第134話 黙考

 夜の道が殊更に暗く感じられるのは、気分のせいだ。結果的に、拉致されて訪れたことは良かったのだろうと、渋々ながらイフレニィは考えていた。よもや元の民のみならず、元老院の上層部までもが、主王の確保に拘っていたなど思いもよらぬことだ。

 それもこれも、想像以上に多くの生き残った民が元老院の中枢にまで侵食していたためではある。よく瓦解せずに十年の歳月をやり過ごして来たものだと、呆れを通り越して感心さえするほどだ。

 もしも、そんな状況を知らずに街に入っていたなら、大変な騒ぎになっていただろう。城から抜け出すよりも難しい状況になっていてもおかしくはない。それも考慮して、あの人攫いは箱馬車にしたのかもしれなかった。聞かされた弁解などからも、女騎士の報告でイフレニィが説得に応じなかったと知ったから行動を起こしたものの、主王の血筋にある者の存在を民側勢力へは隠しておきたかったようだった。洗脳めいた説得でもしようと企んでいたようでもあり、そこまでする理由が元老院側にはあるということなのだろう。

 ともかく、代表に対しては、それなりに忠誠心があったようで助かったのだ。成果自慢のつもりだったのだろうが、初めに面会して止めてもらえなければ、今頃は幽閉されていたように思えた。

 人攫いの行動を遮った者。視界の端に、髭面を捉える。

 ――なんのつもりだろうな。

 元老院との交渉事、それに、女騎士を連れてくるのが主な役目だと考えていたのだが、まだ着いたばかりだ。帝国の使者だと自ら口にした。それが、イフレニィに関することで、話をする時間など取れなかったのだ。

 わざわざ忠告するために追ってきたにしては、未だ立ち去る気配はない。イフレニィが、自国民を蔑ろにしたと皮肉ったことへのあてつけで、街を出るまでの安全を確保するための見送りとでもいうのだろうか。

 警戒はそのままに、なるべく意識を外すようにして街道へと進む。

 帝国側の動きも、話の合間に含まれてはいた。去り際には人攫いも、使者への制限があったと髭面に文句をつけていた。それは事情に疎いイフレニィでさえ、言い掛かりでしかないように聞こえた。他国の人間に、好き勝手に動かれても困るだろう。

 そもそも、あれだけ王の生き残りについて揉めてきたなら、もっと早く女騎士を手元に戻していても良さそうなものだ。一度は戻ったようで、小僧と再会したとき女騎士は久しぶりだと言ったが、すぐに帝国へと戻ったのだろう。

 女騎士も、恩を返すために帝国側に滞在して手伝ったと言いはした。それが一段落したから、元老院へ向かう許可が下りた。それが、彼らの言う制限の一つだったのかもしれない。

 それも帝国側からすれば、何も不自然なことではない。手を貸せと言うならば、お互いにだ。それすら、手を貸すために形ばかりの義理を作った、帝国側の譲歩にすら見えるのだ。イフレニィにとっては、住んでる街が属しているからと身贔屓な考えかもしれない。

 表に見えることに不穏なことなど感じた覚えはなかったが、城の内情は元老院のように大荒れな可能性は十分にある。そんなことなど、一市民は知らないほうがいいだろう。

 表向きというならば、元老院の方はどうだろうと考える。元老院は次なる危機について調査を続け、各国へと報せた。結果として帝国は受け入れて真摯に対処し、元老院も受けいれた避難民と共に、今後の対策を講じている最中だ。内情を知ってからでは、単純にそう言い切ってよいものかと少々迷うも、嘘ではないだろう。彼らの方針に、疑問を抱かざるを得ないだけである。

 ここは人の動きが乏しいようで、凝り固まった考えに己が首を絞めているのだと、イフレニィは元老達を詰った。二つの陣営があると見たが、その事に気付きつつある者と気付かない者との対立だったのかもしれないといった思いが、ふと浮かんでいた。

 それに加えて、トルコロルが残した妄執。関わると碌なことにならないと、はっきりした。ああいう手合いが放っておいてくれるとは思わないが、イフレニィに残された対抗策は、消極的な方法しか残されていない。

 たとえば、そんなことを気にしている余裕がなくなるほどに回廊の動きが活発化する、といったことだ。そうなれば、混乱が起きようがどうしようが、小僧と女騎士が率いていくしかないだろう。

 回廊で肥大し続けている精霊溜りの問題は、真っ先にコルディリーに降りかかることだから、無論、そのようなことなど起こって欲しくはない。

 荷車を引くセラの姿を、仄かな灯りが揺れながら浮かび上がらせる。会議などで得た多くの話からも深読みしようとしていたのは、二人への申し訳なさからくる逃避だ。思考を断ち切る。もう、内部のことなど、どうでもよいことだ。後は、自分以外の主王筋の生き残りが見つかってくれるよう、願う以外にできることはない。

 それよりも、行動には対価をという己の信条を貫こうとするならば、他の何かで返せないか考えるべきだろう。


 黙々と考え込んでいる内に、街外れの森へと入り込んでいた。わずかに意識を外へ向けつつも、考えながら歩く。森を抜ける街道は、頭上に枝葉が生い茂り、ほとんど真っ暗といってよかった。精霊力である光の粉も、生命力に満ちた植物の層を抜けることは難しいのか、微かに差しこむ月明かりに混じることはない。灯りは先頭を進むセラの手元だけだ。

 自然と速度を落とし、ゆっくりと移動していた。イフレニィの側を、相変わらず黒い人影が規則的な歩調で進んでいる。

「どこまで付いてくるんだよ」

 こちらを向いた際に、灯りを受けた髭面の目を光らせた。

「地図もなしに移動するのは、お勧めしない」

 そう言って髭面は口の端を吊り上げ、これ見よがしに地図を翳して見せた。

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