づいているのよ。あなたが望みも叶えずにルートBを選んじゃったから」


「ルートBって……なんじゃそら」


「んー、いい加減ねぇ。説明してないの? 悪魔くん」


「いやー、ボク、説明は苦手なもんで……」


「もう、お願いきいてあげないっ」


「しょ、しょんなあぁ! バラの花束もってタキシードで決めたらデートしてくれるって言ったじゃないかぁ!」


「仕事のできない男はねぇ……ちょっと、いやよねぇ」


「はっきり言うなぁ……しょぼん」


 なんか、どうでもいい話にされてる気がする……。


「死期が近づいてるって、どういうこと?」


「もうすぐ死んじゃうってこと」


 おねえさんが端的に言った。


「そんなあ! 僕、やだよっ!!」


「あー、だからボクたちがきたんだよほほん?」


 ずいぶんと間の抜けた悪魔(!?)が言った。


「だ・か・ら! 南の島でクルーザー!! 行こう!?!」


「今ならお試しで一日体験! どお? どお?」


 いやー……死んじゃうなら、行っとこうかな……。


「「そうこなくっちゃ!」」





 てなわけでクルーザー。バブルでもないのに本気で南国クルーザーだ。


 なぜか死神のおねえさんもついてきた。お試しだからだろう。よくわかんないけど。きわどい水着で船内プールですいすいと泳いでいる。


「あなたもこなぁい?」


 なかなかないお誘いだったけど、なんだか妙な気持ちになりそうな呼び声だったので、遠慮した。


 白い太陽、真っ青な空。日焼け止めを塗るおねえさんたち。


「あーん、ボクも塗りたぁい!」


 くっそ、言い出せない。悪魔が邪魔だ。


 じりじりと太陽は照りつける。チキンになりそうだから、僕もクリームを塗る。背中が届かない。パーカー着てよっかな。


「あたしが塗ったげる」


 あっ、いいの?


「天使のおねえさん、ありがとー」


「いいえー」


 にこにこ。


 こんな、笑顔のきれいなひとだったなら、もっと楽しく生きられるんだろうなあ。


「きれいな肌!」


「小麦色だよ?」


 日焼け止め塗ってるのにね。


「天然素材がいい味だしてるのよねー」


「もー天使のおねえさん、言いすぎー」


 きゃっきゃとはしゃいでいると、死神のおねえさんが、プールから出てきた。


「さてと、お遊びはこれまで」


 言うと、雫を弾きながらこちらへ来る。


 すっと差し出す手にはいつのまにか、拳銃があった。


「一度、頭のど真ん中を打ち抜いてみたかったのよ」


 は、う、嘘でしょ?


 死神のおねえさんは容赦なく引き金をひく。


 ずぎゅぅん!


「神様の、ね」


 天上に空いた穴に、真っ赤な色。それは、ああ。


 死神のおねえさんからのメッセージ。





 僕は目が醒めると、バッグを開けて、化粧した。


 勝負!


「なんでも言ってみなくちゃ! 結果はわからない!!」


 僕はセンセに電話した。





「いい顔してるじゃないの」


「ほーんと、死神さんのおかげよねぇ」


「結局、同じ男を追いかけるのか……」


「ねえ? 悪魔くん、恋に生きるって、多くの恋を楽しむだけってことはないのよ?」


「はいっ! ボクは死神さんの恋のしもべでぇす!!」


「まったくもー、悪魔ったら……んっ!? 仕事が入った!!! 悪魔、行くわよっ」


「じゃあ、私も……」


「あっ、死神さぁん! 待ってー」


「ほらもう、行くわよ! どしっとしててよね、情けない悪魔ねっ」






 おしまい


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