第123話 出迎え

 僅かばかり歩む速度を抑えたまま、イフレニィ一行は予定通り渓谷へ向けて進む。何かあるとすれば、その渓谷ではないかというイフレニィの見解は髭面とも一致した。川を渡らねばならず、行く手を阻みたいならば自然と橋の前になるだろう。退避しようとすれば背後をつくために、森に別動隊が潜んでいる可能性も高い。

 ともかく、ずっとイフレニィの神経を煩わせ嫌がらせのように干渉してくる精霊力も、その辺りから発せられているように感じられた。

 おかしいと、緊張の中にも疑問が浮かぶ。こちらを窺い見るだけである遠見の魔術具だけにしては、やたらと絡みついた。他にも自分の知らない道具が使われているように思われ、念のために周囲にも知らせた。その際、髭面と女騎士の表情を窺ったが、思い当たる道具を知るような言葉は出てこなかった。

 渓谷に至ると、道の両端から空を覆い隠していた枝葉の間隔が広がっていき、視界が徐々に開けていく。木々の途切れる明るい空間の奥は、灰色の崖が塞いでいる。待ち伏せるには申し分ない場所だ。そして、川原に足を踏み入れたところ――予想通りだった。

「来るぞ」

 イフレニィらの背後で森を警戒していた髭面が、木々の陰から人の動きを見て取ったのか、鋭い一声を発する。同時に、皆が各々の武器を手に掲げた。

 その時、何かに気付いた女騎士が弾かれたように、背後の一点を向いて短槍を構えた。

「見るからに怪しげな御一行ですな」

 背後の藪の陰から、男の声だけが響いた。前方の川方面に人影はないが、警戒はしたまま背後を確認するため体を横に向けたイフレニィは、忽然と、その場に人が姿を現したのを見た。だが幸か不幸か、印のせいで微細な精霊力の流れが把握できるため、無意識に理屈を理解する。幾つかの別の働きをする精霊力が男の前面にあり、その流れを解放した様子が見えたのだ。絡みついてくるような流れは、今は感じられないものの、この男からで間違いないだろう。姿を眩ます効果を切った途端に、別の道具であろう流れも強まった。イフレニィに向けられた精霊力が明確でなかったのは、精霊力の流れを阻害する、そのような効果を持つ道具なのかもしれない。

 しかし、そのように特殊な魔術具を複数、惜しみなく使えるような者など、最悪の相手を想像するしかない。

 構えた刃先の先に立つ男の片手が動き、イフレニィは目を細めると橋の近くにある幾つかの大岩へと目を向けた。岩陰から男達が飛び出し瞬く間に包囲される。その数は十人は下らない。待ち伏せていたのかと思えば滑稽でさえある。これが他人事ならばだが。

 ――暇人だな。

 内心で皮肉に吐き捨てた言葉に反して、高まった緊迫感に汗が噴き出し、イフレニィは手を滑らせないように柄を握り込んだ。

 幾人かは命令を下した男と同様の、全身を包むような外套を纏っている。色褪せた赤い布は大判で、ただ全身に巻いているといった風だが、行商人たちのものと違い柔らかさもなく外を歩き回るには全く適しているようには見えなかった。女騎士が口を開く。

「あなた方……その衣装は、元老院の者なのですか。それが何故、このようなことを」

「元老院の使者。そうですね。そう思っていただいて結構ですよ」

 最悪な予想通りの言葉に、イフレニィは歯噛みする。狙われるような理由は、イフレニィだけでなく揃いすぎているだろう。

 曖昧な絨毯男の言葉に返したのは、髭面だ。驚いたことに、気分を害したように語気を強める。

「では、こちらは帝国からの使者だ。我らに仇なすつもりか」

 しかし、悪びれもせず返ってきた言葉は――。

「おや、あなた方が知らせて下さったのではないですか。船上から連絡を頂いたことに感謝しますよ。お陰で、その後の足取りを追うのも容易でした」

 イフレニィの高揚した精神は冷えていく。腹を立てたところで、この状況では遅い。髭面達へと見下す視線を向け、ただ問う。

「どういうことだ」

 今度は絨毯男が答えた。

「ただお話を伺いたいだけですよ。元老院が、あなた方をお迎えしたいと申しているのです」

 話。

 まただ。

 話とは名ばかりの、押し付け。

「でしたら私も、理由をお伺いしたいわ」

 女騎士が絨毯男へ問いかける。よくも抜け抜けと言えるものだと、イフレニィはその背を見た。絨毯男は、僅かに困った様子で微笑を浮かべた。

「お二方もご一緒されているとは、誤算でしたな。仮にも国の使者が、徒歩の旅に付き合うなど……ともかく、あなた方へどうこう言うつもりはない。ここは、何卒お引き願いたい」

 元老院の狙いから帝国の使者は排除され、標的はイフレニィらと確定した。二手に分かれて陥れる算段のはずが、話が伝わっていなかったということなのだろうとイフレニィは受け止めた。

「ついでだ、我々も話を聞こう。連れて行け」

「白々しい真似はやめろ」

 まるで無関係を装う髭面の態度に、イフレニィは吐き捨てていた。剣を下ろすと、バルジーを下がらせ前に出る。

「俺達はただの行商人と旅人だ。城に用はないし行く気はない、としたら?」

 残り三人の内、元老院のような機関が連行しようとまでする者はイフレニィの他にないだろうと理解しつつも、挑発するように絨毯男を睨む。

「ここは我ら直轄の領地。不法に侵入している賊として捕らえても、構わないのですよ」

 イフレニィの言葉に含まれた拒否に対する返事は、あからさまな脅しだった。

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