貯金箱に貯めたお金を投げ捨てる時私は

奈宮伊呂波

第1話

 物心ついた時から溜め続けた貯金箱にお金が入らなくなった。貯金箱の中にお金を入れる音が好きで始めた貯金。最初はゲーセンのコインを入れていたけどすぐにお父さんがこれにしなさいと言って500円玉を渡してくれた。それからお手伝いやお年玉の一部を集め続けて現在中学二年生になる。高さ20センチメートル、幅10センチメートル、奥行き20センチメートルのかなり大きい貯金箱だけどいっぱいになった。

 500円玉以外の硬貨ももちろん入っている。ただ、一円玉だけは音が好きじゃないので入っていない。なんか音が軽いんだよねあれ。

 これを開けたら多分、中学生が手にしてはいけないほどのお金が出てくる。仮に全部百円玉だとして、おそらく60万円ぐらいは入っていると思う。


「春香はどうしたい?」


 いっぱいになったことを晩ご飯の時に伝えるとお父さんはそう言った。

 でも私はどうするつもりもない。せっかくいっぱいにして私だけの物を作ったのにそれを壊すなんてとんでもない。


「新しい貯金箱を買いたいな」


 私はお金を貯金箱に入れて聞く音が好きなのだ。それに、昨日味わった達成感も好きだ。どう頑張ってもお金を入れられないと感じたその時に私は初めてあの高揚感を味わった。あの貯金箱は私の達成の証だ。だから、それを味わうためにはさらに貯金箱が必要。


「そうか。まあ好きにすると言い。春香に渡している小遣いもお手伝い金も、私は相応の物だと思っている。春香のものだ」


「でも私は心配だわ。貯めるだけじゃなくて、ちゃんとお金の使い方も知っておかないと」


 お母さんは私の金銭感覚が成熟していないのではとよく心配するけど、私だって喉が渇いたら飲み物を買うし小腹がすいたらコンビニでパンを買ったりする。ちゃんと普通に物を買っている。


「大丈夫だってお母さん」


「それならいいんだけど……」


 そう。大丈夫なのだ。私はしっかりと常識を身に着けている。

 だけど最近は私の環境、周りの人たちの言う事が変わってきた。



 ◆ ◆ ◆



 朝になったので私は学校に行く。近所に住んでいる友達はいないので学校までは一人だ。


「おはよー」


 教室には私の友達の美穂がいた。


「おはよー春香」


「今日の一時間目何だっけ?」


 確か時間割変更があった。数学が何に変わるんだっけ?


「理科だったはず」


「あーそれか」


 昨日の帰りの会で先生が言ってたのを思い出した。


「へいっはよ!」


 響子の声だった。


「んー」


「おはよ。響子」


「今日も雑な挨拶ありがとうございます!」


 美穂が適当に挨拶をしたので私は美穂の分まで挨拶した。

 私たちは大体この三人で行動している。グループワークも休み時間も移動教室の時も三人一緒だ。

 響子はとても快活でテニス部にも入っている。だからよく他クラスの人が話をしに来る。男子ともよく話しているしもしかしたら響子はモテるのかもしれない。

 チャイムが鳴ったのを聞いて生徒たちはそれぞれ自分の席に戻る。響子は私の席の後ろに座る。

 やがて谷口先生が来て朝の会が始まった。


「よーし。今日もお前らがそろっていて先生も嬉しいぞ」


 感情の入っていない声で先生は言った。


「先生―。もっと気合入れて言えよー」


 男子のツッコミにクラスがどっと沸いた。

 先生はいつもやる気がなさげなのでこれは当たり前の光景だ。



 ◆ ◆ ◆



「あーお金欲しい―」


「俺も欲しいわ。どっかから降ってこねえかなー」


 そう言ったのはクラスの男子達。理科の授業が終わった途端に何となく言ったのだと思う。

 欲しいゲームがあるだとか、もっと漫画を読みたいとかそんなことを続けていた。

 私にはわからない。お金がそんなにあっても仕方がないじゃない。今の生活で私は満ち足りているし、将来も同じくらいの暮らしが出来れば満足だと思う。奇跡のような確率に願ってまで欲してもそれが本当に嬉しいのとは思えない。


「そんなにお金が欲しいの?」


 気づけば私は二人の男子にそんなことを言っていた。


「そりゃ欲しいさ。お金があれば欲しい物は何でもゲットだぜ!」


「ゲームとかやり放題だしな」


 当然だろ、と二人は言い私はそうなんだと曖昧に答えた。


「どうしたー? 春香。珍しく自分から男子に話しかけに行くなんて」


 見ていた美穂が横から寄ってきた。そのまま美穂は椅子を私の机の横に移動して上半身を机に投げだした。


「ううん。何でもない」


「ふーん」


 そう言って美穂は自分の席に戻っていった。


 次の授業は社会だった。今日は特別授業なので職業についての勉強をするらしい。本来学活の時間にするものだけど、社会は谷口先生が担当なので先にすることになった。


「えー、世の中には様々な職業があり、どの職業も世の中が正常に動くためには必要な仕事である。どんな仕事にも必要としている者がいるから職業として成り立つのだ。つまり、この先皆さんがどんな職業に就くかは―――」


 教科書に書いてあることを先生がそのまま読み上げて、それが終わるとプリントを一枚配られた。自分が将来なりたい職業、興味のある職業について調べてきなさいと言う内容だった。


 私のなりたいものって何だろう。


 考えてみてもすぐに答えは出ない。特技と言う観点から考えれば、私はピアノを習っているけれどプロになれるほどじゃない。

 したいことと言われてもパッと思い浮かぶものはない。


「響子は何かあるの?」


 後ろの響子は何やらシャーペンを走らせていた。


「ん? 私はねーパティシエになるの」


 迷いもなく彼女は言った。確かに響子はよくお菓子を作ってきては食べさせてくれる。どれも美味しいと思っていたけれど、まさか将来の夢がパティシエだとは思っていなかった。


「春香は?」


「私は……まだ決められないかな」


 響子に言った私の言葉はなぜかだんだん小さくなっていった。


「へー。あ! 春香なら銀行員とかどう? お金好きでしょ?」


「お金じゃなくて、お金を貯金箱に入れたときの音ね」


「似たようなもんじゃない?」


「全然違います―」


 隣を見てみると机の上で暢気に睡眠をとっている美穂がいた。美穂は多分、将来すごい人になるかもしれない。会社の社長とか? 授業中に寝るなと何度言われても寝続ける様は私には豪胆に見える。そのくせ成績は学年トップなのだからこの世は不平等だ。


「先生―! 教師って儲かるんですかー?」


 朝先生にツッコミを入れていた男子が大きな声を教室に響かせた。教室が一気に静かになった。みんな興味があるのだろう。先生と言えば私たちの最も身近な「働いている大人だ」。一緒にいる時間は親よりも多いような気がする。


「ん? あー教師ね」


 先生はぼーっとしていたのか反応が少し遅れた。


「お金が欲しいならやめとけやめとけ。俺は楽そうだから教師になったが疲れることは多いくせに大して給料はないからな。あー金が欲しい」


 へーと何人かが声を上げ、クラスは元の喧騒に戻った。


 お金が欲しい、と言う言葉が私の頭にこびりついた。



 ◆ ◆ ◆



 六時間目は全校集会だ。それも緊急の。本来なら学活だった時間を急遽変更して三学年全生徒と全教員を集めている。

 こういう時は学校で何か事件が起きたときだろう。いじめがあったとか、暴力行為を行った人がいたとか、今の季節なら宿題をやってくる人が全然いなかったとか。いじめも暴力も今のところ私の学校では起きていない(実際はわからないが)のでどちらでもないことを願うばかりだ。

 先生たちの表情はいつもよりも険しく見えるのでいいことがあったことを伝える集会ではないのは間違いないだろう。


「えー。僕が話せるようになるまで10分かかりました」


 という生活指導担当の先生のお決まりのフレーズから全校集会は始まった。時間を無駄にしたくないのならチャイムが鳴るのと同時にメガホンか何かで注意すればいいのに。

 美穂も響子も私とは名前が離れているので並んでいる場所も離れている。仕方なく先生の話に耳を傾けていると、やがて話は終わった。


「先生の話長いっての」


 とは集会が解散した後の美穂の談である。集会が終わって、三人で教室に戻っている最中のことだ。


「まあ先生もやりたくてやってるんじゃないだろうし」


 内容が内容だった。

 それは校内での「盗み」に関することだった。

 今日の四時間目の三年一組と二組は体育だった。犯行はおそらくその時に行われた。三年一組のとある生徒の財布から現金五千円が抜き取られていたと言う。その後はお金の大切さとか貴重さとか、他人の物を盗むのは駄目だとか、皆さんも注意してくださいとか、そんな感じの事を言っていた。

 退屈な話だったが五千円と言う言葉が出たときはさすがにざわざわと声が広がった。犯人はわかっていないらしい。それもそうだろう。五千円は大金だ。盗むにもそれなりの覚悟がいるだろう。もしかしたらその人はどうしても欲しい物があって、でも自分のお金だけじゃ足りなかったのかもしれない。

 たかが集会を開いた程度じゃ名乗りを上げる人はいないだろう。先生はある程度犯人はわかっていると言っていたがハッタリだと思う。


「盗みなんてやってその人は嬉しいのかな?」


 響子は真面目にそうやって悩んでいる。その人と言うのは犯人の事だろう。響子は絶対にそんなことはしない。もしお金が必要になれば正当な方法で工面する。


「嬉しいに決まってるだろ。楽してお金が欲しくて盗みなんてしてんだ。そんな姑息な奴が実は心苦しく思ってました、なんて言うはずがないからな」


 忌々し気に美穂は言う。普段はだらけて見えるけど美穂の考えは芯が太いと言うか、自分を強く持っている。


「春香はどう思う?」


 響子が私の顔を覗いた。


「うーん。私も美穂と同じかな。どんな事情があっても人の物を盗ったらだめだと思う」


「だよな。お金はたくさんあったほうが良いけど盗むのはなあ」


「だねー、お菓子の材料がいっぱい買えるようになったら嬉しいけど」


 さすがにね、といつもは元気な響子の口がだんだん重くなってきた。


「お金ってそんなに大事なのかな……」


「え?」


「何でもない。あ、私ちょっとトイレ行ってくる」


「おっけー。先生に言っとくね」


 そう言って私は二人から離れた。逃げ出してしまった。あー変なこと口走ったなあ。聞かれてなかったみたいだからよかったけど。

 そう思いながら近くにあったトイレに私は入った。体育館から一番近い東校舎二階のトイレだ。


 個室に入って私は考えた。お金の必要性とは何だろうか。生活するためにはお金がいる。それは大前提だ。衣食住を揃えるために必要最低限はいる。それ以上のお金は? 人にはそれぞれ好きなものがある。それはゲームだったり、美味しい物を食べることだったり、スポーツをしたり。それは多種多様で、ほとんどの事にはお金がいる。それが趣味になる。人は趣味がないと生きがいを感じられない、と言うのをテレビで見た。だから趣味を維持するためにもお金がいる。なら、それ以上のお金はいるのか? 無駄な贅沢や人の果てしない欲望を満たすためにはお金はいるが、それは生きるためには必要ではない。ましてやそれのために人のお金を盗むなんてのは愚行そのものだ。


 必要な分だけあればいい。それ以上を求めて罪を犯すなんて私には理解できない。どうしても、何があってもだ。もし犯人が私の目の前に現れたら言ってやりたい。「あなたはバカなんですか?」って。

 いやそんなもんじゃ足りない。私はきっと怒ってるんだろう。胸の辺りがとても熱い。盗まれた人のお金だって、その人の両親が働いて稼いだお金なんだ。それを赤の他人が盗む? 何のために使うのか知らないけど被害者の気持ちを考えたりしないの?

 そう考えると腹が立ってきた。イライラして仕方がない。クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズ屑屑屑屑屑!!!!!!!!

 

「―――から、これは俺達のだろ」


 感情のままにトイレの壁を叩こうとした時だった。


「あーはいはいわかってるって。だからほら二千円やっただろ?」


「おかしいだろ。半々にしろよ!」


「おい、声が大きいって」


 男子トイレからだ。こんなところで何の話をしているんだろう。


「五千円の半分はいくらか計算できるか? 拓哉」


「いいか。実行したのは俺だ。だから弘光は二千円だ」


 これって、まさか。いや、絶対そうだ。


 私はすぐに動いた。鍵を解除して扉を開く。そのまま隣の男子トイレに入った。


「ねえ。あんたたち何の話してんの?」


 見た目はいかにもやんちゃ坊主と言った感じだ。こういう輩は自分より弱い物に強く、強い物に弱いと聞く。正直少し、いやかなり怖いけれど無理にでも強気に出る。

 確か拓哉と弘光だったよね。二人は私の声を聞いて慌てて振り返った。


「誰、お前?」


「私は立花春香。それよりあんたたちが五千円盗んだってことでいいよね?」


「そうだけど? それがどうした? 先生にチクるか?」


 拓哉の方が答えた。


「そうしたら二人は反省する?」


「しないねえ」


「そう」


 この人たちは反省しない。そんなことはさっきの会話からわかる。


「ねえ。お金なんて必要?」


 私の感覚は間違っているかもしれない。


「必要だね。遊ぶにも、食べるにも、何するにも金は必要なんだよ。お前はどうせ父親も母親もいるんだろう? いいよな裕福な奴は。何もしなくても自由に使える金がある。盗まれたあいつ、知ってるか? この辺ではちょっと名の知れた金持ちの息子でよ。腐るほど金が有り余ってる。それに比べて俺や弘光はなんだ? 父親はどっかに消えて、母親のパートの少ない稼ぎで生活するのが精一杯。何だこの格差は。ふざけるな。生まれたときから俺はずっと貧乏なままだよ。だったら少しぐらい金持ちの奴に分け与えてもらってもいいだろうが!!!!!」


 いつの間にか彼は泣いていた。心の叫びを吐き出していた。

 それを聞いて私は少し、かわいそうに思った。彼にも少なからず事情はあった。貧困で、きっと苦しい生活をしてきたのだろう。何かと我慢を強いられてきたのだろう。それは私には想像できない。だって私は裕福だから。共感なんてできない。

 でも、だけど。


「そんなの関係ない。盗んじゃダメ」


「だったら、どうしろって言うんだよ!!! 俺はまだ中学生だ、アルバイトは出来ない。お金を手に入れられないんだ。もうこれしか方法がなかった。母ちゃんが辛そうにしているのを見たくないんだよ!!!」


「だったらお金がいらない方法で助けてあげなさいよ!!!」


 彼が息を詰まらせた。


「お金が無いからって、あんたのお母さんは他人から盗んだお金をもらって喜ぶような人なの!!!?? 違うでしょ!!! ならそんな方法は間違ってるって、そんな簡単なことぐらい気づけよ!!! お金なんて無くてもお母さんは助けてあげられるでしょ!!! お金なんて必要ないんだよ!!!」


 視界が滲んでいる。どうして私が泣いているんだろう。


「……金が必要ないだと? 今まで金のせいで苦しんできた俺に、お前がそれを言うのか? ふざけんな!!! そんなに言うなら証―――」


「なら―――!」


 拓哉にとってはお金がとても大事なものなんだ。でも、私はそうは思わない。お金なんかよりももっと大事なものがある!!!


「これから証明してあげる。屋上で待ってろ!!!!!」


 そう言って私は走り出した。今度は逃げるためじゃない。向き合うためだ。私は今までこの時のためにお金を貯めていたんだ。そうに違いない!!!


 授業時間はまだ終わっていない。

 それを無視して私は下足箱から靴を取り出し、家に向かって走り出した。

 走るのは苦手だ。普段運動なんてほとんどしない。なんで知りもしないやつのために私は全力を出して走ってるんだろう。理由なんて知らない。ただ、早くも上がった息とじんじんと悲鳴をあげる足首は私にとって大事なものを運んでくる気がする。


「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 ゲホッ、ゲホッ。

 叫ぶのも慣れてなかった。



 ◆ ◆ ◆



「おかえりー」


「ただいま!」


 家に帰るとお母さんが迎えてくれた。どたどたと自室に向かう私の足音を聞いてお母さんは不審に思っただろう。まだ授業時間だし。

 貯金箱を手に取り、そのまま玄関に向かった。


「あれ? 春香。もう授業終わったの?」


 靴を履いているとお母さんがリビングから顔を出した。


「ううんまだ!」


「じゃあどうしたの?」


 やっぱりお母さんは不審がっている。でも説明している時間なんてない。


「お母さん」


「何?」


「ごめんなさい。迷惑かけるかもしれない。ううん。かけると思う。だからごめんなさい」


 説明は出来ない。だから代わりに先に謝っておいた。


「それってどういうこと? というか春香。貯金箱抱えてどこに―――」


「行ってきます!!!!!!」


 待ちなさいー! と聞こえたような気がしたが、所詮聞こえたような気がしただけだ。気のせいかもしれないので止まる必要はない。

 そのまま学校に向かった。全力疾走はすでに全力ではなく、ただの早歩きになり(体力の限界)、道行く人はバテバテの私を興味深そうに見ている。巨大な貯金箱まで持っているのでさぞ変な人に見えているだろう。

 それでも私は全力で走ることをやめなかった。



 ◆ ◆ ◆



 授業はまだ終わっていないようだ。校舎に設置されている巨大時計では授業残り時間十分となっている。時間がない。

 靴を上履きに履き替え、屋上までの五階分の階段を駆け上がる。原則として屋上は立ち入り禁止だが鍵はかかっていない。そのせいで不良のたまり場になっていることがあるが先生たちは気づいているのだろうか。


 屋上の扉を開けると言った通りに二人は待っていた。校門から入る私を見ていたのか、グラウンド側の柵の手前にいた。

 太陽が落ちかけていて、妙に橙色が映える。赤い空は嫌いではない。


「どこ行ってたんだ―――なんだそれ?」


 弘光が私の貯金箱を指差す。一目ではわからないみたいだ。


「これは私の貯金箱」


「は? そんなもんで何が証明できるってんだよ」


「少なくとも60万円は入ってる」


 それを聞いて二人の声が止まる。

 舐めてもらっちゃ困る。子供の私が子供なりに頑張って貯めてきたお金だ。


「物心ついた時から今までずーっと貯めてきた私のお金」


 趣味の副産物だったけど。


「それをどうする気だ?」


「証明するの」


「だから、どうやって―――」


 言うよりやった方が早い。

 さっき確認したけどグランドには誰もいない。チャイムが鳴っていないからまだ授業も終わっていない。屋上の下には今、誰もいない。

 だから安全だ。この貯金箱のお金を下に投げ捨てても安全だ。

 貯金箱の蓋をこじ開けて私は走り出した。体力の限界を超えて私は走っている!


「おりゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


 二人のすぐ横の柵まで走り、貯金箱を大きく振りかぶった。目の端に驚愕に染まる二人が映る。

 これが私なりの証明。お金なんか必要ない。そんなことよりも大切なことはいっぱいあるって!!!

 怒られるのは百も承知。これから私にはいろいろ枷が付けられるかもしれない。それも承知。私は今こうすることに多大な意義を感じる!!!

 振り下ろすと、貯金箱は空になっていた。物理法則に従って貯金箱の中身が宙を舞う。

 大量のコインが空を飛び、校内中に金属の音が鳴り響いた。

 何だ何だと教室の窓が次々と開く、落ちたお金を最初に見つけた生徒が「お金だ!!!」と叫んだことでさらに騒ぎは広がる。

 まったく。お金ごときで騒いでんじゃないっての。


「これが私の証明よ」


 振り返り、二人に向かって言ってやった。

 二人はあんぐりと口を開いたままで、一言も話さない。驚きのあまり言葉を失うとはまさに今の二人のことを指すのだろう。


「バカだろお前……」


 あ、喋るのね。



 ◆ ◆ ◆



 それから二人は先生に自分たちのしたことを話しに行った。

 自首したのだ。

 私の行動に心をうたれてかはわからないけど。


 私のしたことは間違っていない。今感じている満足感はきっと人生のためになる。あんなことよくやったなあ。昔はすごいなあって、きっと私は思う。黒歴史になるかもしれないけど。どっちにしろ私の証明はあの二人には伝わっているはずだと―――。


「あのなあ、立花。何があったか知らんが、危ないことはやるなよ? 金を屋上から地面に向かって投げてはいけないって法律があったかは知らんが、常識的に考えて危ないだろ」


 そう思わないとやってられない……。

 谷口先生が呆れたようにぼやく。

 貯金箱の中にお金は全部戻ってきた。排水溝に落ちたものはさすがに取れなかったみたいだけどそれ以外のお金は全部戻ってきた。これは嬉しくもあるし、ありがた迷惑でもある。因みに今は説教開始から三十分経過。他の先生にも何かいろいろ言われたので同じことを何度も言われている。きついなあ。

 その上お母さんとお父さんが呼ばれるらしいので、謝っておいて正解だった。

 それでも怒られるだろうけど。



 ◆ ◆ ◆



「何やってるのあんたは!!!」


 学校に来て事の経緯を聞いたお母さんの第一声はそれだった。うん、やっぱり駄目でした。

 それからもお母さんの説教は続き、やがてお父さんが来た。

 今日怒られるのは何度目だろう、と気を落としていると、


「さんざん怒られただろう。だからそうだな、私からは一つにしておく。自分のしたいことは出来たか?」


 想像とは違った言葉だった。ちょっと戸惑ったけど、顔を上げてみるとお父さんは優しい表情をしていた。

 きっと、私のお父さんは世界一のお父さんだ。私はそう思って大きな声で答えた。


「うん!!!!!」


 翌日、美穂と響子には今日の出来事を事細かに聞かれて、他のクラスメイトにも話を聞かれた。拓哉と弘光は三年だったようで、色々な先輩からも話を聞かれた。

 ほとんどの人が私に同じ質問をした。「何でそんなことしたの?」と。

 私は答える。自分のため、と。

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