想いの道行き

第137話 詰んで冷遇

 元老院の領内から抜けるために、イフレニィ一行は鬱蒼とした森の街道を歩き続ける。一見したところ背の高い木々は多くないのだが、枝葉の色が暗く、しかも硬さもあるためか重々しい印象を与えていた。そんな黒い森の中は昼間でも薄暗く、日中の感覚を忘れそうになる。しかしイフレニィが、ふらつく頭を支えながら、どうにか歩いているのは別の理由だ。イフレニィが、あまりに深刻な様子を見せてしまったせいだろう、セラは元老院領内の工房を訪ね損ねたことを気に病む必要はないのだと、普段以上の力の入れ具合で、事細かな魔術式に関する考察を語り続けていたのだ。

 そうしてイフレニィが痛むこめかみを押さえつつ歩いた、昼近くのことだ。突如、森の静けさは破られる。蹄と嘶きが反響した。音は複数。行商人にしては速度が出すぎている。

 音の方向へと皆は一斉に振り返ったが、道の端に寄せはしたものの、そのまま足を止めていた。一本道だ。隠れてやり過ごすにも、荷車などを隠せるほど木々が密集しているわけではなく、移動させる間にも追いつかれるだろう。元老院からの追っ手ならば、こちらを探してうろつくはずだ。ずっと潜んでいるわけにもいかない。

 せめてもとイフレニィは、周囲に精霊力の動きがないかを探るが、特に気配はない。音の近付く先へと目を向け、身構えた。やや湾曲した道は木々で隠されている。みるみる音は近付き、馬の鼻先が見えたかと思うと、あっという間に目の前で止まった。驚きに固まったのは、見えた姿に唖然としたためだ。

 自然に巻いた赤毛が頬で跳ね、柔和な面に微笑を彩る。

「追いつきましたわね」

 悠然と言い放つのは女騎士、フィデリテ・マヌアニミテ。さらに、彼女の腰を掴んんでいた腕が離れて頭を覗かせたのは、不機嫌そうに眉間を寄せる小僧、オルガイユ・ルウリーブだった。

 二度と見る事などないことを願っていた。それが叶わないなら、少しでも先延ばしになるよう期待していた相手が、地面に降り立っていた。


 ――冗談だろ。

 思わず口中で呟いていた。

 呆然と見ていると、後から来たもう一頭が止まる。そうだ音は複数だったと、先に意識が向きすぎてしまっていた自分に舌打ちする。はっきり元老院の手の者だと解る、門番と同じような格好だ。だが心配をよそに、兵は女騎士から馬の手綱を受け取ると、そのまま引き返していった。

 それだけで、これから起こることが予想され、ますます頭痛が酷くなるような気分になる。

 心底、うんざりしていることが顔にも表れているのだろう。女騎士は、笑みを気まずそうに歪めた。イフレニィは何も言えずに、ただ二人を睨むしかできない。口を開けば、暴言を吐きそうだったのだ。不満を露にしたイフレニィの態度が気に障ったのだろう、小僧が吠えた。

「べ、別に私が望んだのではない! 貴様らだけではフィーの身が心配だから、それで仕方なく旅に同行しようというのだ。だから勘違いするなよ! それに……」

 しかしイフレニィが射すくめるような視線を向ければ、小僧は目を逸らして声は切れ切れになり、初めの威勢は鳴りを潜めていく。決闘でのことを思い出したのかもしれない。

 そんな言い訳など不要だ。最後まで聞かず、イフレニィは振り返って髭面を見据えていた。イフレニィが立ち去る際に、門まで張り付いていてもおかしくない様子の絨毯軍団が消えていた。旅に同行すると強く言った女騎士も。初めから、こうして落ち合う手筈だったのだろう。監視役のようだと感じたのは、あながち間違いではなかったのだ。

 ――暇人共が。

「丁度良い。昼休憩としよう」

 イフレニィが何かを言う前に、髭面は勝手に仕切った。それにセラは頷き、森の中に僅かに開けた場所を見つけて入り込む。渋々と、イフレニィも輪になり地面に座る。どうやって平静を保ちつつやり過ごそうかとイフレニィが頭を悩ませていると、別の理由で気疲れのするお喋りが始まっていた。

「こんな所に座るのか? 土まみれになるではないか」

「長い街道沿いに、椅子を置いて回るわけにはいかないわ。街の無い場所の方が多いのよ」

「硬いな。味もない。これが食事なのか」

「保存性を重視するとそうなるの。ですから、留まるようにお話したでしょう」

 小僧が何かをする度に煩わしい。声音に不満や怒りなどはなく、ただ思いもよらぬことに感想がこぼれてしまうといった風ではある分、喚き散らされるよりはましなのかもしれない。

 運良くと言ってよいものか、小僧は子供の頃から元老院に預けられ、しかも副王の家に近しいらしく大事に育てられたのだろう。外へ出る機会はなかったのだろうと思えた。周囲の雰囲気からも甘やかされてきたのは間違いなく、普段の移動は馬車に違いなかった。馬で長い道のりを追ってきて文句を言わなかったのだから最低限は学んだのだろうが、女騎士にしがみついていたのだから得意ではないのだ。

 困惑を誤魔化すように、そんなことを考えながら黙々と食事を進めつつ相手の様子を窺っているのは、イフレニィだけではない。狭い空き地に輪を作るように座ることになるのは仕方のないことだが、それは自然と二手に分かれて向かい合っていたためだ。セラを中心に、イフレニィとバルジーは身を寄せて縮こまっている。イフレニィは話しかけられたくないためだったが、なぜかセラは眉尻を下げて困った様子を見せていた。その理由が小さく呟かれた。

「俺は、そんなに人を雇えるほどの金はないんだがな……」

 向かいに座る三人が有無を言わさず同行するつもりでいることは、広間での会話を聞いていたのだから、そう考えて当然だった。問題は、いきなり三人も人手が増えることに、セラはどうしたものかと考えていたようだ。どこか心配しどころがずれていることに、イフレニィの気も抜ける。

「今さら、そんな心配するな。嫌でも勝手に付きまとうだろうし、放っておけ」

 そう言った途端、バルジーが呆れた目を向けてくる。付きまとうといえばイフレニィ自身、そこには何も言えない。一つ咳をして、その話は終わりとした。

 しかし、緊急に確認しなければならないことがある。

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