第138話 打ち合わせ
向かいに座る三人を一目見ると、隣へと声をかける。
「今後の旅程について話そう」
招かれざる同行者へも聞こえるように言いながら、イフレニィはセラとバルジーの二人に目配せをする。別の意図が込められていることは理解してもらえたようで、バルジーも余計な口を利くことなく頷く。聞きとがめた小僧が口を出した。
「人前では、話せないような企みごとか」
「ああ、そうだ」
「ぐッ」
相談が必要なこと自体を隠す意味はない。冷たく言い捨てれば、小僧は喉を詰まらせたように黙った。秘めた事情があるのは、互いにだろう。向こうも三人揃ったことで、すべき話もあるはずだ。
他の三人から、姿は見える程度に距離を取る。聞かれたところで困るような話や、言い方はしないようイフレニィは気を付けているつもりだが、二人はもとより言葉が足らない。改めて旅の予定を確認するだけではある。だが一応は声を落とすため、俯き気味に頭を付けるようにして、イフレニィら三人は向かい合った。
「緊急旅程会議ーぱちぱちぱちー」
バルジーは楽しげな口調だが、無表情で宣言した。まずは旅の主導者であるセラが気掛かりを口にする。
「放っておけと言うが、共に移動する以上、各々が勝手に動くことはできんだろう」
その意見は尤もなことだ。イフレニィらがあの三人を置いて行こうとしたところで、振り切ることなど無理だ。諦めて行動を共にするなら、見張りの交代の件なども打ち合わせておくべきだろう。旅に加えるなら、道半ばで糧食が尽きたなどと言われて放置するわけにもいかなくなる。旅に同行し認めるということは、その間の責任を請け負う事でもあるのだ。準備は十分なのかなど、確認はしておかねばならない。仮にも行軍に慣れているだろう白黒二人が付いているなら問題ないように思えるが、小僧の様子には不安しかなかった。
「その辺りは、訊いておく」
そこは、この事態を招き寄せたイフレニィの責任だろう。それは仕方が無いと片づけることにして、肝心の今後の予定だ。正確に言えば、イフレニィとバルジーにとっての。
「でだ、このまま港へ向かうのか」
イフレニィの問いに、二人は押し黙った。イフレニィら三人にも、それぞれの思惑がある。これまでは目的が一致し、または擦り合わせながら来た。
セラの目的は、国内の街を見て回ることだった。また帝国側に戻るなら、今度は南西側の街を巡ることになるだろう。
問題は、バルジーだ。結局、元老院では何も言わなかった。そして、ここまでの道のりでも、仄めかしすらしなかった。バルジーの身体にまといつく、得体の知れない精霊力だけが、捉えることのできるという信号。それこそ、イフレニィの目的でもある。
黙って見据えると意図が伝わったのだろう、バルジーはふて腐れて目を伏せた。何がまた機嫌を損ねたのかなど、イフレニィに分かる由もない。慣れたこともあるが、こんな時は率直に訊ねるに限ると学んだため、もう苛立つことなく疑問を口にする。
「元老院で、原因が分からなかったんだな?」
「……うん」
返事は、はっきりしないものだ。
――まさか。
「まだ芋が食えなかったことを根に持ってんのか」
訝しげに見ると、バルジーは小石を蹴飛ばした。見事に脛に辺り、イフレニィは痛みをこらえて微かに眉を顰める。
「港に、戻ろうよ」
バルジーの声は、沈んでいる。
「俺の予定なら、気にしなくていい。ここまで来たんだ。どうせなら国内だけでなく、こちらの街を回るのもいいだろう」
それに答えたセラの言葉に、何を気にしていたのか、イフレニィにもようやく分かった。護衛依頼の契約をしているのだ。イフレニィとは違い、目的地が別にあるからと勝手に離れることはできない。
「私、役に立ってるかな」
目を伏せたままのバルジーを、表情から何か読み取れないかと窺う。旅の目的が台無しになったのは、全部イフレニィのせいと言ってもよかった。だとしても、自信を失くす要因となったのだろう。
「役に立っても立たなくてもいい。契約してるんだ。その分行動してくれればいい」
セラは相変わらず、歯に衣着せることなく感情のこもらない声音で告げる。それでもバルジーは、その言葉に力を得たようで、顔を上げるとしっかりと頷いた。
外からは分かりづらいやり取りだが、少しは読み取れるようになっていることを喜んでよいものだろうかと考え、イフレニィはつい遠くを見てしまう。
すでにセラは提案している。こちらの大陸も回ると。そして、帝国側以上に前知識もなく不安な場所で、護衛としての自信を失いかけていたバルジーは、戻ることを勧めた。消極的な理由からだけではなく、雇い主の身の安全を考えれば真っ当な進言でもある。そこにイフレニィへの確認はなかったが、これまでの行動を考えれば聞くまでもないことだ。
イフレニィは、内心で安堵の溜息を吐く。
セラの目的に叶う形で、バルジーの目的が優先されたということだ。それは、イフレニィの目的にも沿う。いつもなら心配にもなるセラのお人好しさ加減に、今は素直に感謝していた。
「決まったな。まずは、この息苦しい街道から抜け出そうか」
人が増えることで、今朝決めた予定よりは速度は落として進むことになるだろう。セラにとっては、いつもの配分だ。森を抜けて本街道に出るまで三日ほどかと、イフレニィは概算を出したが、問題の人員へと視線が向く。約一名、足手まといになりそうな人物。小僧の恰好は、元老院特有の色褪せた赤い絨毯巻きではなくなっているものの、旅人の外套よりも暗い灰色に変わっただけで同様の型だ。一応は旅装束のためか腰に革帯を巻き、袋類を括りつけている。お陰で、より一層細身でひ弱な印象が目立つ。体力がないのではないかという懸念は、見た目だけであればいいのだがと思いつつ、イフレニィは休憩の場へと戻った。
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