第133話 夜道

 セラの荷車は、乗り入れたそのままに厩に放置されていた。緊急会議とやらで人が集められたことにより、荷物に触れる時間はなかったのだろう。特殊な荷車だ。幾ら元老院がセラと似たような者が集まる場所だろうと、この短時間に本体に何か出来るとは思っていない。

「無くなってる物はないか、細工された形跡はないか。よく調べてくれ」

 それでもイフレニィが、念のためにセラへと指示をするのは性格的なものだ。すぐにセラは、寝そべって土台の下を見始めた。イフレニィは荷台の方を見る。ガラクタの詰まった木箱には、一見して怪しいところはない。符関係の道具などは見ても分からないため後で調べてもらうとして、妙な精霊力はないかと気配を探ったが、こちらもおかしな点はなかった。

「問題なさそうだ」

 セラの言葉に頷き、イフレニィは出るための準備を始める。行灯に火を点し荷車の取っ手に吊り下げた。精霊力のないセラのためだ。

 イフレニィとバルジーは空から降る光の粉のお陰で、夜道でも歩くだけならそう支障はない。しかし実際に辺りを照らすようなものではなく、物体を縁取るように陰影を捉える事ができるというだけであり、当然ながら昼間より集中する必要はある。それでも、ここに泊まるという選択は考えられなかった。

 行く先を決める前に、まずは城門を抜けなければならない。その後は、ひとまず道なりに進むしかないだろう。セラが荷車に手をかける。歩き始めて、一人足りないことに気付いた。

 バルジーは飼い葉に埋もれて、ぶつくさと呪いの言葉を吐いていた。いつも緊張感を台無しにしてくれる、嫌ないじけ方をする姿に足を止めずに声をかける。

「置いていくぞ」

 口を尖らせてすっ飛んできたバルジーも揃い、イフレニィ一行は厩を出た。

 外へ出ると、案内役らしい元老院の中では若手の男が待ち構えており先導する。もとより連れ込まれた建物から離れていたわけではなく、暗い中でも少し進めば城壁が見え、通ってきた門も目に入る。門番は一般的に兵士と呼べる恰好をしており、案内の男は開門するよう命じた。通行許可を伝える役目でもあったようだ。

 他の絨毯軍団の姿は消えていた。安堵はしたが、未練がましい態度を見せられた後では、不気味な行動にも思えた。

 門が開き、案内役はイフレニィに頭を下げる。その場で頭を垂れ続ける案内役を見て慌てて頭を下げる門番達を尻目に、イフレニィらは出来る限りの早足で出て行った。


 視界に、横長の夜空が広がった。元老院の城は高台にあり、道は街へ向けて緩やかに下っている。麓には木々が黒く覆っているが、そこまでに遮蔽物は何もない。見下ろす道の先には、一定間隔で灯りが置かれており、幻想的にも思える。少なくとも道に迷うことはない。

 危うい場面は避けられたのだと思うと、イフレニィの肩から緊張が解ける。

 魔術式の大広間に着いてから出ていくまでの光景が斑に繰り返され、改めて一歩外から眺める気分でいた。皆のためと言いながら、利己的な感情の吹き溜まりだった。仮にも、各国と渡り合う機関が、ここまで混沌としているだなどと誰が思うだろう。

 思わずといったように、ほっと息を吐く。ひとまずの安心を得たと思ったのだ。そんな矢先のことだった。

 体が思い出したように緊張し、振り返っていた。

 人の近付く気配に剣の柄に手を置いたが、そこに居たのは、暫くは見ることもないだろうと思っていた髭面だった。

 だが、それまでの気配のなさとは裏腹に、軽く手を挙げ堂々と挨拶をする。まだ領内だ。安心したといえども気を抜いたつもりはなかったというのに、気が付けなかった。この男も、不確定要素だ。女騎士や元老院とは行動を起こす根の部分は同じだとイフレニィは確信していたが、目的は違うのではないかと感じている。

 間を置かず、髭面は静かな身のこなしでイフレニィに並んでいた。

「街に入る気か。騒がれるぞ」

 そこでセラと、夜道の先導のために前に居たバルジーも、異変に気付いて振り返る。二人の視線は髭面を認めると、次にはイフレニィに向けられる。問いかけるような眼差しを受けたイフレニィは、声が詰まった。その忠告は尤もだと思えたのだ。

「布でも、頭に巻いておく」

 仕事をする予定はない。名が知られることはないだろう。

「情報が伝わっていないと、本気で思っているのか」

 髭面は馬鹿に言い聞かせるように、一言一言を区切る。

「それは……」

 言い返したくとも、言えることは何もなかった。小さな街だというのは、馬車で通り抜けた際にも垣間見ることができたし、元老の間で問題が把握できる程度なのだ。見知った者の集まりなのは間違いなく、訪問者があったとだけでも情報が伝わっていたなら、たとえ頭を隠したところで正体は知られているも同じだ。

「なら、お前らだけで」

 二人で行けと言いかけたが、言葉は途切れた。住人に、詰め寄られるだろうか。

 ――参ったな。

 イフレニィは奥歯を噛みしめていた。二人の旅の行き先に関しては、邪魔するつもりなどなかったというのに。もう、他に案など浮かびはしない。

「本当に、すまない」

 結局、それしか言えなかった。

 情けなさに伏せてしまっていた目を上げ、セラとバルジーを見る。二人は、ただ頷いて見せただけだ。

 そしてセラは、街の外へ続く道へと方向を変えた。

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