第130話 叶わぬ説得

 イフレニィが唾棄したくもなるのを堪えたところに、代表の逆なでする笑みが向けられた。

「対立している場合ではない。もちろん、決闘に賛成はできかねたのですが、頼まれると断れんでのう」

 単に他国の事情に口出しできないだけではなく、かわいい弟子への贈り物が死闘だったというわけだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに体を背け、連れ出すべき者の姿を探す。

「はっきりさせておく。俺は滅びた国とは関係ない。アィビッドで育ったんだ」

 元老院の者らに聞かせつつ、目は髭面に向けて言った。お前の国の民が目の前で殺されかけたが傍観していたな、という皮肉を込めてだ。髭面にも任務があるのだろうが、会議でも黙って観察していただけだった。

「アンパルシア家、外交を任された家でしたな」

 代表は静かな声で、イフレニィの出自を知っているのだと告げる。ゆっくりと顔を向ければ、刺すような視線と合い、反応を窺っているのだと受け取った。

「確かに、父はトルコロル出身だった。だが俺は、コルディリーで育った帝国の人間だと言っている。例えトルコロルに居たとしても、継承順位で言えば相当低い。それどころか、無いも同然だ」

 王と近い位置にいただろう、女騎士や小僧とは違うのだ。座り込んでいる二人を横目に見る。女騎士に背を支えられながら、小僧は尻餅をついて、へたり込んでいる。その足は震えていた。

 屈辱や怒りの為か、殺されかけた恐怖ゆえか。それを与えたのが自分だと思うと、正当な反撃と考えていてさえ気分は良くない。しかし、後のことなど知ったことではない。頼むから被害者ぶるなよと口中で呟き、視線を外そうとしたところで、小僧が顔を上げた。立てもしない状態だというのに、イフレニィを見た小僧の表情に恐れは見られない。

「一人の人間だと? あくまでも利己的な理由で、祖国を、民を、否定するつもりか。だ、だったら、与えられた力に頼るな!」

 殊勝にも、まだ言い返してきた。しかし、半ば自棄のようでもある。瞳に宿っていた強い意思も、今は揺らいで見えた。小僧の目を見据え、イフレニィは諭すように言う。

「与えられた力ってのは、正にお前が使った魔術式に、符だろう。俺は、身一つで生きるために鍛えてきた。食うのに不自由なく、理論だけ学んできたような奴が、勝てるわけないんだよ」

 小僧は歯を食いしばり、俯いて視線を逸らす。少しは懲りてくれとイフレニィは願った。

 そんな様子を見ながらも、徐々に後ずさり退路を探っていたのだが、今度は女騎士が声を上げる。

「なおさら、自ら鍛えたそのお力は重要です。民のためだけではなく、私自身、国へ帰りたい。どうか、お力添えを!」

 脅しもきかないとなれば、次は懇願かとうんざりする。返事さえしたくもなかったが、代表が便乗して謝罪の色をつけた窮状を被せた。

「元老達の傲慢な態度は私の責任。皆もよく聞くが良い。自らが助かりたい本心を、卑しい言い訳で誤魔化すでない。多くを調べ、計画をし、準備してきた中、貴方はようやく見えた希望なのです」

 今度は持ち上げてきた。せめて初めからそうしろと胸の内で吐き捨て、拒絶の言葉だけは誤解などさせないようにはっきりと返す。

「押し付けるな。俺が死んだらどうするんだ。病死、事故死なんでもいい。たまたま目に付いたからと、嫌だという者を言い包めてる暇があったら、別の奴を探せ」

 周囲が静まったようだったが、イフレニィの意識は背後の扉へ向いていた。位置を確認し、セラ達の姿も人垣の向こうに見付ける。意識はこちらに向いてくれていたことに安堵し、視線と頭を傾け扉を示す。セラが頷いたのを確認して代表らへと意識を戻せば、女騎士が険しい顔で立ち上がった。

「お怒りは尤もです。ですが、一つだけ言わせてください」

 イフレニィを真っ直ぐに見据えながら、一歩を踏み出す。

「あなたにしか出来ないことがあり、多くの者がそれに希望を見出している。誰かの助けになるのです。人生の一時を費やすことが、そんなにくだらないことでしょうか」

 責めるようでも、説得しようと媚びる様子もない。溜め込んでいたであろう気持ちをぶちまけているようだった。

 ――順序が出鱈目だろうが。

 幾つもの思惑があり、好きに身動きの取れない環境にいたようだから悠長にとはいかなかったのだろうが。それにしても、なぜ今になって、イフレニィのような末端の人間を必死に説いているのかと、過ぎた時の長さを思えば疑問は湧く。

「帝国だけでなく、元老院も、他の国々も、世界中が踏ん張ってきた。自分だけの生活を過ごしてきた、あなたのその環境は、誰かが支えてきたものです」

 女騎士の言葉は、あまりに空々しく響いた。イフレニィの中に、煙るような怒りが沸き立つ。

 ――それを聞いて、俺は感動でもしなきゃならんのか。ああ、お前らはその為にずっと生きてきたんだろうさ。突如、人生に踏み込まれた人間のことなどお構いなしに、よく恥ずかしげも無く綺麗事を並べて押し付けられる。

 イフレニィが生きるために足掻いてきたことなど、都合よく彼らの頭から抜けるのだろう。それらの、ささやかながら己の手で築いた誇りを踏みにじっていることさえ気づこうともしない。

 もしイフレニィが手を貸したとして、その後、何を返してくれるというのだろうか。女騎士らの中に、イフレニィにとっての故郷であるコルディリーのことなど、頭にないことがよく分かる発言だ。無縁だと思っている彼らに手を貸す時間があるなら、イフレニィはコルディリーのために動きたいのだといった気持ちは、彼らの言う想いと同じではないとでもいうのだろうか。

 やはり、女騎士の物言いだけは、決して許容できるものではない。

 ――物事は等価であるべきで、少なくともそれが俺の信念だ。

 一方的に押し付けられる想い。押し付けられたほうが傷付くのは見ぬふりだ。

「俺から、俺の正義を奪うなら、お前らも相応の代償を払え」

 低く吐き捨て冷たく見下すと、女騎士は鼻白んだ。真逆の態度を取られるなど、思いもよらなかったのだろう。

 ――それでいい。動くなよ。

 もう一度部屋を見渡すと、セラ達が扉の脇に移動しているのが目に入った。セラは眉尻を下げて困惑気味だが、バルジーは欠伸をしていた。

 ――俺の苦労は、そんなにつまらなかったのかよ。

 身を翻して、一気に扉へと距離を詰める。

「帰るぞ」

 二人に部屋を出るようにと、肩を押して扉を開くように促す。重い扉が音を立てて開き、二人が外に出る。代表の宣言が効いているのか、周囲は足を踏み出すも、慌てて追うような動きはない。今の内にと、イフレニィも廊下へ足を踏み出しかけ。

「分かりました。私も旅へ同行します」

 思わず足を止めた不穏な言葉は、女騎士からのものだった。

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