元老院での溜息

第127話 傍観

「元老を集めました。正式な採択を」

 至る所に魔術式が刻まれた広間の隣には、一回り狭い会議室があり、そこへ人が集められていた。長方形の部屋の中心。長い机が向かい合わせに、各部署の代表らしき男達と共に並べられている。ほぼ全員が、暗く沈んだ赤色の布を体に巻いたような恰好だ。この衣装を纏っている者が、元老と呼ばれる身分の、元老院の上層部である証のようだった。

 上座には代表を補佐らしい爺が挟んで座り、遠い下座に、髭面と女騎士に挟まれたイフレニィは添え物のように座らされていた。さすがに、この場にセラとバルジーの同席は許されず、かといって解放されたわけではない。しかし、彼らの意識は同行者のことになど回ることはなかった。隣の広間で放置された形だ。セラは喜んで床に這いつくばっているのは想像に難くない。


 あの代表や小僧と女騎士らの再会を呆然と眺めた後、イフレニィの退室を遮ったのは、またもや人攫い絨毯男だった。髭面に牽制されていたのだが、取り合わない代表の様子とイフレニィへ近付けないと見るや、部屋を飛び出し客の来訪を叫んだ。

 扉の外に控えていた者達は、それを受けて慌ただしく散っていった。かと思えば、城内の人間を掻き集めたのではないかという絨毯軍団が大挙して押しかけたのだ。そして、初めから決められていたのではないかというように隣室へと誘導された。

 客を歓迎するのに即裁判沙汰の現状に理解が及ばず、イフレニィは半ば思考を放棄した。布張りもない硬い椅子、その背もたれに深く身を預け、集まりを下目に眺めている。懸賞品か何かの気分だった。

 目に映るものが遠い出来事のような気がするのは、すでにひと悶着あったせいもある。実のところ、この緊急会議の理由には、開始前に触れる事となった。皆が集まった直後、一部の者らに取り囲まれたのだ。

 イフレニィが戸惑いに言葉を窮したのは、彼らの瞳にトルコロルの民の特徴があったためだ。元老院の赤い制服を着る者の中に、これほどの生き残りの民がいる。しかも、中枢にいるのは驚くしかない。しかし、彼らの青みの差す眼差しは、イフレニィ自身を見はしなかった。

「おお、その髪は、まさしく主王しゅおうの血筋の者ですな」

「王が揃ったか!」

「これで、ようやく計画に移れる」

 といった、彼ら自身の都合による安堵の感想は零れはしたが、誰も挨拶を交わそうとするでなく好き勝手に捲くし立てた。まるで家畜の品評でもするようであり、ここに一人の見知らぬ人間がいる態度ではない。だというのに、会議が始まると騒いでいた絨毯男の一人は意気揚々と言った。

「では、主王に立つ宣誓を」

 さも、そうすることは当然というようにだ。女騎士一人に辟易し尽くしていたイフレニィの忍耐は、とうに尽きている。ただ黙して冷えた視線を辺りに向け続けていたイフレニィは、切れた。イフレニィらしからぬ、静かな切れ方だった。

「俺は、ここの城下町までの護衛仕事のついでに、立ち寄っただけだ。数日後には帰る。帰る国は、アィビッド帝国だ」

 酷く淡々と無感情に告げたイフレニィを、ようやく絨毯連中はまともに見た。そして、安堵と期待に満ちていた顔は、驚愕に塗り替えられた。次には怒りを向けられることになったが、その文句は会議内容へと反映され、イフレニィを無視して白熱して今に至る。


「現状はどうなっているのだ。主王として擁立するために、ここへ呼んだのではないのか!」

「この男は現状を理解していないのか。事情を話したのではないのか、マヌアニミテ殿」

「祖国へ帰りたい民が待っていると、申し伝えました」

「それだけか。説得も失敗したようだな。今まで遊んでいたのではないか。悠長なことだ」

「貴様はいつも言葉が過ぎるぞ。今までの帝国とのやり取りは、彼女あってのものだろう!」

 時折、女騎士が槍玉に挙げられるが、泰然としている。これが常であり慣れているのだとすれば嫌な話である。

「しかし、これ以上は待っておれん。万全を期すなどといって、慎重に過ぎる。もしや怖気づいたつもりか」

「大雑把で良いと思える、その頭が羨ましいものですな」

「言い争っている場合ではない。解決のための案を出すべきだ。聞き分けないと言うならば、今すぐ拘束すればよかろう」

 何を言ってるのだと、当人の頭越しに交わされる発言が聞こえる度にイフレニィの胸中に文句も溢れてはいるのだが、冷え切った感情は波立たなかった。つぶさに一人一人の発言と態度や関係などを観察、分析していく。他にできることもない。

 見たところ元老達は、二つの勢力に分かれているようだった。

 元から居るだろう、元老院の権威を守りたいといった陣営と、避難民側に立ち積極的に異変対策に取り組もうという陣営。

 避難民は、何もトルコロルの民ばかりではないようだが、最も数が多いらしい。トルコロル民らの主張に全て賛成というわけではないようだが、まずは一つの街からでも対策に動いてもらおうという腹積もりで一致団結しているようだった。

「国は三王の下にある」

 そんな言葉が、何度も聞こえてきた。皆の意志を固めるのにも、正式に国を建て直したと主張するにも必要なのだと、避難民側から強く主張されていた。

 その度にイフレニィは、胃の辺りがむかむかし、こめかみは痛む。

 その血筋にある者を温かく迎えようなんて気持ちは、欠片も伝わってこなかったためだ。利用すべき道具の話、そんな風にしか聞こえない。問題なのは、両陣営が共にそうだったことだ。

 もっと悪いのは、その該当者である小僧と女騎士が当然のように加わっていることだった。己の人生に、干渉どころか奪おうとしている輩に、非難の意すら見せない。自身で決めた道だとしても、その決意を尊重されるどころか、阻害されているようにすら思えるのにだ。働いて当然だと、誰も顧みはしない。イフレニィにとって、悪夢のような状況だった。

 なぜトルコロルの民側がそうなのかと、イフレニィには理解不能だった。誰もがあれだけ、狂信的な面を見せていたというのに。いや、だからなのかもしれない。王でなければ、未だ信者の一人に過ぎないとでもいうのだろう。

 知らず出そうになる溜息すら、空しいような気がして、直前で止まる。

 ただでさえ無理に連れてこられて精神が摩耗するような状況で、短時間に苛立ちや呆れが目まぐるしく湧いては上書きされ、心の底から疲れ果てていた。現状をどうにかしようとする意識を放棄し、話し合いと言う名の罵り合う様子を、ただ、目に映すしかない。そんな時だ。

 二つの勢力を遮る者がいた。険のある高い声は、イフレニィに向けられている。

「こんな見るからに責任感も無く、だらしない男が、主王であってたまるか!」

 ――そうかよ。なら、構うな。

 指をさして罵る小僧、副王ルウリーブの血筋であるオルガイユ・ルウリーブ。イフレニィが緩慢に視線を向けると、睨んでいたオルガイユの目と合う。それが合図とばかりに高らかに宣言したのは、イフレニィにとってどうしようもなく、つまらないことだった。

「民の助けになる気がないと言うならば、私と勝負しろ!」

 ますます、イフレニィの地を這うような気分は、冷えていった。

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