第132話 謝罪
元老代表は、決闘の勝ち負けに関わらず、イフレニィを解放すると宣言した。
「その工房を営んでいる者らも、我らの管理下にある。ならば、ここへ滞在されるが良かろう」
しかし、立ち去ろうとしているイフレニィらに、未練がましい目でついてくる絨毯軍団を掻き分けて前に出たのは人攫い男だ。
たとえ代表自身との意見の不一致はあれども、元老院という組織への忠心は本物で決定事項は守る気でいるのか、それとも他者の目があるからなのか。詰め寄ることなく、どうにかして引き留めようと言葉を連ねていく。何某かの理由があったのだとしても、イフレニィからすればただの誘拐犯だ。まだ何か企んでいるのではないかと、警戒の目を向け続ける。
「直接、城に招こうというのだ。何の不満がある」
「邪魔したら、罰が下るんじゃなかったか」
「だからこうして、お願いし、説得を試みているのではないか」
呆れて物も言えない。必死さだけは伝わるのだが、横柄さを消すことはない。普段からこのような態度なのだろう。だから、改めて詰りたくもなった。
「なぜ、人攫いの真似をした」
完全に攫ったと考えていても多少は言葉を濁したのは、これ以上引き留められかねない理由を与えたくないという懸念と、元老院内の争いに首を突っ込みたくはなかったためだ。それでも些か強く出てしまったせいか、周りから疑念の声が上がる。
「どういうことだ……」
「攫ってきただと!」
周囲の反応は、思いもよらぬことが起こったと驚きに満ちたものであり、多くの者が同時に似たような態度を見せたならば、示し合わせたようには思えなかった。人攫い男は、詰め寄る周囲に僅かに怯んだ様子を見せる。だが、それも一瞬で、目を吊り上げ周囲へと噛みつく。
「船からのマヌアニミテ殿の報告から、説得は成功していないことを聞いていたのだ! 現在の窮状は、ここにいる誰もが知っておろう! それを、たった一人に任せ、今まで手をこまねいて見ているしかなかった」
眉間に皺を寄せたまま人攫い男は、開き直って声を張り上げる。
「しかしマヌアニミテ殿は、帝国の都合ばかりだったではないか! 帝国側に送った我らの使者も、行動を制限され苦労させられてきた。そうだろう!」
最後の言葉は、髭面に向けられていた。
ならば、女騎士らと共に行動していないと考えて仕掛けてきた。白黒二人組の同行を、誤算と言ったのは真実だったのだ。イフレニィは遮る。
「だから、なぜかと聞いた」
「分からんか。力ずくでも納得してもらうために決まっている」
なぜ、そこまで平気で禄でもないことを答えられるのか理解できない。
「代表の考えではないと言ったな」
「私の提案を汲んでくれていたならば、無理を通すことなど考えるか!」
代表や組織を庇っているのだろうか。本当に、この男一人の独断なのか。
そこまで切羽詰まるのも、あの全くまとまりのない会議を見ていれば分からなくもない気がして、そんなことを知りたくもなかったと思うと頭が痛い。
それにしても、何が、そこまで急き立てるというのだろうか。
この狭い場所に長いこと身動きできず、危険だと言われ続け、周りが見えなくなってしまったのではないか。
違和感が頭を掠める。人攫い男の話や、補佐の男はトルコロルの民でないだけではなく、避難民側でもなかった。会議で二つの陣営があると考えた内の、元老院側と判断した者だ。こんな態度だが、手足として使える者らを持っていることからしても、結構な地位にあるらしかった。主王に拘るのは、民側のはずなのだ。
補佐の男が話したことから素直に考えるならば、管理しきれないほどに多く抱えてしまった他国の民が、再度回廊の危機が迫っていることで暴動を起こしそうなほどの不安を燻らせている、ということだろう。
だが、女騎士は祖国へ戻りたいと言った。会議では、主王が揃うことによる計画があるとも言った。
そこでイフレニィは、余計なことを考えようとしていたことに、はたと気付き頭を振る。
どんな理由であろうと、迷惑なことに変わりはない。
「もういい。目論見通りにならず残念だったな」
永遠のように長く思えた会話を断ち切り、扉前から離れる。まだ外に出ただけだが、息苦しい部屋から抜け出せたことで、毒気をはらうように空気を取り込む。
人攫い男を横目で窺い見ると、無念そうに拳を固めて歯を食いしばっている。まだ何か手がないか、考えあぐねている顔だ。早く立ち去るのが無難だろう。絨毯軍団の中では若手の一人が駆け寄り、荷車は厩に置かれていると場所を示した。そちらへ向かおうとするイフレニィとすれ違いに、立ち尽くす絨毯軍団の方へ向かう姿。
「お願いの仕方が、足りないんじゃないかな」
バルジーだ。思わずイフレニィは片手で頭を押さえる。いつも余計なことをしてくれる。
「我らを脅そうと言うのか」
バルジーの言葉に人攫い男は、落ち着きを取り戻したように低く答える。己が使った手口だというのに、まるで自覚がないような警戒心も見えた。気にせずバルジーは続ける。
「謝ってもいない。それで頼み事なんておかしいでしょう」
「謝ることなど何もない。ええい、部外者は黙っておれ」
バルジーも、対抗するように声を低めた。
「人攫いって、重罪だと思うけど」
「ぐ……気が急くあまりの出迎えを、そのような行動に誤解させたのは残念なことだが。よかろう……その件については謝ろうではないか」
「だから、謝罪の言葉などいらん」
付け入る隙を与えられては困る。イフレニィは言いながらも、背後からバルジーの肩に手を伸ばした。だが後ろを見ていないはずのバルジーが、一歩踏み出し前のめりになったことで、掴もうとしたイフレニィの手は空を切る。
「そうだよ。謝罪と言えば、贈り物!」
これ以上、余計な口を利かれては困るとイフレニィは向き直り。
「な、なんと恥知らずな。金銭を要求するなど、下賎な輩よ!」
「そんなのいらない」
「行商人だったな。なるほど、最新の魔術式具が欲しいのか」
焦ったように近付いていたセラが、その内容に反応して足を止める。
そしてバルジーは、お前には失望したというような声を出した。
「えー」
「まさか両方か。このっ、強欲共め!」
――心外だ。
多くの街人と比べれば、無欲といっていいだろうイフレニィにとって、そのような誤解はされたくないものだ。
「なんなのあなた、さっきから。見当違いなことばかり。ここにはもっと素晴らしいものがあるでしょう」
そこで、バルジーの目的を察した。元から、イフレニィや足止めされたセラの為に怒ってくれているわけではないと分かってはいた。
セラもバルジーの目論見に気付いたらしく、イフレニィと頷きあうと、一息に詰め寄り両脇からバルジーの腕を掴む。
「行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ。これからが、いいところなのに」
「ま、待ち給え。それはなんだ!」
怪訝に見ていた人攫い男には、聞き捨てならなかったのだろう。思わずといったように足を踏み出す。
「触ったら、規則を破ったと看做すぞ」
手を伸ばしかけた男に釘を刺す。
「い、芋だよ、甘くて美味しい、お芋だよおおお――」
心底から嘆くように叫ぶバルジーを引き摺り、ようやくその場を離れたのだった。
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