第139話 疑念深化

 午後の移動を再開すると、さっそくイフレニィは無理やり加わった二人に、旅の準備について尋ねた。女騎士は微笑みながら、わずかに体を傾けて背を見せるようにして指差す。動き易さを重視してか、小型だが鞄を背負っているのは気付いていた。来がけは腰周りの道具袋だけだったことを思えば、ましにはなっているのだが、予定のはっきりしない状況の中に出て来たと考えれば心許ない。それも、初めから合流するつもりなら荷車を当てにしての選択かもしれなかった。

 それだけでなく女騎士の場合は、小僧もついてきたため護衛働きを考えて、いざという時の動きやすさを重視したのだろう。腰に括りつけてある武具が嵩張り、多くを持てないようにも見えた。彼女の武器は短槍であるが携帯用のもので、普段は半分に折りたたんであり、小盾の持ち手側に通して帯革に留めてあるのだ。

 そういった準備も含めて、遅れて来たわけなのだろう。

 しかし元老院での様子を思い返せば、どうやって出てきたのかと疑問は膨らむ。漏れ聞こえる会話の端々によれば、女騎士だけ出てこようとしたところ、小僧が追い縋ってきたように聞こえた。よくもあの王族にこだわる爺連中が、二人を共に外に出すことを許したものだ。イフレニィが、何かの企みと考えてしまうのも自然なことだろう。

 渦中にいる人間に訊けば、ずっと抱いていた疑念をはらえるかもしれないと、何気なく口にしていた。

「お前ら、どうやって生き残りを探してる」

 その問いかけに、女騎士は喜びも露に即座に反応した。

「興味を、持っていただけたのですね」

「不快だからな」

 イフレニィも即座に本音の拒絶を返す。しかし、女騎士の笑みは消えなかった。代わりに小僧が怒りを浮かべて文句を言おうとしたのだが、女騎士は腕で遮る。

「それでも、貴方の方から尋ねてくれた。大きな一歩です」

 この手の人間は心底苦手だと、イフレニィは改めて実感していた。鬱陶しい気分を顔に出さないように、それとなく視線をずらして小僧の方を見る。元老院のことなら、こちらの方に聞けば良かったかと後悔していた。

 すぐにその考えも否定する。要は神輿だ。存在すればよく、性格も併せて考えれば重要な決め事に参加させられていたとは思えなかった。

「その忌々しい目付き。私が何も知らないと、馬鹿にしているようだな」

 小僧は拳を握り締め、睨み返してくる。自覚はあるらしい。

「まあ、こぞ……少年に期待はしてない」

 あやうく面と向かって小僧呼ばわりしそうになり、すんでで言い換えたのだが、どちらにしろ小僧は吠えた。

「しょっ、少年ではないッ!」

 一々叫ばないと会話も出来ないのかと、イフレニィはわずかに体を反らす。

「少しばかり上背があるからと、いい気になるなよ。この節穴め!」

 何が節穴なのかと考えたが、なにも予想できない。

 頭の上からじろじろと見る。ひ弱そうではあるが、背丈は一般的な大人程度はある。だからといって、これでまさか自分より年上ではないだろうと訝しく見ていると、小僧が我慢できずに喚いた。

「私はとっくに十八を数えている! 見て分からないだろうから節穴と言ったんだ!」

 顔を真っ赤にし目と口を尖らせて喚く様は、まさに小僧だ。自分だけ勘違いしていたのではないかといった不安がなくなり、胸をなでおろした。

「やっぱり、ガキじゃねえか」

「貴様と大差なかろう!」

 さらに煩くなった小僧から一歩離れた。バルジーの不気味な元気さも、見ていてげんなりするが、もっと直接的に精神力を削るようだった。高めの声がまた、よく頭に響いて頭痛がしてくる。思わず小僧側の耳に手を被せ雑音を遮り、横目に喚いている小僧を見下ろす。

 ――俺もガキの頃は、こんなだったのかね。

 クライブに拳骨をもらうこともあったが、さすがにここまでではなかったように思う。いくつかの失敗が頭を掠めたことは、なかったことにした。

「女騎士、どうにかしろ」

 堪らず声をかけた先では、柔和な笑みを消した女騎士の目と合った。

「女騎士、ですか」

 ――しまった。

 精神的疲労が溜まっているせいか、それとも、この現状に投げやりになっているためか、うっかり心の声が漏れた。何も言わなかったというように口を噤むと、幸い、それについて問い詰められることはなかった。しかし、今回だけといった気配はある。

 小僧のせいで話が逸れた。

 耳を塞いでいた手を離し、今度は明確に女騎士と髭面へと声をかけた。

「怪しげな魔術具でも使って、居場所を監視してるのかと思ってな」

「怪しくなどない」

 小僧が答えたが、肯定しているとも取れる言葉だ。女騎士が言葉を継いだ。

「確かに、魔術式の研究施設ですから、様々な道具を駆使させていただいています。ですが、人の居所を探るなんて無理なことです。そうできたなら、どんなに気が楽だったか」

 かっと、イフレニィの頭に血が上る。今の言葉は、そんなことは出来ないと、真実味を持たせるために心情を添えたに過ぎないのだろう。それでも、女騎士の民を労わるようでいながら、度々含まれる他者への無神経さはイフレニィには耐えがたいものだ。どうして、こうも探られる方の気持ちを無視できるというのか。そこに反射的に怒りが湧くことは抑えられない。

「地道に、訪ね歩いたのです」

 女騎士は、それで話を締めた。


 落ち着くために、イフレニィも前に向き直る。女騎士の答えは、どうとでも取れる曖昧なものだ。

 簡単に口は割らないのは当然だと考えてはいた。しかし、本当に仲間に引き込みたいのか、実は遠ざけたいのではないか。わざとやっているのかとさえ思える態度に困惑せずにはいられない。無理にでも引き込みたいなら、洗いざらい正直に話せばいいだろうに、そうはしない。イフレニィが頑なに話を拒み続けていたとはいえ、幾度か機会はあった。半ば無理矢理にもたされた機会だろうが、そのわずかな面会時にも、何がイフレニィの癇に障るのかも判断できたはずなのだ。自己の都合が大きな比重らしき女騎士とは違い、髭面も居たのだから。

 話して、それでも拒否されれば、知られただけ危険を伴うとでも思っているのだろうか。そうはいえども、元老院の空気は切羽詰まったものだった。なら、踏み出しても良さそうなものだ。

 そう考えれば、あの人攫い男だけが、行動に移したことになる。

 何をそんなに知られたくないのか――回廊の進行が速いと言った。

 情勢不安を懸念して緘口令でも敷いているのか、やたら口が重い。

 ただ、影響の広がり具合は、既に帝国側でも感じていたことだ。国も大々的に対策を講じている。頑なに口を閉ざす段階でもない。

 完全に足並みが揃ってなどいないだろう。計画の進みにずれがあり、この件は後回しにされているということなのかもしれない。

 今は、そういうことにしておくしかない。その場での詮索を諦めたイフレニィは、顔を森へと向けると、小さく溜息を吐きだした。

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